紅茶と現状
その後、お城の貴賓室にも劣らないお部屋へと案内されて、丸いテーブル席を囲む私達。壁際にある大変美しい茶器棚からティーセットを人数分揃えて皆さんへと配るアリシエラさん。……未だにお顔が真っ赤なのです。
先程見たぬいぐるみのお部屋の事は全力で忘れて下さいと言われましたので、それ以降話題には出していません。個人的には可愛らしい趣味で良いと思うのですけれどね。実際、ぬいぐるみを抱きかかえるアリシエラさんは大変絵になる可愛らしさでしょう。それこそ同じぬいぐるみ好きのクリスティアさんと双璧を成す位に。
「ミズキ、妄想で顔が緩んでいます」
「可愛いは正義なのです」
「開き直りですか。流石は我が主ですね」
程無く温かな紅茶が淹れられて、アリシエラさんが席へ着きますと。もう我慢できなかったらしいプリベイラさんが早速紅茶を口にしています。
「……美味しい」
無表情な顔をしていたプリベイラさんがとても幸せそうに微笑んでいます。余程美味しいのでしょうか、その緩んだ笑顔を見ていたら私も我慢出来なくなってきました。
「あの、アリシエラさん私も頂きますね」
「ええ、どうぞ。皆さんも冷めないうちに」
ティーカップを手に取りますと、とっても良い香りがしてきます。アクアリースで頂く紅茶も大変美味ですけれど、この紅茶は口にする以前から既に違いが解ります。茶葉の知識は素人の私ですけれど、私の知る紅茶とはまるで違うのです。
早速口にして見ますと、仄かに甘い口当たりと渋みが絶妙に調和しています。もしジャム入れたとしても甘くなり過ぎる事は無く、大変美味しいジャムティーとなるでしょう。
「不思議な紅茶だな。手を加えていないのに、私の口に合わせたような美味しさだ」
「私甘党だから一口飲んだら砂糖を入れるつもりだったんだけど……不思議と丁度いいわね」
紗雪さんとマトイさんも気に入った様子です。人にはそれぞれ好みがありますのに、二人とも丁度良いと言っています。私もですけれど、リリィも丁度良く感じている様です。私達の様子を見ていたらしいアリシエラさんがクスクスと笑い出しています。
「今皆さんが紅茶を口にした時、丁度良いと思いませんでしたか?」
「あの、はい。私、普段頂く紅茶は気分で飲み方を変えていますのに、何もせずに丁度良いと感じるなんて初めてです」
「確かに甘い紅茶が好きな私が丁度良いと感じましたけど……」
「……うま、うま」
そうでしょうと何処か満足げに頷くアリシエラさん。一体、この紅茶は何なのでしょう?
「アリシエラ、この紅茶は何だ?」
「この紅茶はもう存在しない世界でのみ採れる茶葉で造られた希少品です」
「存在しない世界?」
「過去に魔人種が滅ぼした世界です。そこには誰が飲んでも口を揃えて丁度良い美味しさだと言う不思議な紅茶葉がありました。一種の幻覚作用かとも思いましたがその様な要素は一切無く、この紅茶については未だに解明されていません」
以前に存在していた世界で摂れた茶葉、ですか……。様々な世界がある訳ですから、中には不可解な事の一つや二つ内包する所もあるでしょう。何より、私達が住む世界も不思議の塊ですからね。
「て事は……。アリシエラ様、もしかしてこの紅茶って……無くなったら終わりですか?」
「その通りです。以前の事とは言え、とても残念な事をしてしまいました。その世界が今もあれば、常日頃から美味しい紅茶を楽しめたのに」
成程……プリベイラさんが紅茶を飲みたがるのも頷けます。この紅茶は希少品等という言葉では当てはまらない程の逸品ですし、今後二度とこの様な紅茶とお目にかかる事は無いでしょう。
似た様な茶葉がある世界がまだ何処かに存在しているかもしれませんけれど、万人が口を揃えて美味しいと思う紅茶は現存するこの紅茶のみだと思います。
「そうか、無くなったら補充は効かないのか。それは残念だ」
「母様達にもこの紅茶を薦めたいですのに……」
紗雪さんと一緒に残念に思う私。この紅茶をどうにかして再生出来ないでしょうか。二度とお目にかかる事は無いと感じてはいるものの、やはり諦めきれないのです。
「そう言う事でしたら」
と言って席を立ち、再び茶器棚へ向かい紅茶缶を取り出すアリシエラさん。席へ戻りますと、私に紅茶缶を差し出しています。
「これを受け取って下さい」
「……え。え!? いえ、あの。ですが、もうこれだけなんですよね?」
「この紅茶はあと一缶あります。友好の印として、二つある内の一缶を貴女方の世界へ差し上げましょう」
そう言って微笑むアリシエラさん。もう二度と同じ物は手に入らない貴重な品を下さるなんて……。
「あの、本当に頂いても良いのでしょうか……?」
「貴女達は私を救って下さった恩人です。気にする事はありませんよ」
「でも……」
「ミズキ、折角の好意だ。貰って置こう」
紗雪さんが「私もまた飲みたいからな」と付け加えています。母様達にも薦める事が出来ますし、頂けるならとても嬉しいのです。
「あの、そ、それでは差し支えなければ……」
「ええ、遠慮は入りません」
「有難うございます!」
アリシエラさんから紅茶缶を受け取りました。元の世界に戻ったら、この紅茶を母様達に詳しく調べて頂きましょう。このまま無くなってしまうのは余りにも惜しいですからね。その様な事を密かに決心しつつ、血術空間へ収納しますと。アリシエラさんが「それではそろそろ本題に入りましょうか」と言いましたので、緩んでいた気持ちを引き締め直す私。
「今後についてお話を進めたいと思いますが、その前にプリベイラ」
「……うん?」
「唐突な支援要請を受けてくれて有難う」
「……アリシエラ」
「何でしょう?」
「……さっきのぬいぐるみ」
「良く聞こえませんでした。何ですって?」
「……いや、何でもない」
プリベイラさんがぬいぐるみの話題を蒸し返そうとしましたけれど、アリシエラさんの笑顔がとっても怖かったので止めた様です……。と言いますか、プリベイラさんはまだ先程のぬいぐるみの件を諦めて居なかったのですね……。
「プリベイラ。白の魔姫と貴女は私達の事を何処まで把握していますか?」
「……まだ脱走した事は知らない。……アリシエラの処遇は、カーネリアが全て握ってるから」
「そうですか。カーネリアはまだ他の魔姫に周知していないのですね」
幸い、白の魔姫さんはまだアリシエラさんが逃げ出した事を知らない様です。プリベイラさんはアリシエラさんの連絡を以って知った様です。
「それは変だな。魔姫の一角だったアリシエラが逃げ出したんだ。相応の騒ぎになってもおかしくないだろう」
「ストレイとか言うスカした男が逃げてから一日以上経ってるし、とっくに赤の魔姫に知れてる筈よね」
アリシエラさんのお話では、一応重要な案件であれば魔姫同士で協力する様ですから、今回のアリシエラさんの脱走に関しては直ぐに周知すべきですよね。赤の魔姫さんがそうしない理由が思いつきません。
「プリベイラ、一つお願いを頼んでも良いですか?」
「……うん」
「白の魔姫ユキに私達の行動を悟らせない様に注意を逸らして置いて欲しいのです。その間にカーネリアを倒します」
「……うん、解った」
特に悩む様な事もなく、二つ返事で承諾するプリベイラさん。アリシエラさんは再び反旗を翻すと宣言したも同然ですのに、それを咎める気は無いようです。
「あー……ええと。プリベイラ……様」
「……何」
「私はマトイと言います。元赤の魔姫所属の中位です。それでその、いいんですか? 私達に協力したら立場が悪くなりませんか?」
「……別に良い」
即答して、再び紅茶を堪能し出すプリベイラさん。それはつまり……私達の仲間になって下さると考えて良いのでしょうか。




