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街並みと人々

 水宮殿を後にして、街中へと入っていく私達。


 マトイさんとリリィそして私が先導する形で歩き、その後ろにフードを被った紗雪さんとアリシエラさんがついています。私も最初は後ろをついて行くつもりでしたけれど、特に顔を隠す必要性がありませんでしたので、ローブを羽織るだけに留めて前を歩いているのです。


 初めて訪れた魔人種の世界の街ですけれど……。通りを歩いている感じでは、余り私達の世界と建物の構造は変わっていない様です。あくまで構造は……。


「あの、アリシエラさん」

「はい?」

「この街の木や街灯等が空中に浮いているのですけれど……」

「ええ、それが何か?」

「……」


 ええと、これはいけません……。アリシエラさんから素の表情で疑問を返されました。間違いなく、アリシエラさんと私の常識が大きく異なっています。


「あの、何でもありません」

「そうですか、何か気がかりおありでしたら遠慮なく言って下さいね」

「はい……」


 文化の違いは一度、帝国で経験している事です。慌てず騒がず、少しずつこの世界に馴れていくしか無いのでしょう。


 視線を上に向けて見ますと、大きな通りの上空には何か文字が書かれている看板等も浮いています。建物等は私達の世界とほぼ変わりませんのに、所々で色々な物が浮いていて、とても異質な感じがします。


 あれですね、きょろきょろと辺りを見回す私はさながら、辺境から出て来たばかりの村娘さんの様な感じでしょう。


「そこのねーちゃん達どいてどいて!!」

「きゃ!?」


 通りを歩いていると、凄い速さで一人の子供が私達とすれ違って行きました。風でローブごとスカートが捲れてしまい、女性陣全員が慌てて抑えています。


「そこのガキーー!!ここはファクトボード禁止区域でしょーーーー!!」


 マトイさんが怒鳴っておりますが、子供はとっくに通りの角を曲がって行った後でした。


「な、何だ今のは。速度上昇の魔法か?」

「何か、浮いた板の様な物に乗っていた様にも見えましたけれど……」


 マトイさんがファクトボードと言っていた様ですが、子供が乗っていた板の事でしょうか。


「紗雪とミズキは見るのは初めてですか?」

「ええと、はい……」

「あぁ、今のは一体なんだ?」

「今すれ違った子供が乗っていた物はファクトボードと言います。魔光機(マジックファクト)の応用で作られた乗り物ですね」

「乗り物……あんな小さな板が……」


 帝国ならば同じ物を作れるかもしれませんけれど、板に乗って移動するという発想が先ず出てこないと思います。


「凄いな……これが技術力の差か」

「凄いですけれど、あの速度でぶつかったら怪我では済みませんよね?」

「我が主……ミズキへの攻撃かと警戒してしまいました」


 実際、本当に攻撃しそうになっていたリリィを心の中で制しました。子供から殺意などは感じられませんでしたからね。等と思っておりますと、マトイさんが「これだから田舎者は……」と落胆気味に言います。


「大丈夫よ、予測通過点に障害物があると判断したら、勝手にファクトボードが減速するから。貴女達、ほんとに何も知らないのね」

「うぅ……。あ、あの、当たりはしませんでしたけど、今のは十分危険だったような……」

「そう、危険なのよ。だから本来人通りの多い場所はファクトボード禁止になってるの。さっきのガキはそれを無視してたのよ」

「あ、成程……」


 文化の違いと言いますか、技術力の差と言いますか……。マトイさんのお話その物が高度過ぎて、街に来て早々に挫折しそうです私……。まぁ、一先ずそれは置いておいて。


「見た所、街を歩く人々は至って普通に見えますね」

「どういう意味でしょう?」

「あの、魔人種の世界における一般の方々がどの様な生活を送っていらっしゃるのか、余り想像できなくて」

「街に住む人々の在り方はどの世界も同じですよ。魔人種の世界もそこは変わりません。こうして街を発展させて、日々の生活を支えているのは、下位の中で戦う力を持たない者達です」


 私は勝手な想像で、魔人種の世界をとても殺伐とした世界として思い描いておりました。ですが実際に街を訪れてみると、至って普通に人々が生活しておりましたので、妙な考えを持っていた私はとても恥ずかしいのです……。


 あ、それともう一つ。今のお話を聞いた以上、一つ確認を取っておかないといけません。


「アリシエラさん。街に住む下位の方々は魔力を吸収される心配は……」

「ええ、ありません。流石に魔姫達もそこまで愚かではありませんよ」

「良かった……。あ、いえ根本的には解決していませんので良くは無いのですけれど」

「ふふ、そのお気遣いだけで十分です。吸収される心配は無くとも、それが街の人々の命の保証に繋がる訳では無いのは確かですから。一刻も早く、魔人種の在り方を変えましょう」

「はい」


 魔姫さん達を倒して原初の我が君(アルストラ)さんの復活を阻止しつつ、他の世界への侵攻や魔力の吸収を止めさせる。これが私達の目的です。


「そろそろ赤の魔姫の臨時統治区域に入るわ」


 マトイさんがそう言いますと、「次の大通りを渡った先からよ」と付け足しました。一応、この辺りから警戒はして置くべきでしょう。


「ミズキとマトイ様は後ろに。ここからは私が前を歩きますわ。アリシエラ様は力の在りかを」

「ええ。先ずは大通りを渡ったら、そのまま南下して下さい」


 大通りを馬車が通って行きますので、その光景にとても安心する私。馬と荷台の周囲に何か機械の様な物が浮いていましたけれど、見なかった事にします。この世界に馴れる前に私の常識が崩壊しそうです……。


 大通りを渡り、赤の魔姫臨時統治区域へと入った所で周囲を警戒するリリィ。私の考えが解るリリィは赤の魔姫さんの性格を十分に理解しています。今この瞬間に突然の罠にはまってもおかしく無いのです。


「リリィ、人々の様子は?」

「特に見られている感じはしません。マトイ様は如何ですか?」

「問題ないわ。男共がチラ見して来る程度ね」


 小城を出たばかりの上転移で移動していますので、何らかの通達が臨時統治区域へ来るとしてもまだ猶予はあるでしょう。例の赤の騎士と名乗るストレイさんが既に赤の魔姫さんへ報告しているとしても、事実確認の為に小城を調べる時間も必要でしょうし。


「中位辺りが警戒網を敷いているかと思っていたが……手薄か」

「青の魔姫様が島から出たと知れば、この街も警戒が厳重になるでしょ。それまでにさっさと終わらせればいい」


 マトイさんの言う通り、今は絶好の機会です。それは間違いないのですが……。アリシエラさんの脱獄が知れ渡るまでは大丈夫という前提で動いている現状ですけれど、実際に騒ぎになるまでの間に力の一部を取り戻せるならば、それが理想です。


 ですが……力の一部をわざわざ臨時統治区域へ置いたのは他ならぬ赤の魔姫さん本人でしょう。


 赤の魔姫さんが何の考えも無しに、力の一部をこの街へ置いて行くでしょうか? 一応、この街にある力の一部を取り戻す為には、小城がある島の主を倒さねばなりません。それは小城から出る事も出来ない程に弱体化していたアリシエラさんには到底不可能な事でした。


 嫌がらせはそこで終わりならいいのですが……。


「私の力の一部がある場所に間も無く着きます」

「この辺りは……気のせいか子供が多いな」

「この辺りには身寄りのない子が集まる施設があります」

「身寄りのない子供?」

「ええ。別の世界への侵攻の際に命を落としたり、魔力を吸収されたなどで親を失った子供たちが保護されているのです」


 リリィが胸を抑えています。私もリリィも、これまでに沢山の下位の魔人種を殺めています。勿論、人の命を奪う以上この様な事は覚悟すべきですが……。こうして現実を目の当たりにしますと、やはり辛いのです……。


「アリシエラさん……まさか」

「ええ……。力の一部が施設の中にあります」


 何故この様な場所に……。何の理由もなく、この様な所に力の一部を置くはずがありません。それでも。それでも……少しでも希望がある様にと、私は心から祈らずにはいられませんでした。


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