アリシエラ
一先ず。色々と疑問はつきませんけれど、現状の把握から致しましょう。
「先ずは九尾さんに一からご説明をお願いしたい所ですけれど。その前に……アリシエラさん、でしたか」
「ええ」
「あの、貴女は魔人種なのですよね?」
「ええ、そうです。そして私は魔人種を束ねる四魔姫の一人です」
やはり、魔人種で一番偉い方で間違いない様です。エルノーラさんのお話を聞く限りですと、原初の我が君さんと言う方が一番偉い方だった筈ですけれど……。記憶違いでしょうか。
まぁ、今はその事は置いておきます。アリシエラさんにはお話したい事が沢山ありますから。魔人種の中で一番偉い方に直接大事なお話が出来るこの機会を逃す訳には参りません。
「では、私達を捕える様にとマトイさんに指示を出したのはアリシエラさんですか?」
「……そうですね。マトイさんは魔人種になり立てで、お願いがしやすかったので」
「お願いがしやすい、ですか?」
「マトイさんはまだ私の事を良く知りません。ですから、私のお願いを命令だと思い込んだのでしょう」
「あの、それはどの様な意味なのでしょう……?」
いまいちお話が理解出来ない私。今の会話だけではアリシエラさんの意図する所が全然見えません。
「すみませんが、ベッドへ腰を掛けても構いませんか?」
「え? あ……は、はいどうぞ!」
突然アリシエラさんからその様なお願いをされて慌ててしまいました。不思議な方ですね、私の許可など必要ない筈ですのに。
「有難うございます。歳のせいで、足腰が弱いもので」
「ふぇ!?」
「何か?」
「あ、い、いいえ!」
慌てて首を振る私ですけれど……どう見てもアリシエラさんは十五、六の少女にしか見えません。何かのご冗談では。
「よいしょ、と。ふぅ。自室からここまで少々遠いので疲れました」
物腰柔らかにベッドへ座るアリシエラさん。座った途端に安堵の表情を浮かべている辺り、冗談等ではない様でした。
「あの……」
「私の見た目を疑問に思いますか?」
「はい……どう見ても少女にしか見えませんし」
「私はこう見えても齢8000を越えている老婆です。魔姫である為身体的な成長はしないので、外見上の衰えはありませんけど」
「そ、そうなのですか」
大変ご高齢な方でびっくりしました……。ミズファ母様やアクアリースの高官方も老いませんのでアリシエラさんと同じと言えば同じですが、まだ千歳にすら到達していない筈です。私なんてまだ二歳にすら……。
「すみません、女性に対して聞くような事ではありませんでした」
「良いのですよ。多種族の魔人種の中には、未だに私が見た目通りに見えている者が多いですから。獣人族の少女、貴女も楽になさってください」
「では、私も座らせて貰おう。話が長くなりそうだからな」
「成るべく要点だけに努めますね」
そう言って微笑むアリシエラさんの姿は確かに、大人の女性が持つ麗しさと気品を兼ね揃えている様に見えました。まだまだ子供の私には出せない魅力です。
「さて。では私の事、そして貴女方を此処へ呼んだ理由をお話する前に、先ずはこれを見てください」
アリシエラさんの周囲に浮かぶ菱形の結晶の様な物が四つ、ベッドの横で四角の形で並びました。すると、四角の中に何かが映し出されます。これは恐らく、蝙蝠の可視化データの様な物でしょう。
肝心の映し出されている物ですけれども、見た瞬間では何なのか解りませんでした。何か黒い物が時折、ドクンドクンと脈をうっている様に見えるのですが……。
「あの、これは何ですか?」
「視点が近いので少々解り辛いですね。少し視点を遠ざけます」
可視化データの中に映っている黒い物が少しずつ離れていきますと、徐々に全体像が解りそれが何であるかに気づきました。
「これは……心臓ですか?」
「ええ、そうです。この画像に映っている物、それは我が父原初の我が君の心臓です」
「父……? え、心臓!?」
同時に二度の驚きの上、余りの不可解さに混乱しそうになりますけれども……。画像と呼ばれる物に映っている心臓は黒く、脈打つ時に赤く光っています。脈を打つ感覚は大分遅いのですが、この心臓の持ち主である原初の我が君さんは間違いなく生きています。
「ここに映し出されている心臓の鼓動は見ての通りまだ遅いのですが、やがて早くなります」
「早くなるとどうなるのですか?」
「復活します」
「復活ですか、父君が起きるのは良い事……」
そこまで言った私は言葉を詰まらせました。エルノーラさんが封印された世界に魔王と呼ばれる存在が居たと言うお話を思い出したからです。そう、その魔王の名こそが原初の我が君さんです。
「確かに魔姫にとって父の目覚めは喜ばしい事ですが……。同時にあらゆる世界における厄災の再誕という事でもあります」
「う……」
困りました、娘であるアリシエラさんに対してどう語り掛ければ良いのでしょう。厄災なのでしたら、なおの事復活させるべきではありません。でも、アリシエラさんのお気持ちを考えますと……。声を大きくして復活に異を唱える真似は出来ません。
「我が父原初の我が君は高度な文明を持つ世界において、召喚された勇者との戦いの末敗北し、死亡しました。勇者たちの中に魔人種を一撃で葬る事が出来る者がおりましたが、その者は我が父の手によって早々に仕留めていた為、本当の意味での死は免れています」
この辺りはエルノーラさんからお聞きしていた通りですね。あ、そう言えば……その戦いはここ最近の事では無い様ですので、もう原初の我が君さんが復活していてもおかしくないのでは……。
「死んでいらっしゃらないのであれば、何故父君は直ぐに復活なされないのですか?」
「無理に私を気遣う必要はありませんよ、アルストラと呼び捨てて下さい。我が父は死と共に、勇者の手によって大変複雑な復活阻害の魔法紋を受けました。完全な死とほぼ変わらないと他の魔姫達が絶望する程に強力な封印です」
成程、その魔力紋と呼ばれる封印がアルストラさんの復活を阻止していたのですね。勇者と呼ばれる方は素晴らしい力と意思を持つ方だったようです。ですが……。
「この心臓を見せた上で今のお話をされたという事は……」
「ええ、我が父を縛り付ける魔力紋の破壊手段を作り上げたのです。高度な文明を持つ世界の知識を得た事で、それは間も無く達成されます」
それは確か……レニアさんが仰っていた魔光機の事ですよね。
「あの、その達成方法とは……まさか」
「もうお気づきの様ですね、そう魔力です」
これは……大変な事態です。一応私とミズフア母様とエルノーラさんが組めば、余程の事が無い限り負ける事は無いと思いますけれど、同時に膨大な数の下位や中位の魔人種に襲われるなら話は別です。
私達の世界は防衛だけでも手が足りていない状況です。しかも下位であろうと一度や二度では死にませんので、騎士や兵士達では厳しい相手です。
でしたら……もうこうするしかありませんね。
「それでしたら……アリシエラさんにお願いがあります」
「何でしょうか」
「今すぐに私達の住む世界への侵攻を止めて下さい」
真っ直ぐな視線でアリシエラさんの顔を見る私。このお願いこそが、この機会でなければ出来ない事です。
「それは……出来ません」
「父君、アルストラさんの復活を望むからですか?」
そう私が言いますと、アリシエラさんはゆっくりと首を横に振りました。
「いいえ、望みません」
「では、何故駄目なのですか?」
「私にはもう魔人種達に対する命令権が無いからです」
「……え?」
「今の私は……この城に軟禁された無力な老婆に過ぎないのです」
そう言って俯くアリシエラさん。一体、アリシエラさんに何があったのでしょうか……?




