魔力の源泉
「で、襲ってきた魔人種は撃退できたんですけど」
「まぁ! 脅威は退けられたのですか?」
「いえ、後ろにまだでかいのが居るらしいんです」
「そうですか……」
ミズファ母様のご説明に合わせて、一喜一憂する長さん。魔人種を撃退した所で笑顔になり、まだ強い魔人種が控えて居ると聞いた所で悲しそうに俯きました。
「なので、フィーネさんも最大限の警戒態勢でお願いします。僕の予想だと、魔人種は魔力に関する場所を狙ってくる気がするので」
今魔力に関する場所、とミズファ母様は仰いましたか。特に会議等でも魔人種に関する見解は出していなかった筈ですけれど、敢えて黙っていたという事でしょうか。
「とすると……魔人種と呼ばれる者達は、このユグドラの世界樹を狙う可能性が大いにある訳ですか」
「うん、そうです。なので一緒に世界樹を守って下さい!」
「ええ、勿論です。ユグドラの城を覆う天高き世界樹は、この世界全てにおける魔力供給の要です。魔族すらも介入していない、この大地が生み出した神聖な樹を失う訳には参りません」
アクアリースに戻った後の私は沢山の事を学び、様々な知識を身に着けた訳ですけれども。その上で世界樹についても一通り学んでおります。
このエルフの国シャイアに根を張っている世界樹はただ大きいだけでは無く、耐えず魔力を世界に供給しているそうです。この魔力は空気に溶け込む様に樹から流れる為、人には知覚出来ないそうなのです。実際、学ぶまで私も全然解りませんでしたし。
この見えない魔力に気づいたのは……何を隠そう、ミズファ母様なのです。過去、とある理由で魔族と言う存在を探し続けていたミズファ母様は、偶然に全てを見通す神の目を通して世界樹の魔力を見つけたそうなのです。
「魔人種の動向次第ですが、各国は自分達の国を守る事で精一杯なんて状況もあるかもしれません。勿論僕達の国もです。それでも、世界樹には五姫クラスを護衛に置く予定ですけどね」
魔力を供給している場所や物は様々ありますが、世界樹はその中でも別格です。一般人と国家指定級位の違いがあると言っても差し支えないでしょう。人々が睡眠を取ったり、休息を得る事で魔力を回復出来るのは、殆どが世界樹のお陰だったのです。
とは言え、知覚出来ない物を守る必要性があるかどうかは少々疑問なのです。私ですら魔力を感知出来なかったのですし。でも、ミズファ母様は何処よりも先ずこの国へ赴きました。セイルヴァル王国に居たのですし、先ずはセイルヴァル王からだと転移前は思っていたのですけれどもね。
恐らくですけれど、ミスブァ母様は何かを知り得ているのかもしれません。
「万が一にも無いとは思いますが、最悪アクアリースを捨ててでも、最後はこの世界樹を守りに来るつもりです」
「聖王女、流石に卑下が過ぎます。アクアリース程の大国が落ちるとなれば、この世界その物が落ちる事と同義では無いですか」
「あー……えーとですね。別の大陸で得た経験で、何事も最悪の状況を想定しておく事にしたんです。なので、別に弱気になったりしてる訳じゃないですよ。最悪の状況にならない様にするのが僕のお仕事ですから!」
と、大きなお胸を張る様にミズファ母様が仰いました。そこで私は思うのです。そのお仕事はミズファ母様だけが背負う物では無いと。娘の私が居るのですから、後で母様に私から直接言わないといけませんね。もっと私を頼って下さい、と。
母様の重荷は全部私が背負う位の気持ちでいますから。二度とこの世界を、アクアリースを、大切な人達を失う様な状況になんてさせませんから!!
などとミズファ母様と長さんがお話する中、少し離れた所で一人意気込む私。中々会話に混ざる機会が訪れないのです……。
「そんな訳なので、少しでも辛いと思ったら直ぐにプリシラの蝙蝠を呼んで下さい。直ぐに援軍を送りますから!」
元気一杯にミズファ母様が言いますと、長さんは直ぐには返答を返さず目を瞑りました。長さんの様子にはミズファ母様も想定外だったらしく、首を傾げつつ長さんを見つめていらっしゃいます。
「フィーネさん、どうかしたんですか?」
「聖王女」
「あ、はい」
「とても心強い事ですが、援軍は必要ありません。我がエルフの騎士団が総力を以って世界樹の防衛に当たります。騎士団を設立して間もありませんが、長命種としての老練な知識と技術は決して他国の騎士団に劣るものではありません」
以前水晶がユグドラを襲撃した時は、とても不安そうにしていらした長さんですけれど。今の長さんからは強者が持つ様な強い意志を感じます。
「そう言えば、エルフの騎士も短期間でかなり増えたらしいですね。元々エルフは身体能力も人間と比べて高いですし、魔力の扱いも上手ですからねー」
「人との関りを持たず、平穏を第一に掲げて暮らしていた時期が長すぎた為に、実戦は二手も三手も後れを取っておりました。ですが、それはもうほんの数クオル前の事。脅威を前に逃げ出す者等、エルフの騎士にはおりません」
ミズファ母様と長さんが見つめ合っております。今のお二人の間に言葉など必要無いかの様に。とは言え、その様な見つめ合いも僅かな間でした。何かを悟った様にミズファ母様が笑顔で頷きます。
「解りました! もし僕達が劣勢に陥った時、無理を押して他国に援軍を送る様な事はしません。僕達の国は未来永劫絶対に落としたりなんてしませんからね!」
「そうです、それでこその聖王女です」
そう言って二人が笑いました。そんな二人に私もニコニコ笑顔です。別段何かが解決した訳ではありませんけれども。
「あぁ、ですが一つだけお願いをしておきましょう。初期戦力として、シルフィちゃんとウェイル君を送って頂けますか?」
「勿論です! 二人にとってもシャイアは故郷ですからねー。他の国の防衛にも相応しい人を送る予定です!」
例えて言うならば、エリーナさんやレイシアさんであれば王都ベルドアに、ツバキさんであれば倭国ムラクモと言った、その国に縁ある方々を送るのでしょう。
そうすると殆どアクアリースに高官が残らない事になりますが、正直申しまして、私と母様達だけで戦力過多だと思います。更には旧五姫のメルローゼさんもアクアリースの地に縁ある方ですからね。誰がこの国を落とせると言うのでしょうか……。
「さて、まだ話したい事が沢山ありますが、そろそろ行きます! 改めて王達に集まって貰うつもりなので、作戦なんかはその時に」
「ええ、解りました。であれば急いだ方が良いでしょう。魔人種と呼ばれる者達が動いてからでは意味がありません」
「そうですね、先ずは各国と意思疎通をしっかりと行う事が大事なので、その後になりますが」
「何か理由がおありの様ですね」
「まぁ、それに関しては王様会議の時って事で。一つ言えば、魔力供給の源泉が関係してます」
魔力の源泉ですか……。勿論それは世界樹の事を指しますが、セイルヴァル王国の温泉もそうですし、対象の魔力を回復する聖剣等も該当します。更には特殊能力者の中に魔力を回復出来る方も僅かに存在するそうですが、そう言った方も対象です。これら全てを魔力の源泉と総称しています。
「ミズファ母様」
「何ですかミズキ!」
「各国との意志疎通と言うのは、魔力供給の源泉を守る、と言う事でしょうか?」
「おーやっぱりミズキには解りますか。その通りです! 詳しい事はまだ伏せますが、魔力の源泉に何らかの形で干渉して、魔人種達がこの世界に来ているんじゃないかなって思ってるんです」
「魔力の源泉に干渉、ですか……」
干渉がどの様な形の物であるかは解りませんけれども……もし対象が人だった場合。無事で居られるとは到底思えません。魔力供給の源泉に該当する特殊能力者は僅か数名だけの様ですので、保護しやすいのが幸いです。
それにしても……。魔人種と魔力の源泉にはどういった繋がりがあるのでしょう。そう言えば、エルノーラさんのお友達であるレニアさんも、声をこの世界に送って来ておりましたね。
やはり世界が違えば当然常識も違いますし、この世界では不可能な事も別の世界では可能なのかもしれません。だとしても、私は全く不安には思いませんけれどもね。
むしろ、魔人種にも強い方が控えていらっしゃると聞いた時、内心喜んでしまったのは内緒です。これは血を吸う種としての本能ですので、プリシラ母様も似たような気持ちだったのではないでしょうか。




