温泉帰りの少女達
温泉を心行くまで満喫した私は、皆様と一緒に宿へと戻る途中です。その際、脱衣所に備え付けられていた、浴衣と呼ばれる着物を身に纏っております。
何でもこの浴衣をお風呂上りに着るのは倭国の風習らしく、セイルヴァル王国が温泉郷を作る上で様々な倭国の風習を取り入れたそうです。セイルヴァル王国と倭国は大変仲の良い同盟国ですからね。
そう言えば神都エウラスの南方聖都も倭国を参考にした宿などがあり大変人気ですけれど、これは土の精霊さんの恩恵が多少なりとも関係しているのかもしれませんね。
「さっきから沢山の視線を感じるわね……」
周囲を気にしながらそうクリスティアさんが言いました。私も周囲に目を向けますと、大きな温泉通りを歩く人々の殆どが私達を見ていらっしゃるのです。特に道行く男性の方々は、ほぼ立ち止まって此方を見ています。
「確かに見られていますね。これだけ大人数で歩いていれば目立ちますものね」
「ミズキちゃんは本当に初々しいねぇ。王都やセイルヴァルの首都ヴェイルなんかは、ちょっと人数多い団体が通りを歩いてても、いちいち気になんてしないんだよぉ」
「そうなのですか?」
「そうなんだよぉ。この温泉通りも観光客で賑わってるけど、王都の裏通りを歩く人よりも少ないんだよ?」
「ふぇ!?」
これだけの人数で人の多い所を歩いているのですし、ある程度目立つのは仕方ないと思ったのですが……。エリーナさん曰くむしろ逆で、人が多すぎると全く気にしなくなる様です。
「あの、ではどうして私達は見られているのでしょうか?」
「それはねぇ、あたし達が可愛いからだよぉ」
温泉帰りご一行様に視線を巡らせ、納得の私。成程、これだけ可愛らしい少女達が一堂に会して歩いていらっしゃれば、私だって目を奪われてしまうでしょう。今はプリシラ母様の誤認能力が働いておりますので、帝国の方々や五姫などに対する周囲からの興味本位は一切ありませんし、純粋な女性陣の麗しさだけで目を引いているのですね。
「だから王都の中央通りだろうと、このメンツで歩けば目立つだろうねぇ」
「本当に可愛らしい少女ばかりですものね。とは言え、王都の通りがどれ程なのかは少々想像に難しいのですけれど」
「あーミズキちゃんって王都見た事無いんだっけ?」
そうなのです、私はまだ一度も王都に行った事がありません。この大陸の中心部と言っても良い程の大都市だそうですね。私はアクアリースで満ち足りておりましたので、王都については余り気にしておりませんでした。いえ、何れ行きたいなとは思っていたのですけれどね。
「あーそう言えば僕、ミズキを王都に連れて行ってあげた事が無かったですよね」
「はい」
「じゃあ今度連れて行ってあげます!」
「わぁ、本当ですか?」
「うん、丁度ベルドア王にも用事が出来ましたし」
「あ、魔人種の事ですね……」
「うん。大陸中に周知しないといけませんからね。あ、でも落ち込まないでください! ちゃんと遊ぶ時間も作りますからね!」
「はい」
ミズファ母様に王都へ連れて行って下さると言われて、何故か私は遊びに連れて行って頂けると素で考えてしまいました。温泉を満喫した後で言う事ではありませんけれど、少々浮付いている様です。気持ちの切り替えは大事なのです。
「クリムよ」
「はぁい?」
「もう少し胸元を隠せ。周囲の目線の殆どが貴様の胸にいっておる」
「えーこの浴衣、ちゃんと着ると胸が苦しいのです~」
「ちぃ……自慢かこの伝説のおっぱい剣めが!!」
「ひゃあ痛いです痛いですー!!」
私の後ろを歩いていらっしゃるシャウラ母様とクリムさんが何やら騒がしいですので、何事かと振り向きますと。シャウラ母様が無理やり、クリムさんの胸元をぎゅうぎゅうと締め付けております。
クリムさんのお胸は大変大きいですので、浴衣に収まりきらずに胸元部分が大きく開いておりました。その為でしょうか、周囲を歩く方々からの視線がクリムさんのお胸に向いている様なのです……。
「はぁ……男って生き物はどうしてこうも下心見え見えなのかしら」
「まー……ジロジロ見られると不快なのは確かですけど、しょうがないと思います。だって、可愛い子が湯上りの火照った体で浴衣着て歩いているんですよ? 見るなって方が無理な話です!」
「……」
溜息をつくプリシラ母様にむけて、謎の力説をされるミズファ母様。そんなミズファ母様に呆れたような視線を向けるプリシラ母様。
「ミズファ母様」
「何ですか!」
「ミズファ母様はお風呂上りの女性がお好きなのですか?」
「いえ、別にそう言う訳じゃないですけど、でもこう……お風呂上りって皆髪をアップにしてるじゃないですか。しかも今は浴衣姿で。で、後ろからちょっと見えたりするうなじとか、とってもセクシーだなって思う訳です!」
「…………」
あ、今プリシラ母様がミズファ母様から少し離れました。私も無意識に離れてました。
「え、なんで二人して僕から離れるんですか!?」
「離れるに決まってるじゃない! 今の貴女、とってもいやらしいんだもの!!」
「え、別に変な事じゃ無いですよね? ね、ミズキ?」
「あの……正直申しまして、ミズファ母様のお気持ちはよく解りませんでした」
「ほら、やっぱり貴女がおかしいのよ!」
「え、あれ。いえでも僕、元々男だったんですから仕方ないじゃないですか!」
「何百年も前の話じゃないの!」
セリーヌさんとミシュリーさんがミズファ母様の発言に対して訝し気にしておりましたけれど、ヤヨイさんがそんなお二人を連れて先に走って行きました。ヤヨイさんは気が利き過ぎなのです。
「シャウラ、貴女からも何か言ってあげて頂戴」
「男のままであれば別じゃが、我よりも大きい胸を持ったミズファなんぞに言う事など何もない」
「貴女、そんなに胸の大きさを気にしてるのね……」
「ふん!!」
元々は別の世界でミズファ母様とお付き合いをなさっていたシャウラ母様ですが、女性の姿のミズファ母様に違和感を感じていらっしゃる節が所々で感じられます。でも嫌いとかでは無いみたいですけれどね。再会出来た後や、帝国からアクアリースへと戻ってきた後等、お二人で楽しそうにお話している姿をみかけますからね。ともあれ……。
「ミズファ母様」
「な、何ですか」
「私はどんなご趣味であろうと、ミズファ母様が大好きです」
「ミズキ……。あぁ、やっぱりミズキは僕の事を解ってくれるんですね!! さっき僕から離れましたけど」
「それはその。……御免なさい」
この様に騒いだりなどしますと、ますます視線が私達に向いて来る訳でして。周囲が騒めいて来た所で私達は頷き合い、足早に宿へと戻りました。
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大変美味な倭国風の夕食を頂いたその晩。宿の方にお聞きした所、帝国の男性陣が倭国風の座敷を一間お借りして、盛大に酒盛りを行っておりました。概ね私の予想通りですが、座敷を盗み見てみますと、以外にも女性が一人もいらっしゃらない様です。
「そこに居るの誰だ」
「あ、あの私です」
「……ミズキ姫か。入るがよい」
クラウスさんのご許可と共に座敷の中へと入りますと、位階者の皆様が姿勢を正しました。折角お酒を楽しんでいらしたのに、私のせいで委縮させてしまう形になってしまいましたね……。
「いくら誤認能力とやらが働いているとは言え、晩に姫が一人でうろつくなど、感心せんな」
「はい。でもあの、私酌のお供をと思いまして」
「……何?」
「今日は魔人種の襲撃などがありましたし、クラウスさんもお疲れでしたでしょうから」
「だとしても、姫である貴様が酌をする必要など一切無いだろう」
「皇帝陛下へのご友好の印……と言いたい所ですけれど、個人的な厚意です。余り深くは考えておりません」
私の発言に対し、クラウスさんが少しの間何かを考えていらっしゃる様子でしたけれど、程無くして「解った」と言いました。
「そう言う事であれば酌をして貰おうか。この通り、男だけのむさい部屋になっていたからな」
「あの、では早速注いで回りますね」
「ただし、三十分だけだ。ミズファ王女に知れたら敵わんからな」
「大丈夫ですよ、こっそり部屋を抜け出してきましたから」
そう言って微笑む私。お酒の席で用いられる、とっくりと呼ばれる陶器を手に持ち、位階者の皆様を周ります。
途中、私が位階者百一位になった当時に十位だった方へ酌をしようとしますと、頭をさげながらおちょこを差し出されました。
先輩として様々な助言をして下さった方ですが、私が他国の姫だった為に、この方を大変混乱させてしまいましたね。一時期、私に対する無礼を謝罪する為に位階者の位から身を引くとまで言っていた事もあります。
そんな彼に「どうかお酒の席では自由になさって下さい」と言いました。この状況では少々難しいかもしれませんけれどね。
それでも、一通り酌をして回っておりますと、皆様も徐々に気を良くして会話も弾んでいきました。その様子を見る事が出来て、私も嬉しいのです。
「やはり、酌をしてくれる女性がいると違うな」
二巡程皆様に酌をした所で、クラウスさんが私におちょこを差し出しつつそう言いました。
「セリーヌさんやミシュリーさんはお呼びにならないのですか?」
「ヤヨイ程では無いにしろ、あいつらもまだまだ小娘だ。酒の共には早い。ここには骨を休めに来ているのだ、女同士で楽しんでいればよい」
と言って一気にお酒を飲み干し、私の酌を待っております。皆様がクラウスさんを慕う理由がとても解りますね。ヤヨイさんが好意を抱くのも頷けます。
「普段からその優しさを皆様にお見せすればいいですのに」
「馬鹿な事を言っていないで、さっさと注げ」
「はい。ええと、新しいお酒……と、きゃ!?」
お盆に乗せてあったとっくりを手に取ったのですが、急いで持ち上げた為に指から滑ってしまい、お酒が飛び出して胸元にかかってしまいました。
「冷たい……」
「どうした、大丈夫か」
「あ、はい。すみませんお酒を零してしまいました」
「ふん、抜いてやるからじっとしていろ」
そう言って備え付けの布を手に取り、私の胸元を拭いて下さいます。
「あ、あの自分で出来ますので……」
「いいからじっとしていろ。中々こんな機会は無いからな」
「はい?」
「いや、何でも無い」
段々布が首筋から下に降りてきました……。流石に恥ずかしくなり、もう結構ですからと言おうとした所で……。
「クラウス陛下、何してるんですか?」
一生面命私の胸元を拭いていらっしゃるクラウスさんの真後ろに、素の表情のミズファ母様が立っておりました。転移魔法の影からその表情でせり上がって来たのです。この後の展開が大体察せた私は大急ぎでクラウスさんを擁護します。
「あの、ミズファ母様、私がお酒をこぼしてしまったので、クラウスさんに拭いて頂いていただけです」
「そうですか、じゃあなんでミズキの胸元を広げようとしてるんですか?」
「え……」
視線を自分の胸に下ろしますと、いつの間にか胸元が少し露出しておりました。全然気づきませんでした……。
「いや、酒が中に染み込んでいてな。はだけさせなければ抜けないだろう?」
「良い訳はそれだけですか?」
「…………」
流石にこればかりは擁護できません。もう少しで私、悲鳴を上げる所でしたし……。
「ミズファ王女よ、先ずは落ち着いて話をしようか」
「そうですね、落ち着いて話が出来る所に行きましょう」
「え、お、おいちょっと待て、うおおおお!!?」
ミズファ母様がクラウスさんの浴衣を首筋から引っ張り、転移魔法の影の中へと消えていきました……。いつもでしたらここで位階者の皆様が大騒ぎする所ですが……。皆様は何も見なかった事にしてお酒を楽しんでおりました。結局こうなるんですね。まぁ、自業自得ですけれど。




