歌姫
木の陰から姿を現したのは、14,5歳前後の金色の長い髪をした女の子でした。赤いドレスに身を包み、長い髪を少し緩めにウェーブさせているその容姿は、まるで何処かの国のお姫様のようです。
「あ、あの。ええと、大丈夫です」
唐突に声をかけられ戸惑いながらも、女の子に向けて慌てて返答をお返しします。
金色の髪ですので、一目見た際はエルフの方かと思いましたけれど、耳は長くありませんので人間の方でしょうか。
「こんな所に「サイクロプス」がいるとは驚きです。本来、地上に居るようなモンスターでは無いのですが」
女の子が巨体のモンスターを見上げ、訝し気な視線を送っています。ですがその目に動揺などは一切無く、とても落ち着いている様子から、何か大きな力を感じます。となりますと、この透明な壁は……。
「あの……この透明な壁は貴女の力ですか?」
「ええ、そうです」
やはり間違い無いようです。とは言え、魔法を展開する為には術式を組まなければならないとミツキさんから聞いていますから、瞬時に展開されたこの透明な壁は魔法の類では無いようです。この不可解な能力には少し思い当たる節がありますけれど、一先ずここに居る女の子のお陰で助かりましたので、お礼を先に述べます。
「助けて下さって有難うございます」
「……お礼を言う場面には、些か早いみたいですね」
そう彼女が言いますと、巨体のモンスターが大きく咆哮を上げました。
透明な壁によって「光の帯」を防がれた事で更に怒ったのでしょう、足を引きずりながら木を薙ぎ倒し、私に向かって近づいて来ています。
「確かに早いみたいですね。ですが……その、このモンスターを私が倒しては駄目みたいで」
「貴女の言いたい事は国間の体裁ですか? けれどそれ所ではありません。先程「サイクロプス」が放った光はとても危険です、早々に倒すべきでしょう」
この女の子からは逆らえない、何か不思議な雰囲気を感じます。王族と同等であるエルフの長さんと似たような感覚と言いますか……。ともあれ、倒してしまってもいいのでしたら、其方の方が私としても助かります。
実際、「光の帯」はとっても危険だと思います。透明な壁によって「光の帯」を防いだだけで、その余波で私の周囲から後ろ側に向けて地面がえぐれ、広範囲に木々が消滅しています。防ぐすべのない人がこの「光の帯」を真面に受ければ瞬く間に蒸発してしまうでしょう。
それでも、黒いドレスの女の子に比べれば大した威力では無いですけれど。比べる相手が桁違いですので、比較にはならないかもしれませんが。
「解りました。それでは私が倒してしまいますね」
まだ巨体のモンスターとの距離はありますが、振り下ろすこん棒の衝撃波が来ていますので、それを避けるように少し後退しつつ、なるべく血を消費せずに倒す方法を考えます。やはり、首を切り落とすのが一番無難な所でしょうか? 戦いに慣れ出したせいか、思考が過激になってきている気がします。
「では、私も少しお手伝いしましょうか」
「お手伝い?」
女の子は両手を胸の前で祈るように手を合わせますと、再び透き通った声で歌いだします。その声は小鳥の囀り、と例えるには十分な美声でしょう。とても綺麗な歌声が辺りに響き渡ります。
すると……どうした事でしょうか、体の内側から急激な力が沸き起こりました。今の私なら、この国その物を焦土に変えられそうな程の力が。
そして理解します。女の子が扱うのは魔法では無く、歌う事で能力を展開できる「特殊能力者」だと言う事を。ギルドの書類によれば、この世には大変希少な存在として、魔法とは別に不思議な能力を持って生まれてくる者が居るそうです。それがこの女の子です。
魔法とは似て非なる物。特殊能力の展開に術式は必要ありませんけれど、目の前の女の子は「歌う」事がある意味術式のような物でしょうか。「歌う」という行為が必要な分、その効果は絶大のようですね。今の私は女の子の不思議な歌の能力で、非常に強化されている状態にあります。
「凄いです……力が溢れ出てくるみたい」
もはや、血を消費する事すら必要無いでしょう。巨体のモンスターが凄く小さい存在に見えますもの。先程から衝撃波を飛ばしてきていますが、ただのそよ風が私の髪をなびかせているだけで、既に回避行動すらしていません。余りに惨めですので、そろそろこのモンスターさんには退場頂きたいと思います。
せめて私の力で召される事を光栄に思って頂きましょう。
「衝撃波とは、こういう事を言うのだと思いますよ」
巨体のモンスターに向かって、右手を軽く下から上へと払いますと。
眼前に向かって凄まじい衝撃が起きて、巨体のモンスターが紙切れのように上空に向かって吹き飛んでいきました。
今度は右手を上から下に向けて払うと、上空に浮いている巨体のモンスターが即座に地面に向かって叩きつけられます。この時点で、四肢がバラバラになって虫の息です。あぁ、先程まで気持ち悪い行為だと思っていましたけれど、なんでしょうかこの愉悦感。ゾクゾクしてしまいます。
既に行動不能な程に痛めつけられている巨体のモンスターは、なをも私に顔を向けて、先ほどの「光の帯」を撃ち出そうとしています。
「無駄ですよ」
パチン、と指を鳴らすと。巨体のモンスターの顔が弾け飛び、完全に息の根が止まりました。酷くあっけない程に一方的な戦闘が、女の子の歌と同時に終了しました。
直ぐに振り向いて女の子へと近寄り、強化をして頂いたお礼を兼ねて、軽くその場でお辞儀をします。
「お手伝い有難うございました。とても素敵な歌声ですね」
「いいえ、私の歌など些細なものです。それよりも……遠目から既に只者では無いと感じていましたが、まさか何の能力も使わずに「中級」を倒してしまうなんて」
目の前の女の子の歌がなければ、流石に古代血術を展開していましたけれども、今は置いておきます。
「ええと、貴女はどうして此処に? 私に会いに来たように見えますけれど」
「私は先ほど「ユグドラ」に着いたのですが、今この都市がモンスターの襲撃に合っていると聞き及び、急いで西門から南下するように森を抜けて来たのです。幾つか大きな魔力を感じる中、人際大きな魔力を持つ者を一番近くに感じてここへ来て、貴女に出会いました」
真っすぐな目で私を見ている女の子は、どこか得体の知れない私を探っているかのようにも見受けられます。確かに、私自身不可解な存在だと自分で思いますけれども。
「そうだったのですか。あの……」
そこで私は一旦言葉を途切れさせます。
そして直ぐに街道へと戻り、モンスターが向かって来ていた方向を見つめます。
「来ましたか……」
ゆっくりと、優雅に歩いてくる少女。手には日傘を持ち、まるで貴族のお嬢様が散歩をしているかのような、そんな足取りで。
「随分可愛らしい襲撃者のようですね」
私に遅れるように女の子も街道に出て、歩いてくる少女を見ています。何故かは解りませんけれど、まるで自分が褒められたように、ちょっと嬉しくなってしまいました。
「私もそう思います。とっても可愛らしい女の子ですよね。そして……可哀そうな子」
たった一メルしか経っていませんが、「黒いドレスの女の子」はもはや人間の少女と何も変らないように見えます。相変わらず魔力が感じられませんので、なをさらそう思うのです。
近づいてくる間警戒はしますが、特に何かの攻撃をしてくる気配は感じませんので、近づいてくるのをただ見つめている私。先に此方から攻撃を仕掛けないのは、彼女とお話をしたいからです。
そして、黒いドレスの女の子がお互いの声が聞こえる位置で立ち止まります。
「やはり邪魔をするのね。私の最愛のミズキ」
「私……? 貴女、喋り方が……」
「勘違いしないで頂戴ね。様々な「古代魔法具」に蓄積された過去の情報を読み取った結果なのよ。そう、私は成長している。人間等とは違うもっと上の高みの存在へと」
無機質で、片言のように喋っていたのが噓のようです。黒いドレスの女の子はとても奇麗な言葉遣いで、自分の事を「私」と言いました。そこまで人間と変わらない知識を得て、人間と変わらない素養を得て、何故人間を拒否するのですか……。
「解りません。人間より高みに上る事にどんな意味があるのですか。一緒に仲良くしてはいけないのですか?」
「私が仲良くしたいのは貴女だけよ、ミズキ。他の人間なんて要らないの。眠っていた「古代魔法具」が教えてくれたわ。醜い人間共の本質をね」
そう言いますと、日傘をクルクルと回し冷たい笑顔を私に向けました。




