親善試合の終了
「只今戻りました」
「ミズキーーー!!」
上半身を起こしつつ微笑む私を、ぎゅーっと抱きしめて下さるミズファ母様。その周囲にはシャウラ母様とプリシラ母様。三人の母様が笑顔で私を見て下さっています。
その様な中で、私の腰に抱き着きながら泣いているエルノーラさんの頭をそっとなでる私。
「ミズキ、良かった……良かった……」
「エルノーラさん……」
「御免なさい……御免なさい……!!」
気術を暴発させてしまった事をとても悔いているのでしょう。未だに泣き止む様子はありません。
「ミズキが目を覚ましてくれて本当に良かったです! 急いで蘇生魔法を展開しても全然生き返らないんですもん……」
「流石の我も肝を冷やしたぞ……。エルノーラから蘇生を無効化するなどと聞かされてはな」
「実際に全然蘇生魔法が成功しなかったですからね。でも、どんなに時間がかかってもミズキが目覚めるまで絶対諦めませんでしたけどね」
そうです、気術による奥義は蘇生魔法すらも効果が及ばない程の強大な力でした。そう狭間のお姉さんが教えて下さっています。その事もあってエルノーラさんは私から離れようとしないのでしょう。
「もしこのままミズキが生き返らなかったら、私この場で暴走していたかもしれないわね……」
プリシラ母様がそう言いますけれど、殺気などは放っていません。私もですが、プリシラ母様は一度力に飲まれている身です。それ故にエルノーラさんを責められないのでしょう。むしろ逆で、肩に手を添えてエルノーラさんを気遣っています。
「皆様、ご心配をおかけしました」
「うん全然おっけーです。こうして戻って来てくれたんですもん」
「ミズファよ、一人娘を亡くしかけたのじゃぞ。よい訳無かろうが……」
「うんまぁ、さっきまですっごく泣いてましたからね。でも、ミズキの笑顔を見たら吹き飛んじゃって」
「う……」
シャウラ母様の言葉にエルノーラさんがビクっと身を震わせました。まるで、今のエルノーラさんは怯える子猫の様です。そんなエルノーラさんを私が抱きしめ返します。
「エルノーラさん」
「ぐす……うぅ……」
「私はこの通り無事です。ですから、泣き止んでください。そして可愛らしい笑顔をお見せ下さいませんか?」
「……そんなの無理よ! ミズキを失いかけたのに!!」
「でも、私はここにいます」
「……」
抱きしめながら頭をなでて差し上げますと、ようやくそこで泣き止み始めました。
「エルノーラさん。誰しも過ちはあります。私にだってあります。ですから、私はエルノーラさんを許します」
「ミズキ……」
ようやく顔を上げて下さいました。涙で可愛いお顔が台無しですので、ハンカチを取り出して拭って差し上げました。
「……ミズキ、どうやって生き返れたの? 奥義の制御に失敗してしまったのに……」
私が生き返れた事に対し、奥義を放ったエルノーラさん自身が疑問に思っている様です。鏡が割れた時、私の魂を砕いてしまったと考えているのでしょう。実際にそうなる所だったのでしょうけれど。
「とある方が私を救って下さいました」
「とある方……?」
「ミツキさんです」
「ミツキが……?」
とても不思議そうに私を見ているエルノーラさん。それもそうでしょう。今ミツキさんはこの場に居ませんものね。
「それとミズファ母様、プリシラ母様」
「何ですか?」
「私を救って下さった方はもう一人いらっしゃいます。それはシズカさんてす」
「……シ、ズカ? 貴女を救ったのはシズカなの? それは本当なの!?」
プリシラ母様が必死に私の手を取ってそう言います。狭間のお姉さんと特に仲が良かったのはプリシラ母様だとお聞きしていますから、私に詰め寄るのも無理はありません。
「はい、詳しいお話は後ほどに」
「ええ、貴女のお話を心待ちにしているわ」
そう言って満面の笑みで私を見つめるプリシラ母様。ここまで嬉しそうなプリシラ母様を見るのは初めてです。早々に狭間のお姉さんとの出会いをお話して差し上げませんとね。
そしてここで本来の状況を思い出す私。
「あの、所で親善試合は……」
「ミズキ、今回の親善試合はここまでだ」
近くでずっと私を心配そうに見下ろしていた九尾さんが親善試合の終了を告げています。そのまま周囲を見回しますと、貴族さんと帝国側の支配層さんや序列者さん方の姿がありません。
「試合はもう終わりですか?」
「ああ。閉会式も中止にした。我が国の姫が大事に見舞われていてそれ所では無かったからな」
「す、すみません……」
と言う事は、親善試合の終了を告げられた事で貴族さん方は帰路に、支配層と序列者の皆様は九尾さんのお屋敷に向かわれたのでしょう。
ただ全員という訳でも無く、帝国側はクラウスさんとヤヨイさん、ミアさんが残って下さっています。
「クラウス陛下と話はついている。試合の中止では無く、一応の決着と判断し正式に終了とした」
「そうですか……」
「この親善試合は万が一の為の蘇生魔法があるからこそ成り立っていた面もあるからな。エルノーラが蘇生の効果が及ばない力を扱う程とは想定外だった。これ以上の続行は危険と見なした」
「……」
力が強大過ぎるが故に、後には引けずエルノーラさんは奥義を暴発させてしまった訳ですけれども。私も血を吸う種であるが故に、気持ちとは裏腹に戦いを求めてしまいます。ですので、エルノーラさんを焚きつけた形ですので、私にも責任があります。
「では、試合は私の負けですね」
それにしても……エルノーラさんに奥義の動作に入られてからの私はなんとも不甲斐ない有様でした。全く身動きが取れず、クリムさんの力をお借りしているにも関わらず手も足も出ませんでした。私がもっと強ければ皆様にご心配をおかけする事は無かったわけですからね。
ただ、狭間のお姉さんと再会出来た事は私にとって今後の糧になります。皆様には失礼ですが、一度命を落とした事は決して無駄にはなりません。
「ミズキ」
少し遠巻きに見ていたクラウスさんが私に近寄り膝立ちをしています。私を気遣っての事でしょう。
「何でしょう」
「此度の試合、エルノーラの負けだ」
「え?」
「表面上は我ら帝国の勝利という事になってはいるが……エルノーラは完全に冷静さを欠き、自らの力を過信し過ぎた」
「でもそれは……」
「自らの力量を把握できぬ者は何れ必ず命を落とす。何より戦況の判断を誤った。膨大な武器が上空を埋め尽くした時、エルノーラの奥義は不完全の状態だった。この時点で負けていたのだ」
不可解な力が交差する中、クラウスさんは良く見ていらっしゃいます。決してエルノーラさんは油断していた訳ではありませんが、私の魔法に対応仕切れていなかったのは事実です。
ですが……もしエルノーラさんが血と水の帝剣舞に奥義を合わせる様に立ち回っていた場合、私は完全な敗北を喫していた事になります。私はまだまだ強くならねばなりませんね。
「ミズキ……」
「何でしょう、エルノーラさん」
「私ね、沢山の武器に襲われた時、このまま負けるのが悔しくて……本当なら私の方が強いのにって思っちゃって……」
「……」
「必死に向こうの世界で強くなったのにって考えたら、不完全な状態の奥義に手をかけてた。もし魔法や魔道武器だったら、暴発させて周囲が大変な事になってた……」
幸いにもエルノーラさんの気術による奥義は私に対してのみ暴発するに留まりました。もし魔法や魔道武器による暴発だった場合。エルノーラさんの力を考えれば……ミズファ母様の特殊空間すらも切り裂いていたかもしれません。それはつまり、この周囲一帯が焦土と化していても不思議ではなかったのです。
クラウスさんが状況を誤ったと言っているのは、つまりそう言う事でもあるのです。でも、結果的にそうはなっていませんから、私はエルノーラさんを庇いますけれどもね。
「エルノーラよ」
「はい、兄様……」
「帰還したら説教だ」
「はい……」
エルノーラさんが立ち上がりクラウスさんの下へと歩き出しましたので、必死に呼び止める私。
「あの、待って下さい。クラウ」
「さて、ミズキ。ちょっと良いですか」
お説教は待ってくださいと懇願するつもりでおりましたら、ミズファ母様がちょっと低い声で私を呼びました。
「今回の試合はやり過ぎだって事、解ってますか?」
「う……」
「今回の件はミズキも悪いです。この後お城に帰ったらお説教です!」
「ひぅ!?」
生き返ったばかりの私には大変辛い仕打ちです。このままエルノーラさんを連れて逃げ出したいです……。
でも今回の試合につきましては、今の自分の力量がどれ程かを知る事が出来て私は大変満足しています。エルノーラさんとちゃんと決着をつけたかったなって思いはしますけれども。
いつも何かしらの試合になりますと大抵途中で終わっている様な気がしますので、次エルノーラさんと試合をする際はしっかりと力量の基準を設けた上で勝ち負けを決めたいですね。
等と考えつつ、この後のお説教に涙目の私なのでした……。




