感謝の気持ち
エルノーラさんがいよいよ天翼の力を発揮するようですので、私も自らの魔力と血の残量を計算して戦わねばなりませんね。リリィを呼び出しておりますので、今私は徐々に魔力を消費している状態にありますし。
ともあれ元々私の魔力は文字通り桁が違いますし、今までの修行や様々な経験を経て更に魔力を高めてあります。大技を多用しない限り早々には魔力が枯渇する状態にはなりません。
「さて、我が主に必要以上に心労を掛けさせる訳にもいきませんね。私も少し本気を出していきましょうか」
「貴女ミズキ思いなのね」
「ええ、勿論ですわ。我が主を第一に考え行動するのは当然の事です。何より、私がここにいる間は主の魔力を消費してしまいますから」
「それは大変ね。でも、私にその事をお話ししても良いの?」
「エルノーラ様なら主の魔力が枯渇するまで逃げ回る様な真似はなさらないでしょう?」
「そんな事しないわ、私良い子だもん。それにね、私がここに居られるのはミズキのお陰だから、私強くなったよっていう感謝の気持ちを戦って伝えたいの」
笑顔でそうエルノーラさんが言います。それが私も嬉しくて。同じく笑顔をエルノーラさんに向けました。そのお気持ちは十分、私に伝わって来ていますよ。
「我が主が大変ご満悦の様です。それでは私も誠意をもってエルノーラ様と交えさせて頂きますわ」
「うん!」
「クリム様、私の力を貴女に込めますわ」
「はぁい」
リリィが水の足場を闘技場内全域に作り出しました。沢山の水の足場が空に浮いています。事前に用意して置く事で戦いに集中出来るからでしょう。この水の足場はリリィの意思で透過させたり硬質化させたり出来ますので、飛び回る上で支障をきたす様な事はありません。
再びエルノーラさんが居る空に向けて足場を駆け上がって行くリリィ。エルノーラさん側は既に術式の展開に入った様です。先程まで使用していた術式は下位だと言っておりましたので、次に来る術式は相応の力を持った物でしょう。警戒を強めねばなりません。
「させませんわ」
「……きゃっ!?」
術式を扱うそぶりを見せた瞬間。柄の無い漆黒の鎌が上空に三つ現れ、エルノーラさんを三方から弧を描く様な斬撃で斬り付けます。
エルノーラさんが大きく翼をはばたかせて飛翔しつつその場を回避しますが、黒い鎌は円を描く動作でエルノーラさんを追尾し続けます。さながら、投げられた手斧に追い駆けられているかの様にも見えます。
この漆黒の鎌はクリムさんを通して作られておりますので、素で展開した真祖・血術漆黒鎌とは比較にならない強さです。生半可な力で受け止めようとすれば、体ごとスッパリ真っ二つです。
その様な鋭い刃が三方向から襲う状況、エルノーラさんは水の足場が無い更に上空を必死に飛び回りながら身をひねって回避しています。避けきれない鎌に対しては強化した翼で受け流している様です。流石のエルノーラさんも直接受け止めるつもりは無いようですね。
「……くっ、これっ……いつまで私を襲ってくるの!」
「そうですね……私が飽きるまで、でしょうか」
「そんなに待ってられない!」
「申し訳ありませんエルノーラ様。これ以上貴女に先制を許していては、私の面目が立ちませんから」
リリィが展開しているこの漆黒の鎌。一見しますと、今までの試合で展開された魔法や技に比べて、大変地味な攻撃です。試合を見ていらっしゃる観客の中には弾き返せばそれで終わりだと考えていらっしゃる方も居る事でしょう。
正直申しまして、この鎌はミツキさんが最後に放ったらしい剣技を除くどの魔法や技よりも強いです。五姫の特殊空間すらも切り刻むでしょう。……だって、この鎌は元を辿れば私が持つ血で出来ているんですもの。
ですから、今エルノーラさんを攻撃しているのは私自身とも言えるのです。観戦していらっしゃる皆様が私の存在を忘れかけているような気がしますので、ここは強調して置きます。
「うー……しつっこーーい!」
前方から来る鎌を飛翔で回避しますが、更に左右から来た二つの鎌はタイミングが悪く回避が間に合いません。それを瞬時に察したらしく、エルノーラさんが杖を構えました。直ぐに防壁が作り出されますが、鎌は紙切れの様に容易く防壁を斬ってエルノーラさんを襲います。
ですが、防壁を斬った事で僅かに鎌の位置がずれた為、エルノーラさんの前を素通りしていきました。つまり最初から防御するつもりは無く、防壁を囮に使った訳ですね。彼女は下手をすれば死亡しかねない状況でこの判断をしているのですから、本当に最近戦いを覚え始めたばかりなのか疑問に思えてきます。
強くなったよ、と笑顔で申して下さるのは大変嬉しいのですが……その、強くなり過ぎでは?
「想定以上ですね……。エルノーラ様は世界を滅ぼせるだけの攻撃力に特出している分、身を守る術はほぼ無いと踏んでいたのですが」
回避し続けるエルノーラさんを見てリリィが感心を抱いておりますが、それは自らが強いからこそ自信をもって言える言葉です。決して自意識過剰ではありませんので、私は特に注意は促しません。
「リリィちゃん、リリィちゃん」
「どうなさいました、クリム様?」
「エルノーラちゃん、さっきから杖に魔力込めながら逃げ回ってるよ~」
「魔力を込めながら……?」
返す刃の様に襲い来る鎌を回避していらっしゃるエルノーラさんが飛び回るのを止め、杖を胸の前に構えました。
「私が攻撃しか出来ないお馬鹿だと思ったら大間違いなんだから!!」
時間差で三方向から鎌が迫って来ていますが、エルノーラさんはその場に停止したまま動きません。まさか、防御するつもりなのでしょうか。
「魔道杖妓・氷術「静謐の氷牢」」
三方向から来る黒鎌が突如として現れた氷の棺の中に閉ざされました。これは……メイニーさんの氷魔法ですよね。確か五姫と旧五姫の試合の際にシルフィさんを閉じ込めた魔法だった筈です。まさか、エルノーラさんが魔法を展開出来る様になっていたなんて。
メイニーさんがエルノーラさんに教えたのでしょうね。しかも魔道炉を通していますから、大きく魔法が強化されています。
鎌を内に閉じ込めた氷の棺が激しく揺れ動いていますが、中で鎌が暴れている為でしょう。いくら魔道炉によって強化された魔法であっても、あの鎌を止める事は出来ません。今現在国家指定級前後の魔力であるエルノーラさんの魔法では、私の合成魔法には勝てません。直ぐに棺が二つに割れ、鎌が中から飛び出て来ました。
この間、僅か数秒の出来事です。出来事ですが……エルノーラさんにとってはその僅かな時間で十分だったようですね。
「天位術式・上位「第三層・Thronoi」」
リリィが鎌の解放と同時に動き出していましたが、氷の棺その物が想定外だった為に行動が僅かに遅れた様です。それでも常人に比べればエルノーラさんの下へ駆け上がる判断はとても早いのですけれど。
エルノーラさんの背に翼が四枚現れ計六枚となり、優雅に羽ばたかせています。棺から解放された黒鎌が三方から同時にエルノーラさんを襲いますが……。
「やはり効きませんか」
鎌はエルノーラさんを斬る事無く、途中で光に浄化される様に先端から溶けて消えてしまいました。途中で駆け上がるのを止め、上を見上げるリリィがクリムさんに魔力を込め出したようです。
「クリムさん、本気で参ります。我が主の手を煩わせるにはまだ早いですから」
「はぁい。どんな大技でもどんとこいです~」
「直ぐに攻撃に移りたい所ですが、先ずはエルノーラ様の能力を我が主にご覧頂いた方が良いでしょう。次に来る攻撃を防ぎます」
「防御ですねー解りました」
リリィはエルノーラさんの攻撃を防ぐと決めた様です。確かに次に放たれるエルノーラさんの攻撃には大変興味が御座います。
六枚の翼を羽ばたかせて空に浮かぶエルノーラさんにこれと言った変化は見受けられません。翼が増えた事で異様な重圧感を感じてはいますけれども……。
「光は全てを清浄へと還す」
両手を左右に広げながらエルノーラさんがそう言いますと、全ての水の足場が光の中に解ける様に消えていきます。そして、私が維持していた雪花結晶も僅かに綻び始めました。




