「ユグドラ」防衛戦
「第一部隊、予定通り街道上の「フォレストウルフ」を盾で防ぎ、その場で持ちこたえてくれ! 無理に前に出て追撃する必要は無い! 第二部隊は街道沿いの森の中から来るモンスターに注意しつつ、第一部隊の両脇を固めてくれ!」
ウェイルさんが忙しそうに指示を出し、部隊の維持を懸命に行っています。ただ守っているだけでは徐々に押されてしまう物と普通なら思いますが……ここはエルフの国、そして首都の前です。
フォレストウルフと呼ばれた銀色の獣の大群が第一部隊に群がり、盾の上を飛び超え兵士に襲い掛かろうとしたその瞬間。
城壁から沢山の矢が放たれ、次々とフォレストウルフを仕留めていきました。飛びかかろうとする分、狙いやすい標的となりますので、エルフさんの弓の前ではただの自殺行為です。
「流石エルフですわね。弓を射させたら、人間では足元にも及ばない精度ですわよ」
「はい、凄いです! 一切の無駄撃ちが無いのですもの。そしてこれもウェイルさんの作戦通りなのですよね?」
「ええ、伊達に大国「アクアリース」の騎士団長を務めていませんわよ?」
継続的に弓部隊が地の利を生かし「ユグドラ」の城壁から攻撃しますと、見事なまでの射出精度でフォレストウルフの数を減らしていきました。ですが、まだまだモンスターの大群は途切れる事なく襲ってきますので、気は抜けません。
「さて、街道はウェイルとエルフの兵士にお任せして、私たちは森の中にいるモンスター共を排除しますわよ」
「はい、私頑張りますよ」
「ん、ようやく出番」
「イグニシア様、攻撃する際は森を燃やさぬよう気を付けて下さいまし」
「あ……」
「あってなんですの……。国家指定級ともあろうお方が、木を燃やさぬよう力の加減をするくらい造作も無い事ですわよね?」
「ん……た、多分」
周囲の木を眠そうな目で見渡しつつ、不安な様子のイグニシアさん。それを見たシルフィさんは「……強すぎる力も、場合によっては困り物ですわね」とうなだれています。
街道を挟む形で周囲は森に囲まれているのですけれど、そこに火を放てば直ぐに火事となり、大惨事になりますよね。その分モンスターも燃え広がる火に怯むかもしれませんが、エルフさん達がそれで喜ぶ訳がありませんし……。
城壁沿いまで後退すれば街道を抜けて開けた場所で戦えますが、その場合モンスターが広範囲に広がってしまいますので、そうならないように街道の中で抑えて一気に城壁の上から弓で殲滅する、と言う作戦を取っている形なのです。
その際、森の中を進んでくるモンスターが厄介ですので、ここは私やシルフィさん、イグニシアさんが担当する事になっていたのですけれども。炎その物とも言えるイグニシアさんにとって森の戦闘は自由が利かない為に、大幅に力を制限されてしまうみたいです。
「ん……拳に炎を纏わせて、直接殴る」
「無難な所ですわね」
「あ、森の中からもフォレストウルフが出てきましたよ!」
「長話はここまでですわね。行きますわよ!」
「あ……あの!」
二人が森の中に入る直前に呼び止めて。
「どうしましたの?」
「私、お二人と反対側の森に入ります」
「え、ミズキ一人で大丈夫ですの?」
「はい、私もエルフさん達のように、複数のモンスターとの戦いに慣れておきませんと。巨体のモンスターが来る前に終わらせます!」
「ん、ミズキ、無理しないで」
こくりと頷き二人と別れ、街道を挟む森の片側へと入って行きます。
少し奥に入り込んだ所で、獣の群れが軽快な動きで木を縫うように走り抜け、私に向かって走って来ています。少し離れた所にゴブリンの群れもいるようです。
本来であれば、沢山のモンスターの群れの中に一人で居るこの状況は、とっても危機的な状況にあるとは思うのですけれど。
私には適用されません。
「真祖・血術漆黒鎌」
私の周囲に無数の黒い鎌の刃が出現しました。柄は無く、黒い不気味な刃だけが宙に浮いているのです。
今まさに私に飛び掛かろうとしていた獣達に黒い鎌の刃が反応し、瞬時に斬撃で迎撃しますと、獣達は頭から縦に真っ二つになりました。そして二つに分かれた胴体が、私の横を通り抜けていきます。
主である私を守るように周囲に浮いている黒い鎌の刃は、敵対行動をする者が一定範囲に入りますと、自動的に攻撃します。その上自分の意志で解除するまで持続しますし、他の攻撃をしても刃は消えません。その分、鎌の刃を持続する為には血を多めに消費しますので、森の中のモンスターを短時間で減らせるだけ減らします。
私が森の中を進むとその分だけ、飛び掛かって来る獣の二枚下しが出来上がっていきます。正直気持ち悪いのですけれど、仕方がありませんね……。
「あぅ、大切な服に血が……」
モンスターの死体はその内消えますのに、血は何故か消えないのですよ……うぅ理不尽です。
モンスター達はこの状況下においても恐れる様子は無く、獣に混じるようにゴブリンの群れも剣やこん棒を手に、私に向かって襲い掛かってきています。
「やっぱり、操られているのは間違いないですね……」
これだけ一方的な虐殺を行っているのですから、それなりの知能はあるらしい獣やゴブリンなら、もう逃げていてもおかしくは無い筈なのですれど。まるで攻撃を止める気配はありません。
「仕方ありませんね……。少し試してみましょうか」
私は頭の中に浮かんだ「範囲系の古代血術を展開する事にしました。以前、展開した血術深紅の大災厄もそれなりの範囲を攻撃しますが、あれは何方かと言いますと火力に比重を置いた攻撃ですので、今から使う血術は正に広範囲能力と言っていい物です。
「真祖・血術聖なる赤の逆十字!」
上空に赤く透き通った巨大な十字架が出現しました。その大きさは「ユグドラ」の一区間が収まり切る程です。これは本来、不死モンスターに対して効果がある浄化系統の能力なのですが、普通のモンスターに対して展開しても一定の効果があります。
上空に出現した十字架がゆっくりと森の中に落下し、木をすり抜けますと、「モンスターだけ」をその場で押し潰します。十字架は一部街道のモンスターの頭上にも落ちており、相当数のモンスターが地面にうつ伏せになって、必死にもがいていました。この攻撃その物には殺傷能力はありませんので、圧死させる事は出来ません。
森の外から歓声が聞こえてきます。街道の方角を見ますと、ウェイルさんを先頭に、第一部隊と第二部隊のエルフの兵士さん達が、十字架で抑え込まれたモンスター達に次々と止めを刺していました。私も直ぐに、森の中で十字架に拘束されたゴブリン達と獣の生き残りを、黒い鎌の刃で切り刻んでゆきます。口を抑えつつ、気持ち悪さを我慢して……。
程なくして。
「ユグドラ」方面に抜けようとしていた森の中のモンスターは居なくなりました。辺り一面とっても凄惨な状態になっていると思いますけれど、見ません。
森の中から街道へと出ますと、遠くで巨体のモンスターが怒り狂ったように吠えているのが見えます。どうやら、十字架の効果が切れるまで地面に組み伏せられていた事に怒っているようですね。
まだ巨体のモンスターの後ろからモンスターが迫ってきていますけれど、体制を整えるには十分な間があります。兵士さん達は弓の射程内まで急いで後退して行きます。
途中ウェイルさんが私に気付いた様子で、近づいて来ました。
「流石だねミズキ。君のお陰でモンスターの数をかなり減らす事が出来たよ。けど、流石にサイクロプスの周囲は危険だから、追撃は直ぐに止めさせたけどね。あいつ、膝をついただけに留まって、片手はいつでも攻撃できる状態だったから」
「ウェイルさんでしたら、それでも十分サイクロプスを倒せたのでは無いでしょうか?」
「うん、恐らくね。だけどこの国を守るのはこの国の人達の役目さ。まぁ危険と判断した時は勿論、僕の剣を躊躇なく振るうけどね」
「そういうものなんです?」
「そういうものさ」
国については良く解りませんけれど、あくまでエルフさん達がモンスターを撃退するという状況が大切なのだそうです。
「さて、サイクロブスが来るよ。僕達も一度下がろう」
「はい」
ズシンズシンと、街道の石畳を破壊しながら突き進んでくる巨体のモンスター。その後ろからは残りのモンスターが第二波となって押し寄せて来ています。
そして、感じました。
姿は見えませんが……黒いドレスの女の子の存在を。




