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五姫と位階者(スペルム)

 私はその後、儀式を受けると決めたヤヨイさんを連れて特等席へと戻りました。儀式については今しばらく皆様には伏せて置くという事でお話を一旦切り上げています。


 ベッドから出たヤヨイさんは多少試合後の疲れが残っている様ですけれど、試合の観戦をしたいと仰いましたので、一緒に連れて来たのです。ヤヨイさんは席へと移動中、ずっと闘技場の中心に目を向けていて、通路に立つ護衛の兵士さんにぶつかりそうになったりしつつ、帝国側の特等席へと戻っていきました。


 今のヤヨイさんはミツキさんとの試合で全ての力を出し切った状態ですので、どこか少し抜けている普通の女の子という状態ですね。再び戦えるまで一週間位の時を擁しますが、その間誰かが付き添ってあげていないと危ないかもしれませんね。


 私は私でアクアリース側の特等席へと戻る合間、横目で闘技場で行われている五姫と位階者(スペルム)の試合を見ておりましたけれども。思いの外、予想外の展開になっておりました。


 五姫側は前衛を担うエリーナさんと中衛のミルリアさんが戦闘不能となっていたのです。流石に二人も欠けてしまっては、奥の手である合同魔法の特殊結界は展開出来ないでしょう。


 ですが位階者(スペルム)側も無傷という訳では無く、此方も位階(スペルム)四位と五位が二人戦闘不能になっています。現在、闘技場ではシルフィさんがミアさんの猛攻をどうにか風魔法で凌いでいて、その間、大きく跳躍したミシュリーさんが投槍の様な魔力をツバキさんへ放ち、無詠唱化の魔法具を持つ重要な立ち位置のレイシアさんは、セリーヌさんの剣技をどうにか紙一重で避けている、と言った状況の様です。


 特等席へと戻りますと、直ぐにミズファ母様が笑顔で迎え入れてくださいます。


「おかえりなさい、ミズキ!」

「ただいま帰りました。ミズファ母様、先程のお話合いは無事収まりましたか?」

「うん、クラウス陛下が文句言ってた支配層を睨みつけたら直ぐに黙りましたよ」

「クラウスさんらしい解決方法ですね……」

「僕がそれやると殺気で気絶させちゃうんで真似できないんですよねー……。まぁ、それよりヤヨイちゃんは大丈夫でした?」

「はい、多少疲れは残っていましたけれど、特に問題はありません」


 そう言って席へと座りますと、「ほれ」とシャウラ母様がワイングラスに注がれた美味しそうなジュースを差し出して下さいました。


「わぁ、有難うございますシャウラ母様。私の分もご用意して下さったのですね」

「娘の前で親である我だけが飲み食いなど出来ぬだけしゃ」

「ふふ、気にせずとも良いですのに」


 丁度喉が乾いていた私は一口頂きますと、シュワシュワした爽やかな甘みの炭酸が口の中に広がります。シャウラ母様の大好物、ソーダ水と呼ばれる透明な飲み物ですね。これはミズファ母様も知っていたらしく、直ぐに同じ様な飲み物をアクアリースに浸透させました。


「ミズキ、気が抜けている様だけれど、この後貴女の試合があるのを忘れてないわよね?」


 グラスを上品に片手に持ちながら試合を観戦しているクリスティアさんが私にそう言います。


「はい、忘れてはおりませんよ。エルノーラさんとの試合は楽しみにしていましたもの」

「それならいいわ。でも、そろそろ気を引き締めておいた方がいいのではないかしら」

「そうですね」


 クリスティアさんの言わんとしている事は解ります。ずっと目を逸らさずに試合を見ていたクリスティアさんは、五姫側が苦戦している事を危険視しているのです。位階者(スペルム)の皆様は以前よりも格段に強くなっています。


 強くなった経緯としては……私達の様な者が帝国に現れた事で、焦りを感じたのかもしれません。ヤヨイさんとミシュリーさんの間で既に大きな隔たりがありましたけれども、そこは例外と言う事で今までは納得していた面もあったでしょう。ですが、国外に強大な力があると知ればより強くなろうと思うのは当然の事です。


「ミズキ、エルノーラはミア達とは比べ物にならないわ。あの子、今どれ程の強さになっているのかしらね……」


 帝国側で楽しそうにクラウスさんに抱き着いているエルノーラさんは、普段と何一つ変わった所は見受けられません。アクアリース滞在中も、鍛錬の際に強大な力を使う様な事もありませんでした。ですが、私達がアクアリースに帰還して再び出会うまでの間。彼女の実力を考えればその僅かな間も、戦闘を覚えるには十分な時間だったでしょう。


「私達、以前のエルノーラさんに負けそうになりましたものね」

「ええ、私の古代魔法具を容易く超えていたわ……」


 クリスティアさんが空いているもう片方の手をぎゅっと握りしめました。とても悔しいでしょう。不可解な力の塊である古代魔法具を以てしても、エルノーラさんには通用しないのですから。


 では、それでいいのでしょうか? そのまま越えられない壁が出来たと斬り捨ててしまっていいのでしょうか?


 それが嫌だから、闘技場で戦う位階者(スペルム)の皆様が五姫を越えようとしているのでしょう。


「クリスティアさん」

「……何かしら」

「越えられたなら、再び越えればいいのです」

「え?」

「私はこの後の試合でエルノーラさんに勝ちます。ですから、クリスティアさんも勝ちましょう」

「勝つって……。私は試合には出れないわよ」

「でしたら、次の親善試合はアクアリースから申し込みましょう。構いませんよね、ミズファ母様?」


 私の突然の問いかけにも驚く事無く、ミズファ母様は笑顔で頷いて下さいます。


「うん、今回は初の試みで色々不備がありましたし、次回は大々的にやりたいなって考えてました」

「だそうですよ、クリスティアさん」

「貴女達……」


 こうしてお互いに力を高め合っていければ、不測の事態が起きても易々と解決していけます。


「ならば、次回は我が出てやるとするかの。このまま隠居など御免被るからな」

「奇遇ね。私もこのまま過去の魔王で終わるつもりは無いと常々思っていた所だわ」


 シャウラ母様とプリシラ母様もやる気満々ですね。ただ、儀式予定のヤヨイさんを除けばこのお二人を相手に出来る位階者(スペルム)は現状居ないと思いますので、相手はエルノーラさんだけになりますけれども。あ、唯一ミアさんだけは期待出来ますね。国家指定級クラスとも渡り歩ける可能性を秘めています。


「仕方ないわね……。負けっぱなしで良いのか、なんて言われたら引き下がれないじゃない。次回の親善試合には出てあげるわよ」


 クリスティアさんもようやく気を取り直したようです。やっぱりクリスティアさんには自信に満ちた態度が似合います。


「皆、試合が大きく動きそうよ。レイシアがツバキとシルフィに指示を出したわ」


 闘技場の会話を聞き取れるプリシラ母様がそう言いました。私は残りのソーダ水をくいっと飲み干して、五姫達を見つめますと。


 ツバキさんとシルフィさんが後退し、レイシアさんの近くに寄り集まったみたいです。これってまさか、三人だけで特殊結界を張るつもりなのでしょうか?


「プリシラ母様、三人は例の結界を?」

「あの子達の力を考えれば可能かもしれないわね。けれど、足りない人数を補う為の魔力が膨大になるわ。ミズファの様な万能な魔法では無いし、結界を展開しても直ぐに消えてしまうでしょう」

「そうですか……」

「まだ気を落とすには早いわよミズキ。五姫達はこの国を守る要。アクアリースを建国する以前からそれは変わらないわ」


 プリシラ母様の言葉と同時に、レイシアさんが光の魔法陣を足元に出現させました。その輪は直ぐに拡大し、闘技場の七割にまで広がっています。


位階者(スペルム)側もただ見ているだけじゃないみたいですねー。ミアちゃんがミルリアちゃんとエリーナを倒した反射を使うつもりです」

「やはり、お二人はミアさんに倒されてしまったのですね」


 あの反射には私ですら苦戦しました。全力で戦えばその力が自分に返ってくる訳ですから、もし私が最初から相手を殺すつもりで戦っていたら。……考えただけで背筋が凍ってしまいます。それに今のミアさんは以前の弱点を補強していらっしゃるでしょうから、私の様に血で能力を分断する方法は恐らくもう利かないでしょう。


 はたして、レイシアさんはどうするつもりなのでしょうか。


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