二人の少女
「ん……」
気が付いた私は、ゆっくりと目を開けます。
このような形の目覚め方はこれで二回目ですけど、一度目の目覚めとは根本的に違う感覚を覚えます。
その理由としては恐らく「生きている」事を実感出来ているからなのでしょう。
体を起こした私は、先ず何よりも先に自分の胸に片手を当ててみました。すると、生命の鼓動を感じます。
ドクン、ドクンという音が手に伝わってきて、更に生きている実感を得られました。
不思議ですね。何も無い所から生まれた私のような存在でも、生命を感じ取れる事が。
生きている事に感動して、しばしその場で胸の鼓動を楽しんでいた所。ようやく、自分が置かれている状況を把握するに至りました。
「そういえば私、裸ですね……」
どうしましょう。先程までは特に思う所は無かったのですけど、裸を意識した途端、とっても恥ずかしい気持ちが芽生えました。
改めて自分の体を確認してみますと、小柄で華奢な体付きをしているようです。
所々見たり触ったりした結果、私は恐らく子供だと思います。あ、胸は少し膨らんでいるので、凄く子供という程ではないかもしれません。
そんな折に唐突に風が吹き抜け、無意識に髪を抑えますと、金色の長い髪が揺れていました。
「お、おいアニキ! あれ、あれ見てくれよ!」
「あん? なんだあれ……って……ハダカァ!?」
私の近くで声が聞こえましたので、とっさに手で体を隠すように身構えます。これは男の人の声でしょうか? あの狭間のお姉さん、と呼ぶ事にした女の人とは、明らかに声の質が違います。
その場で座っていた私は、顔だけを声の方向へと向けますと。背の高い男の人と背の低い小柄の男の人が二人、何かのお話をしている様子です。その様子を暫く見ていますと、やがてお話を終えた二人が私に近寄ってきました。
あの……出来れば近づかないで欲しいのですけど。
「おい、嬢ちゃん」
心の中の願いは届かず目の前まで二人が来ると、背の高い男の人が私に話しかけ、ジっと見下ろしています。余りの恥ずかしさで、凄く顔が熱くなっている私は膝を抱えて丸くなりました。
「お、おい嬢ちゃん? こんな裏路地でなにしてんだい?」
裏路地? この場所の事でしょうか。恥ずかしさで返答が出来ずに居る私は、目線だけを辺りに送りますと、どうやら建物と建物の合間に居るようです。
「ちっ、黙ってて話になんねぇな」
「アニキ、こいつ……良く見りゃ、かなりの極上モンですぜ。こんな可愛い娘が裏路地で裸でいるなんざぁ普通じゃねぇです。首輪がねぇようですけど、おおかた闇商から逃げてきた、奴隷寸前の娘でしょうぜ」
「ふぅむ……」
男の人二人が、またもや何かをお話ししているようです。私にとって余り良い事では無い会話を交わしている気がするのは、現状に不安を抱いているせいなのでしょうか?
「しかし、こんだけの娘となると既に買い手が付いているんじゃ無いのか?」
「首輪がねぇなら、まだ誰の手にも渡ってねぇって事ですぜ。俺ぁその筋には詳しいんで、間違いねぇでさぁ」
「ほぉ。んじゃ……こりゃ良い見っけモンって事か」
背の高い男の人が、更に私に近寄って来ています。
どうしましょう狭間のお姉さん……恥ずかしさでどうにかなりそうで、私早くも挫けそうですよ……。
「……先ずは色々確認してみねぇとなぁ」
不快な笑いを浮かべながら、男の人が私の肩に手を置きました。
「こんな場所で無防備晒してた嬢ちゃんが悪いんだ。恨み言は嬢ちゃんを買う予定だった主人か、闇商に言ってくれよ……っと!」
「……きゃ!?」
言い終えた瞬間、強く押し倒され、地面に組み敷かれました。
何をされるのかは解りませんが、私は恐怖と不快感を感じているのだけは間違いありません。
とっさに体を強張らせ、恐怖で目を瞑ります。
そして、私のふとももに男の人の手が触れた……その瞬間。
「そこのお二人様」
女の人の声が聞こえました。
「あん?」
「女の子をこのような場所で組み伏せて、何をされています?」
目を開け、声の方を見ると。
女の人が二人、近くに立っていました。
片方は狭間のお姉さんと同じ位の背丈で、長い黒髪を緩めに三つ編みにして、肩から前に出しています。
もう片方は私と余り背丈は変わらなそうな少女です。眠そうな目と燃えるような赤い色の髪をしていて、長い髪の一部を少し、後ろ側で結んでいるようです。
「な……なんだてめぇら、アニキの邪魔すんじゃねぇぞ!」
小柄な男の人が怒っていますが、二人の女の子はまったく怯む様子も無く。赤い少女は寧ろ、嫌な物を見たような、不快な表情を浮かべています。
「不愉快……。この二人、殺していい?」
「好戦的なのは、冒険者としては悪い癖ですよ? 駄目です、殺してしまっては」
「むぅ……」
二人の女の子はそのような会話をしていると、背の高い男の人が私の体を腕の中に抱き入れ、ニヤリと笑いました。
「見ての通り俺の女だ。人の情事を覗き見とは余りいい趣味じゃねぇなぁ、可愛い嬢ちゃん達」
「俺の女、ですか。私にはその子が嫌がっているように見えますけれど?」
「あん? 俺達は「そういう情事」中なんだよ。嬢ちゃん達にはちっと、早すぎて解んねぇか?」
また男の人達が不快な笑いを浮かべています。
その笑い声を聞くや否や、赤い少女が少しずつ近づいて来ました。
その赤い少女の前に小柄な男の人が立ち塞がると、両手を腰に当て、何か偉い人風のポーズを取ります。
「おいガキんちょ、さっさとどっかに行きな。おめぇらにはまだ早いってアニキが言ってるだぐぇ!!?」
小柄な男の人は喋っている合間に凄く遠くまで吹き飛ばされていき、途中からゴロゴロと転がり、そこで動かなくなりました。赤い少女が拳で殴りつけたのです。
背の高い男の人は焦ったように立ち上がると、私の後ろに隠れるようにしています。
「な……お、おい!! 急に何すんだお前!?」
「不快だから、黙らせた」
「それだけかよ!?」
「ん、それで十分」
「な、なんだこいつ……」
背の高い男の人は私を抱き締めたまま、徐々に後ろに後退していきます。
「お、お前ら、この街の駐在騎士に通報すんぞ!!」
「あらあら。でしたら、ここで私たちが悲鳴を上げたら、騎士様は何方の言い分を聞いてくれますでしょう?」
「な……て、てめぇ! 卑怯だぞ!!」
「卑怯……ですか」
よく解りませんけど。
唐突に、三つ編みの女の子から得体のしれない力を感じました。
それだけで人が殺せるような……。
「ひっ!?」
私を抱き締めて離さない男の人も、三つ編みの女の子の力を感じ取ったのでしょう、怯えた様子で少し震えています。
「無防備で居る者が悪いと、先ほど貴方が仰っていましたね? 私には貴方が無防備の、とてもいい獲物に見えますけれど」
「ふ、ふざけんな! お、俺は常にナイフを持ち歩いてんだぞ! これが目にはいらねぇのか!」
背の高い男の人は完全に怯えながらも、懐から刃物を取り出し私の喉元にあてがいました。
当の私は事の成り行きを黙って見ているだけになっています。自分の体を隠す事で精一杯ですから……。
「お前勝てない相手、解らないの?」
「あ? 何言ってやがる、俺には人質が居るんだぞ。どう見たって俺が優勢だろうが!」
「ん……もういい」
赤い少女は心底呆れたように一言だけそう言いますと、突如その子の右手が大きく燃え上がりました。
その手に捕まれば、熱いだけでは済まされないでしょう。
「解らないなら、解らせる」
なをも歩みを止めずに近づいてくる赤い少女。
大きく震えている男の人がようやく腕から私を開放すると、その場にへたり込んでしまいました。
「お、お前魔術師か……? や、やめろ! 俺ぁまだ何もして無いだろうが!」
「お前、女の敵」
「ま、待ってくれ! そもそもこのガキが」
「うるさい」
赤い少女が右手を前に差し出すと、男の人が急に大きく燃え上がりました。
「ぎゃあああああ!!!」
激しくその場で燃え上がりますが炎は直ぐに止み、髪の毛と服だけが綺麗に無くなった男の人が立っています。その後パタリ、と倒れて意識を失った様子。男の人の裸を見てしまった私は……恥ずかしさで目を背けました。男の人ってああいう風になってるんですね……。
「力の加減、難しい」
「お疲れ様です、段々力の制御に慣れてきていますね?」
「ん」
三つ編みの女の子が赤い少女の頭をなでると、何やら褒めている様子です。赤い少女はとても可愛らしい笑顔で嬉しそうにしていました。
「さて、金色の髪の貴女?」
三つ編みの女の子が私に目を向けています。そう言えば私、髪の色が金色でした。でしたら、話しかけられているのはどう見ても私……ですよね。
「は……はひ?」
私が肉体を得て初めての会話が、これです。もう少し落ち着いて喋る事は出来なかったのかと、少々自己嫌悪に陥りました。
「勝手な事とは思いましたけれども、少々不思議に思いましたので助けさせて頂いたのですが。構いませんでした?」
何処となく、私を警戒しているような雰囲気を三つ編みの女の子から感じています。私ですら自分がいまいち良く解っていませんので、他の方から警戒されるのも仕方のない事と思いますけど。
「あ……ええと。はい、有難うございます」
助けて貰ったという認識は勿論ありますので、お礼を述べます。
三つ編みの女の子は数回咳をした後に、赤い少女に向けて「ローブを出してください」と言いました。
赤い少女はそう言われると、手のひらを前に出します。すると、突然何もない空間から布のような物が現れ、赤い少女の手のひらにポトン、と落ちます。
不思議な光景ですが、私自身が何も無い空間から突然現れた身ですので、この世界では空間から何かが出てくるのは普通の事なのでは……とも思えます。
赤い少女が近寄って来ると、私に向けて布を差し出してきました。
「ん、これ着て」
「え、あ……はい」
受け取り布を広げてみますと、どうやら羽織る物だったようです。私は早速その布を体に羽織り、裸を隠しました。とっても嬉しいのです。
「有難うございます。とても助かりました」
私がお礼を言うと、三つ編みの女の子は少しだけ警戒を緩めてくれたようです。
「一つ、質問をさせて頂いても宜しいですか?」
三つ編みの女の子も私に近寄りそう言います。羽織る物を私に着せてくれた方ですし、答えられる事なら答えてあげたいです。
「あの、なんでしょうか」
「貴女程の魔力がありながら、何故そこでのびている男達に好き放題にされていたのです?」
「……」
いきなり答える事が出来ず、流石に動揺してしまいます。魔力と呼ばれる物が解りません……。
「あの、私……解りません。魔力とは何でしょうか?」
涙目で聞き返す私でした。
解らないのですから、どうしようもないのです。
そんな気持ちを汲み取ってくれた様子で、三つ編みの女の子は微笑みながら私の頭の上に手を置くと、優しくなでなでしてくれます。とっても暖かな気持ちになりました。なでなで……覚えました。
「そうですか。魔力というのは、微量ながらも全ての生物が持つ一種の力です。殆どの人は魔力を持たない、と言われる程に微量にしか持ち合わせていませんが、稀に魔力を大きく宿して生まれてくる人がいるのですよ」
「そうなのですか……」
「そして貴女は魔力を宿している等という言葉では計れない程の、計測不能な魔力を持っているようです」
「……計測不能?」
それについての良し悪しが解らないのですが、私は大きな魔力を持っているらしい事は理解できました。
「ん」
唐突に赤い少女から腕をクイクイと引っ張られました。
「あの、何でしょうか?」
赤い少女は暫く、眠そうな目でじーっと私の顔を見つめていると。
「お前人間じゃないな」
「……え?」
赤い少女の発言に、間の抜けた返事で返す私。
生まれたばかりの私は、早くも人としての人生を否定されました。




