南西からくるもの
突然大きな胸にむぎゅーとされて、あやうく窒息しそうになりました……。手をバタバタしていた私に気付いてくれたようで、ようやく我に返ったらしい長さんがコホンと咳ばらいを一つ。
「大変失礼しました」
皆さん沈黙したまま、明らかに引いています。場の空気が気まずいのです……。その理由としては、長さんは失礼しましたと言いながら、今度は私を背中から抱きしめる形で、そのまま離してくれないせいだと思います……。
「長フィーネ……また悪い癖ですわね」
「仕方が無いではありませんか。本当は、シルフィを見ただけで抱きしめるのを我慢するのが精いっぱいだったのですよ。そこにミツキやイグニシア様、しいては可愛いミズキという子まで現れて、私にどうしろと言うのです?」
「知りませんわよ!?」
長さんの印象について、シルフィさんが言っていた事は間違っていませんでしたね。長さんは確かに謎の人物でした。ええ……それはもう。
「はぁ……長フィーネ。お戯れはプライベートの時間だけになさいませ」
「それは自由時間にミズキを好きにしていいと言う事ですか」
「違いますわよ!!」
「シルフィ、余り怒ってばかりいると体に悪いですよ」
「誰のせいですのぉぉぉ!!!」
シルフィさんが握り拳を長さんに向け、長さんは「まぁ、怖い」などと言っています。何なのでしょうか、この二人……。
「シルフィ姉さん、話が前に進まないから漫談は次の機会にしてほしい」
「誰が漫談なんて話してましたのよ!?」
「長フィーネとシルフィちゃんが組めば、その手の方面で十分食べて行けそうですね?」
「まぁ、ではシルフィ。世界中に笑顔を届ける為、二人で旅に出向きましょうか」
「出向きませんわよ!!!」
心底疲れた様子で「長フィーネに付き合っていたら長命な命が段飛ばしで減っていきますわ……」とシルフィさんが嘆いてます。何となくその気持ちが解るような気もしますので、シルフィさんに同情しておきます……。
そんな折に、後ろから扉が開く音が聞こえてきました。
「失礼します、長フィーネ。火急の伝言につき、入室の無礼ご容赦を」
謁見の間の扉が開きますと、エルフの兵士さんが一人、挨拶と共に入室してきました。
今は私達が長さんと謁見中ですので、本来は無関係の方の入室は失礼にあたるのですけれど、その上での入室は余程重要な事、或いは緊急事態と言う事になるでしょうか。事実、兵士さんから焦った様子が伺えます。
「緊急要件のようですね。どうしたのですか?」
「南西にある遺跡からこの「ユグドラ」に向けて、モンスターが迫っているとの情報がありました」
「モンスター? この首都に向けてですか?」
「はい、モンスターの数は今をもって調査中ですが、ざっと見積もっても百を超える見込みとの事で……」
「なんですって……!?」
何やら不穏なお話をしています。モンスターがこの都市に向かっているようですが……。
「どうやら、「アクアリース」に戻るのは後になりそうですわね。ウェイル、同盟国の緊急事態ですわ。私達も加勢しますわよ」
「うん、勿論そのつもりだよ。ただその話、ちょっと気がかりな点があるね。イグニシアさんが殺気を小まめに放っていたから、本来ならこの地域にモンスターが近寄る事は無い筈なんだけど」
「ん、この都市に私が居ると解る筈だから、近づいて来るバカはいない」
ウェイルさんの言う通りイグニシアさんのお陰で、街道を進む際も一切モンスターと出会う事はありませんでした。冒険者ギルドの書類によれば、モンスターはどんなに知能が低い種でも、自分より強い相手には近寄らないとあります。一体どういう事なのでしょう。
「南西の遺跡にはダンジョンはありませんし、これと言ってモンスターが生息しやすい環境でもありません。何故そのような場所から……」
長さんが訝し気に頬に手を当て悩んでいる様子です。
「南西にも遺跡があるのですか?」
「ええ、ありますわよ。ここから徒歩で約半メル程先に。ですが既に「アクアリース」もその遺跡は調べ終えて、何も無いと結論付けていますわ」
「そうですか……うーん、謎ですね」
「私も何故そこからモンスターが来るのかは解りませんけど……モンスターが殺気を無視する、という点には少々、私とウェイルに心当たりがありますわね」
「うん、僕もシルフィ姉さんと同じ事を考えていた」
モンスターから見れば国家指定級はまさに頂点の存在の筈です。その殺気を感じても近寄って来る理由、それについてシルフィさんとウェイルさんは何か知っているみたいです。
「古代魔法具には、モンスターを使役する能力を持つ物がいくつかあるみたいなんだ。そしてその古代魔法具で操られたモンスターは、使役者の命令を何よりも最優先に行動する」
「「アクアリース」がまだ「ブラドイリア」という国名だった昔、その脅威を目の当たりにした事がありますの。今回もそれに大分近しい状況ですわね」
そのお話を聞いた私は……「操っているのが誰なのか」が脳裏に浮かんできます。私達が「ユグドラ」に着いて僅か一メル程度でこの様な事態が起きるなんて、偶然で済むでしょうか?
「あの、一つお聞きしてもいいでしょうか」
「ミズキ、どうしましたの?」
「ここ最近そのような形でモンスターに襲撃された例はありますか?」
「私が知る限り、「アクアリース」で起きた一例のみですわね」
「私もこのようなモンスターの襲撃は初めて経験する事です。シャイアでも、そのような事例は過去一度もありません」
「ではやはり……」
全ての「古代魔法具」を管理する物。彼女以外考えられません。
「やっぱり、あの子が引き金か」
「あの「古代魔法具」の子、中々派手な行動に出てきましたね?」
「ん、そんな「古代魔法具」があるなら、私の殺気が効かないのも納得」
後は南西の遺跡から来る理由だけですけれど……今はそれどころではありませんね。
「兎に角、今はモンスターの襲撃に備える方が良いと思います」
「ミズキの言う通りです。伝言を受け取るまでに数時間は経過しているでしょうから、いつこの首都に到着してもおかしくはありませんね」
長さんは兵士さんに向けて、「エルフの騎士及び全兵士に通達し、直ぐに城壁の守備を固め、外に防衛の陣を敷いて待機するように」と伝え、それを聞いた兵士さんは一礼と共に大急ぎで謁見の間から退出して行きました。
「久しぶりに腕が鳴るお仕事になりそうですね、イグニシアちゃん?」
「ん、朝の運動にはなる。でも、ミツキ。今回は見ていて欲しい」
「あら、イグニシアちゃんまで私をのけ者にするのですか?」
「違う。もっと一緒にいたいから、もう黙って見てるのは嫌」
「イグニシアちゃん……」
既にミツキさんが只ならぬ殺気を滲ませていましたが、私もミツキさんには安静にしていて欲しいです。今まで必死にイグニシアさんはその言葉を我慢してきたのでしょう、とても悲しそうな顔でミツキさんを見上げていました。
「ミツキ様。イグニシア様の仰る通りですわ。これ以上の戦闘は体に差し支えます、お城で待機して下さいませ」
「僕も出来るならそうして欲しい。まだイグニシアさんとミズキと一緒に過ごしたいなら、なをさらね」
「……」
ミツキさんがしばし俯いていましたけれど、その後諦めた様子で「仕方ないですね。今回は見学に回る事としましょう」と言って下さいます。ミツキさんの体調が更に悪化した理由は、私のせいだと薄々感づいていました。ですから、そんな彼女の代わりを私がしっかり努めないと駄目です。
「私、ミツキさんの分まで頑張って戦いますから。だから、安心して見ていて下さい」
「ミズキちゃん、貴女もまだ戦いを覚え始めたばかりですから、無理は禁物ですよ? 一瞬の油断であっさり命を落す事もありますからね」
「はい!」
「ん、ミズキは私が守る。ミツキ、安心して見てて」
この状況にあっても、ずっと抱きしめていた長さんはようやく私を解放し。
「「アクアリース」に縁ある皆様。シャイアの代表として、此度の助力大変感謝いたします。大群のモンスターを相手取る戦闘は、未だかつてエルフの民は経験した事がありません。どうか、先人としてそのお力をお貸し下さいませ」
皆さんが長さんの言葉に頷きます。私個人としても、黒いドレスの女の子が関わっているのであれば他人事ではありません。いいえ、関わっていなかろうと、こんな素敵な街とお城に悪さをするような事は絶対許しませんから。
「当然の事ですわね。「ユグドラ」は私とウェイルの故郷の一つでもありますもの、全力でこの都市を守りますわ。さぁ、皆さん行きますわよ!」
シルフィさんの掛け声と共に、私達は街の外へと向けて謁見の間を退出しました。




