幻城・麒宮の客室とお菓子
南方巫女さんのお屋敷が見えなくなった辺りで転移魔法を展開して水鏡を通りますと。
帝さんとお話をした裏通りへと出ました。勿論皆様の姿はありません。
「二時間程は経過していますものね……」
私ったら何時ごろ戻ります、と言うのを伝え忘れておりました……。相変わらずお馬鹿さんです。
「ええと……皆様の居場所は、と」
こういった際は急がず慌てず、困った時のヤヨイさんの魔力なのです。ヤヨイさんの魔力は大き過ぎますので、私の水鏡の媒介に大変し易いのです。
魔道帝国では魔力の大きさが一種の勲章の様な物でもある様ですから、ヤヨイさんには魔力を抑える魔法具をお渡ししていなかったのです。ですが結果的に離れていても近くまで直ぐに戻れて便利でしたね。
「あ、いましたいました。ええと、丁度中心部の様ですね……。お城でしょうか」
直ぐにヤヨイさんの魔力を感じる事が出来ましたので、早速水鏡を呼び出します。皆様がいらっしゃるのは都の中心部、恐らく幻城でしょう。
水鏡に転移場所を映し出しますと、皆様が客室らしき場所で席を囲み、美味しそうな上生菓子を食べております!
「あぁ、美味しそうです……」
倭国独特の和菓子という知識はあるのですけれど、頂く機会が中々訪れませんでした。ですので、密かに今回のお出かけ中に皆様と茶店で頂くつもりだったのですけれど……。
こうしては居られません。直ぐに転移して、私も上生菓子を頂かなくてはなりません。早速映し出した水鏡を通り抜けて、先ずは帰還のご挨拶をしようと皆様に声をかけました。
「生菓子!!」
「きゃあ!?」
「うわっ何だ!?」
あ……。頭の中が生菓子で一杯になっていたので、変な事を口走ってしまいました……。
「何だミズキか……驚かせるな、全く」
「ご、御免なさい九尾さん」
「ヤヨイ、心底びっくりしました……」
「貴女、戻るなら戻るって先に言いなさいよ!! 危なく叩き伏せる所だったわよ!」
とっても帝さんがご機嫌斜めなのです……。誰も居ない背後から突然声をかけられたら誰だってびっくりしますよね……。と思ったのですが、ミツキさんだけは平然としており、にこにこ笑顔で私を見ております。
「あらあら、ミズキちゃんは随分お茶目さんになってしまいましたね?」
「ち、違うのです! いえあの、違わないけど違うのです!」
「どっちだ……」
「まぁまぁ、こんなミズキちゃんも私は好きですよ?」
「ヤヨイは久しぶりに変なミズキ様を拝見出来ました!」
「変なって……」
割と落ち込みました。これからは一呼吸置いてから話しかけましょう。
「帝様、ミズキちゃんに上生菓子をお分けしても宜しいですか?」
わぁ、言い出しづらい事を代わりにミツキさんが言って下さいました。ミツキさんは本当に私の気持ちを解って下さる数少ない人物の一人です。
「ん、まぁいいけど。その代わりちゃんと水の精霊には会って来たんでしょうね?」
「あ、あのはい、直接お会いしてお話を聞いて参りました」
「そう、まぁ貴女も席に座りなさい」
「はい!」
いそいそと空席に座りますと、金で出来た丸いテーブルの上には様々な形の和菓子が小皿の上に綺麗に並んでおりました。
「見ての通り、沢山用意してあるから好きに食べなさい」
「有難うございます~!」
もう我慢できない私は直ぐ近くの生菓子を摘まんで一口。
「ん~!!」
程よい甘さの白餡で練り上げられた生地の中に、上質なこし餡が包まれていて大変美味なのです。餡その物はアクアリースでも頂きましたけれど、本場倭国の餡はまるで別物の様な口当たりでした。
「じゃあ早速だけど聞かせて頂戴。水の精霊は何て言ってたの?」
「あ、ふぁい~。……ええと、水の精霊さんもやはり、他の精霊さんが関与している可能性があると仰っておりました」
「エウラスに居てもそんな事解るもんなの?」
「精霊同士、大体の位置は解るみたいです」
「へぇ、じゃあつまり、倭国に精霊がいるって事で間違い無いのね?」
「恐らくは。水の精霊さんが仰るには、倭国に大地の精霊さんが滞在している様です」
「大地の精霊かぁ。大地って位なんだから、凄くごついゴーレムみたいな姿なんでしょうね」
一度も精霊さんを見た事が無い方からすれば、やはりその様に想像してしまうのでしょうか。まぁ、私は事前に教えて頂いたからそう言えるだけなのですけれども。
「それが、とても幼い少女だそうです」
「へ!? 人間の姿なの?」
「はい、水の精霊さんも透き通ってはいますけれど、可愛らしい女の子の姿をしていますよ」
「そのお話は初めて聞きました。人の姿をしているのであれば、意志疎通も取り易そうですね?」
「私も驚いた。この中で一番長く生きている私ですら姿形は謎だったからな」
恐らく、エウラスの民以外は精霊が人の姿をしていると知っている人はいないのではないでしょうか。一部例外はあるでしょうけれどもね。
「それで、肝心の大地の精霊の居場所は解るの?」
「はい、水の精霊さんにお力を貸して頂きました。私の手の甲に描かれている紋章がそうです」
帝さんに手の甲を差し出して見せますと、興味深そうに私の手をニギニギしています。
「見た事のない術式ね」
「この紋章に魔力を込めると大地の精霊さんの居場所が解るのだそうです」
「ふーん、じゃあ早速やってみて」
「今ですか?」
「そーよ、面倒ごとはさっさと片付けて置きたいの。私が自由に動けるのはこのメルだけなんだから」
「わ、解りました」
帝さんもご多忙の様子ですし、致し方ありませんね。私としてもこのままお出かけの時間が無くなるのは困りますし。
「では、いきますね」
もう片方の手を紋章の上にかざして魔力を込めました。直ぐに紋章が光始め、込めた魔力に反応を返しています。すると……手の甲の光が突然周囲に向けて溢れかえりました。
「な、何!? 眩しいわよ!」
「ご、御免なさい私にもさっぱり……」
水の精霊さんからは魔力を込めた後の事を聞いていません。私はてっきり、魔力のような感じで居場所が感覚で解る様になると思っていたのですけれど……。
周囲に向けて溢れていた光は次第に収まって行き、手の甲の紋章も消えて無くなってしまいました。
「ミズキ様の手の模様、消えちゃいましたよ」
「まさか、失敗したの?」
「う……」
これで解る筈だったのですけれど、大地の精霊さんの存在を感じ取れると言う事も特に無く……。これって失敗なのでしょうか。
「すみません、今の所大地の精霊さんの居場所は解らないようです……」
「どうするのよ、貴女の手の紋章は消えちゃったみたいだし、その分だともう水の精霊の力は使えないんでしょ?」
「はい……」
「ねぇ、そっちのお皿のお菓子取って」
「ん、あぁこれか」
困りました……。この様な事は初めてですので、聊か戸惑いを隠せません。水の精霊さんが手違いを起こした可能性もありますが……その可能性は無いと私は思っています。
「ミズキ様、どうするんですか?」
「うーん……私が紋章の扱い方を間違えたのかもしれません。もう一度水の精霊さんにお会いして、再度お力をお借りしてこようかと」
「これ美味しいわね~。あ、そこのお菓子も取って~」
「あ、はい」
私の近くにある小皿を隣の席に置きました。
「流石に二度も手間かけさせるのは私としても気が引けるからなぁ。水の精霊にも失礼だし」
「だが、このまま精霊の祝福を個人に限定されると後々問題が大きくなるんじゃないか?」
「そーなのよねぇ。どうしたもんかしら……」
今はまだ大した騒動にはなっていませんけれど、今後どうなるか解りませんものね。精霊さんの祝福は余りに影響が強い為、放っておいても良い様な類の力ではありません。
「別に私何もしないわよ」
「まぁ、そうして下さるならとても助かるのですが」
……ん?
先程から一人分、不可解な会話が混ざっている気がします。後、私の片隣りは空席だった筈です。その空席に誰かが座っています……。
「皆さん、ようやく気付きましたか?」
ミツキさんの声で恐るおそる隣に視線を向けますと……。両手に生菓子を持ち、交互に食べてはご満悦に微笑む少女が座っておりました。
「え、貴女誰?」
帝さんがそう言いますと、九尾さんの御魂が少女の背後に現れました。殺気を放っていますが、まだ警戒程度の些細な物です。
「この私が何の疑問も無く素で菓子を渡してしまったぞ……。お前何者だ?」
背後に居る御魂の九尾さんが席に座る少女に問いかけますが、当の少女は生菓子と格闘中で九尾さんを全く意に介していません。
「九尾ちゃん、脅してはいけませんよ?」
「脅してない、不審者を警戒しているだけだ。あと九尾ちゃん言うな」
「あの……」
「あ~美味しかった~」
貴女はどなたですか? と九尾さんに続いて問いかけようとした所で。
「ごちそうさまでした~」
「……」
相変わらずご満悦の少女が皆に笑顔を向けています。黒いドレスを着た小さな女の子で、金色の髪をツインテールにしており、髪の先端だけ緩く縦ロールにしています。
「可愛らしいお嬢さん? 美味しい和菓子を堪能頂けたところで、ご質問してもいいでしょうか?」
「うん?」
笑顔の少女に、笑顔のミツキさんがやんわりと語り掛けています。
「貴女のお名前を教えて頂けますか?」
「私は~人間でいう所の大地の精霊かな~?」
「え!?」
そういえば……水の精霊さんが言っていましたっけ。大地の精霊さんは黒いドレスを着ているって……。じゃあこの方が、大地の精霊さん本人で間違いないのでしょうか。
あの、でもどうして此処にいらっしゃるんですか……。




