エルフの長
貴賓室をお借りした私は今、とってもとっても豪華な浴室で大好きなお風呂を満喫中です。
数人程度なら一緒に入れる程の大きな浴槽に、三方向から降り注ぐ贅沢な魔法具シャワー。幸せすぎて、このままだと私のぼせてしまいそうですよ?
「さ、ミズキ。背中を流して差し上げますわ。こっちへいらっしゃい」
「はい~」
浴槽に浸りながらほわほわした気持ちでゆったりしていますと、シルフィさんからお声がかかりましたので、満足げに浴槽から出ます。
「はぁ、お風呂気持ちいいですよねぇ」
「本当にお風呂が好きですのね貴女……。ここまで幸せそうに浴槽に浸かる子なんて初めて見ましたわよ」
「しあわせ~」
美味しい物を食べるのも好きですけれど、やっぱりこのお風呂の気持ち良さには敵わないですね。
「ほら、背中を向けてくださいまし」
「はい~」
シルフィさんの前に座りますと、背中をごしごしと拭いて頂く感覚が気持ち良くて、更に上機嫌な私。
「お風呂好きなら一つ良い情報を教えて差し上げますわ。つい最近「セイルヴァル王国」の最北の街で温泉が湧いたそうですわよ」
「温泉?」
「あら、知らないんですの? 温泉とは、地下を流れる天然のお湯を汲み上げて作るお風呂ですの。その街では湧いた温泉で露天風呂を作って、ちょっとした名物になっているそうですわ。因みに魔法具で出すお湯とは違い、天然のお湯はとても体に良い効能もあるんですのよ」
「わぁ、露天風呂ですかぁ。行ってみたいです!」
「ミズキは冒険者でしたわね。特に目的が無いなら、行ってみるのもいいかもしれませんわね」
「はい、でも……」
目的について話題に出た途端、脳裏に浮かんだのは黒いドレスの女の子。あの子を探し出すのが、今の私の最優先の目的になっています。
「行ってみたいですけれど、今は古代魔法具の……黒いドレスの女の子を探さないといけません」
「……やっぱり責任を感じているんですのね。貴女が「役目」を背負う必要は無いんですのよ? 後の事は「アクアリース」が引き継ぎますから、無理をしなくてもいいのですわ」
「いえ、あの子は……多分私じゃないと駄目だと思います。あの子は私に好意を寄せていましたもの」
「……そう言えばそうでしたわね」
「いずれ何処かでまた会える筈です。見つからなくても、あの子から私に会いに来る気がしますから」
ですから今度会いましたら、ちゃんとお話しをしましょう。根底はきっと悪い子じゃ無いと思うのです。それでも駄目なら……今度は全力を持って黒いドレスの女の子を止めます。戦いはまだまだ苦手ですけれど、あの子に罪を背負わせたくないのです。
「私も一緒に古代魔法具の子を探したい所ですけど。長との謁見後、直ぐに「アクアリース」へと戻りますわ」
「え……そんな。折角お姉さんができましたのに……」
「嬉しい事を言ってくれますわね。ですが、私は一度本国へ報告に戻らねばならないのですわ。暫くはウェイルを護衛として貴女に付かせます。弟はあれで、この大陸でたった一人の「魔法剣士」の称号を持つ優秀な子ですから、きっと役に立ちますわ。マナもいますから、旅は快適ですわよ?」
「はい……」
「そんなに落ち込まないで下さいまし。お姉様達とのお話を済ませたら、必ず戻って参りますわ。そろそろミツキ様も本国に連れて帰らねばなりませんし」
「はい、解りました。シルフィさんのお帰りをお待ちしていますね」
「あぁもう、ミズキ可愛すぎですわ!」
ぎゅーっと抱きしめられました。そんな彼女の背中を今度は私が流してさしあげて、お風呂を心行くまで堪能しました。
その後、エルフのメイドさん数人と共に料理が運ばれて来たのですけれど。
見た事も無い様々な料理が、大きな皿の上に綺麗に盛りつけられていて、私のような一介の冒険者が口にして良い物か悩んでしまいました。
じーっと見つめて、中々食べようとしない私の気持ちを察したように。
「私とウェイルは半分エルフですから、この国で比較的自由に過ごす権利を頂いている事はウェイルからも聞いていますわよね。其の上で私達は同盟関係にある大国の高官職に就いていますの。ですから、一定の待遇を受けるのは当然ですし、その仲間である貴女も同等ですわ。気にせず、心行くまで料理を堪能して下さいまし」
そう言われましたので、目を輝かせながらナイフとフォークを持ち、料理を頂きました。野菜料理が中心で、とても美味しそうなデザート等もあります。夢中で幸せなひと時を噛み締めました。
そんな私を見ながら、「見れば見るほど「ミズファお姉様」に似ていますわね、貴女」とシルフィさんが優しく微笑みながら呟いていました。
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次のメル。
身だしなみを整えた私とシルフィさんは、二階の大広間でミツキさんとイグニシアさん、そしてウェイルさんと合流し、いよいよエルフの長さんとお会いする事になりました。先にこのお城で一泊させて頂いたのですから、粗相の無いようにしないといけませんよね。
大広間の先にある三階への階段を上り、赤い絨毯の上を歩いて行きますと、大きな扉の前に着きました。このお城は内装も木で出来ている様なのですけれど、目の前の扉はとても精巧な細工がされていて、エルフさんの技術の高さが至る所で見受けられます。
ウェイルさんがその綺麗な扉を開けて中に入り、その後ろに私達も続きます。
初めて見る謁見の間は、それ程の広さではありませんでしたけれど、壮麗な場所である事に違いはありません。壁にシャイアの国旗が飾られ、きめ細かな彫刻がなされた柱が等間隔で立ち並び、部屋を横断するように、赤い絨毯が玉座まで続いています。
「長「フィーネ」。新たなダンジョンの探索より帰還致しました」
ウェイルさんが玉座に座る、とても綺麗な女性に向けて一礼します。シルフィさんも続けて彼の隣に立ち、挨拶を行いました。
「ご苦労様でした、ウェイル。そしてシルフィ。既に昨晩、ウェイルから副長を通して報告は聞いています。事態は急を要する内容ですが、逃げた「古代魔法具」が何処に居るのか解らない以上、焦っても仕方がありません。先ずは「アクアリース」と協議し、今後の方針を決めましょう」
玉座に座る女性は、見た目は20歳前後でしょうか。長い金色の髪に白い薄手のドレスを着ていて、とても大きな胸の方です。「長」と言われるような方ですから、もっとお歳を召された方を想像していた私は、これには大変驚きです。と、言いますか……常に驚いていますけれど。
「そして。ミツキにイグニシア様、お久しぶりですね」
続けて、長さんがミツキさんとイグニシアさんに語りかけています。お二人とも、エルフの長さんとも面識があったのですね。
「お久しぶりです、長フィーネ。「アクアリース」での会議以来でしょうか」
「ん、久しぶり」
「お二人とも変わらぬ様子で……と言いたい所ですが、ミツキ。相当無理をされていますね。 私には貴女の体調が手に取るように解りますよ。そろそろ「アクアリース」へ帰るべきでは無いですか?」
「ええ。ですがまだ、すべき事が残っています。逃がした古代魔法具の件を片付けてからでなければ、「アクアリース」には帰れません」
ミツキさんは、私に深手を負わせたあの黒いドレスの女の子に大変な怒りを覚えている様子です。後でミツキさんとお話をして置かないと、出会い頭に黒いドレスの女の子へと切りかかり兼ねません……。
「ミツキさんには今後僕が付きますから、もし何かあれば無理やりにでも本国へ連れ帰しますよ」
「ウェイルがいれば安心ですね」
「……私は歓迎していないのですけれどね?」
ミツキさんはその後、「あぁ、イグニシアちゃんとミズキちゃんとの三人ラブラブの旅が……」等と言っています。
「さて。一番後ろにいる綺麗な金色の髪の貴女」
「ふぁい!?」
突然声をかけられて噛みました……。
「ウェイルから報告は受けています。イグニシア様や「風姫」のシルフィですら貴女は測定不能で、「プリシラ様」と同等の存在であると」
また初めて聞く名前の方です。そういえば、ミツキさんが以前「国家指定級」の一人が私と同じ存在だと言っていましたっけ。では、その人が「プリシラ」さんという方なのでしょうか。あ、それよりも先ずはちゃんとご挨拶しないといけません。
「あ、あの。私はミズキと申します……です」
うぅ、緊張してうまくしゃべれないですよぉ。シルフィさん、長さんがお話と全然違う人なんですけど……。
「ミズキ、いい名前ですね。そして、とてもいい目をしています。その目を通して、まるで悪意のない純粋さが私に伝わってきます」
長さんがそう言うと同時に玉座から立ち上がり、私に近づいてきました。あの、私何か粗相でもしてしまったのでしょうか。
だんだん近づいてくる長さん。その姿に、私は若干の震えを感じていました。
そして、私の前で立ち止まり。
「可愛いー」
唐突に抱きしめられました。
「うぎゅぅ、苦しぃです……」
大きな胸に顔を埋められ、息ができません……。
「あぁ、もうこのままお部屋に連れ帰って抱きしめて寝たいー。あと着せ替えてみたり、手をつないで散歩したりー」
先ほどまで威厳と風格に満ちていた長さんが、まるで別人ようです……。
「はぁ、やっぱりこうなりますのね……」
シルフィさんがため息をつきながら、私を哀れみの目で見つめていました。




