新たな能力
目の前にいる棍棒を持つ魔物は、見た目だけであればシャイアで戦った巨人に次ぐ威圧感を放っています。背の高い巨人と違い、横幅が大きい魔物ですけれどもね。一般の方々がこの魔物に遭遇しますと、恐らく恐怖で硬直して、動けなくなってしまうのではないでしょうか。
そんな魔物に対して、私は至って平然と近づいていきます。
「さて、ただ戦うのも華がありませんよね。少し私の能力実験に協力して頂きましょうか」
とっても悪者みたいな台詞を言いながら、棍棒の魔物にむけて冷ややかな笑みを向ける私。ミズファ母様の前ですから、つい張り切ってしまうのです。
近づく私が射程内に入った為でしょう、魔物が手に持つ棍棒を大きく振り上げ、凄まじい速度で振り下ろしてきました。
「水幕の護り」
展開した水の結界に棍棒がぶつかりますと、大きな波紋が結界の表面に広がっています。
「中々力強い一撃ですね。天空城の大きな鎧と同程度の強さはある様です」
渾身の一撃を防がれて怒ったのでしょうか、魔物が凄まじい雄叫びを上げています。その後、棍棒で私の水幕の護りを滅多打ちにしています。
「おー中々迫力ありまふねー」
「ご主人はまーらい丈夫ですか~?」
サンドイッチを食べながら私の心配をして下さるミズファ母様とクリムさん。いえ、心配しているかどうかは怪しいです……。
「お二人とも私の分も残しておいて下さいね?」
「大丈夫です、ミカエラちゃんが沢山作ってくれましたから!」
「な、何ですって!?」
こうしては居られません。ミカエラさんが作ったお弁当という事であれば、尚更食べない訳には参りません!
「能力実験はそこそこにして、この魔物には直ぐに退場して頂きましょうか」
これも全てミカエラさんのサンドイッチの為です。ミズファ母様もお人が悪いです、もっと早く言って欲しかったですよ? 私まだ一度もミカエラさんが作った食事を頂いた事がありませんのに。
私達の場違いな会話などが相当腹立たしく感じたのでしょうか、滅多打ちにしていた魔物が体全体から魔力の波を放ち、より一層怒りに震えている様です。
「何か更に怒りましたねー。あ、この卵とお肉のサンドすっごく美味しいです!」
加えて緊張感もありません。私も魔物の立場なら顔を真っ赤にして怒っていたかもしれませんね。
ともあれ、この魔物は巨体の見た目に合わせて魔力もそれなりに高い様です。上位の位階者でも少々厳しいかもしれません。
「この魔物は私達の大陸基準で言えば上級の強さはあるでしょうか」
「うん、倭国にいる鬼クラスの強さはあるんじゃないかなーって思います」
倭国は私達が住む大陸で一番強いモンスターが住まう島国です。イグニシアさんを頂点として、次いで鬼と呼ばれるモンスターが脅威の対象となっていると冒険者ギルドの書類に書かれておりました。
「まぁ、僕達の大陸のモンスターは今すっごく弱体化しちゃってるので、正確には全盛期の鬼って言った方がいいですね。あ、魔物が何かしようとしてますよ!」
目の前の魔物が魔力を込めた棍棒を上段に構えました。恐らく、魔力の塊を放つつもりなのでしょう。このまま水幕の護りで防いでも良いのですけれど……。
折角ですので、私も攻撃して魔力の塊を相殺して差し上げましょう。その方が華がありますでしょう?
咆哮上げると共に棍棒を振り下ろし、読み通り凄まじい魔力の塊が放たれました。魔力の塊は衝撃波となり、地面の上を走る様に私に向かって来ています。
「では、試してみましょうか。新たな合成の力を」
水幕の護りを解除し、別の能力を展開します。両手を左右に広げますと、私の立つ地面に赤い魔法陣が出現し、回り始めます。
休息の合間、プリシラ母様から古代血術の洗練した使い方を教わった私は、少ない血でより殺傷能力を上げてある血術漆黒鎌を右手に出現させました。
そして、私の左側に人と同じ大きさの水龍が少しずつ形作られています。ゆっくりと両手を合わせる様に手前へ移動させると同時に、二つの能力が重なっていきます。
「真祖・血術漆黒鎌と水龍哮破を合成」
私の前に凄まじい雷光が走り、黒い暗黒球の様な物体が現れます。すると黒い暗黒球が少しずつ人の姿を成し始め、一人の少女が造られました。
黒い髪に水色のドレス。左手に漆黒の鎌を持つその少女は……。
「……陳腐な力ね。我が主に向けるに値しない」
私に向けて地面を走る衝撃波を鎌の横薙ぎ一振りで消し飛ばしました。
「ご苦労様です」
私が声をかけますと。少女がゆっくりと振り返り、右手でスカートの裾を摘まみながら首を垂れます。
「真祖・血術水龍姫、我が主の呼びかけに答え此処に」
「後は貴女に任せます」
「仰せのままに」
水色のドレスの少女リリィは私の合成能力に寄って生み出した人の姿の水龍です。血術漆黒鎌の力を身に宿した、殺傷能力を凝縮したような子なのです。
棍棒の魔物は衝撃波を消し飛ばされ、怒りが頂点に達したのでしょう。咆哮を上げながら凄まじい振動を起こしながら此方へと走って来ています。棍棒を大きく振り上げ、いつでも叩き殺せる様な格好で。
「醜い魔物ね。これ以上見ていたら私の目が汚れてしまいそう」
魔物が此方へと走りながら棍棒に魔力を込め出しました。今度は直接魔力を叩きつけるつもりなのでしょう。
「この様な下種に、我が主の魔力を浪費させるのは余りに酷というもの」
リリィを射程内に捕えた魔物が魔力を込めた一撃を振り下ろしました。
「だから」
棍棒を振り下ろした地面には……リリィは居ません。
「さっさと死になさい」
リリィは棍棒を振り下ろされた直後、瞬歩の如く魔物の後ろへと無動作で移動していました。勿論、ただ移動したのではありません。
魔物が振り返ろうとすると……首がポトリ、と地面に落ちました。その後、血しぶきと共に胴体が細切れになって崩れ落ちます。
リリィは何事も無かったかの様に、長い黒髪を手串でかき上げながら私の下へ戻り、片膝をつきました。
「我が主。この様な下種に対する魔力の浪費はお控え下さいな」
「ええ。でも、一度試してみたかったのです。貴女の力を」
リリィが人として顕現している合間は、私の魔力が徐々に消費されていきます。その分の強さは十分にあり、神をも射貫く血の災禍が範囲における最大能力なら、この子は近接における最大の能力です。
「私の力を試すには今の魔物では聊か、いえとても役不足です。次は相応の相手を希望致しますわ」
「その希望は近い内に叶うでしょう。期待していて」
「それは楽しみですね。では主、これにて失礼致します」
片膝をついたまま首を垂れたリリィは暗黒球へと戻り、空間に溶ける様に消えました。
「ふぅ……」
能力実験としては成功でしょう。後はどれだけ長い間リリィを維持出来るかですね。
「ミズキ、今の美少女誰ですか! 僕一度も会った事無い子でしたよ!?」
もう、ミズファ母様ったら可愛い子を見ると直ぐこれです……。
「今の子は普段から私を助けて下さっている水龍ですよ」
「え……まさかの擬人化ですか?」
「良く解りませんけれど多分そうです」
言葉の発音からして、人の姿を成した物の事を言うのでしょう。
「ご主人様は本当に凄い方ですね~」
「これも全て、ミズファ母様が私に授けて下さった力のお陰ですよ」
合成能力は今や私には無くてはならない物になりました。とても自由度の高い能力で、魔力総量を越えない限りは様々な組み合わせができそうです。それこそ古代血術どうしでも、水の魔法どうしでも良い訳です。
まぁ、今はそれよりも。
「そんな事よりミズファ母様、サンドイッチをお出しください!」
「んぅ!? 急にどうしたんですか」
「私はまだミカエラさんの食事を頂いた事がありません。もう我慢なりません!」
「あれ、てっきりもう食べた事あるのかと思ってました」
「今までミカエラさんに会う機会はありませんでしたもの」
いそいそと敷物に座りますと、ミズファ母様が収納能力から新たなサンドイッチを出してくださいました。
「はい、ミズキの分です!」
「有難うございます、ミズファ母様」
待ち切れない私はさっそく、サンドイッチを一口食べますと。
「ん、これは。……とっても美味しいです~!」
何でしょう、このふわふわのパンに挟まれたお肉の味は……。とても柔らかなお肉全体に絶品のソースが染み込んでいて、美味しい以外の言葉が出て来ません。
「このお肉、病みつきになりそうです」
「そのお肉はですねー、僕が元々居た世界にあった食べ物で照り焼きって言うんです。タレの作り方をミカエラちゃんに教えたら、とんでもなく美味しい物を作ってくれました」
「そうだったのですか……」
よくよく考えますと、アクアリースに帰ればいつでもミカエラさんの料理を食べられる様になるのですよね。そう考えただけで頬が緩んでしまいます。
「はぁ~幸せです~」
「ミズキが喜んでくれたと解ったら、ミカエラちゃんもきっと嬉しいでしょうねー」
「はい、とても美味しいとお伝えください。それと、追加のおかわりを希望したいのですけれど」
「うん、じゃあこのままご飯を食べて帰りましょう!」
追加でサンドイッチを出して頂いた所で、クリムさんも喜びつつ再び食べ始めています。私も負けじと今度はタマゴのサンドイッチを頂きました。これも本当に美味しいのです。
さて、後は魔消石を持ち帰るだけですので、これで元の大陸に帰る準備は整いましたね。そしてこの洞窟の事をクラウスさんにお伝えして、スライムの保護をして頂きませんと。
それともう一つ。エルノーラさんとクオリアさん達をアクアリースへ連れていくお話もクラウスさんとしなければなりません。当初はクラウスさんにエルノーラさんをお任せする予定でしたからね。




