宝石の魔物とクリムさん
棍棒を持つ魔物に対しての懸念点としては……。
洞窟の奥から全然高い魔力を感じられない事でしょうか。早々に期待外れ感がします……。それでも、恐らくこの洞窟の魔物を討伐する為には位階者上位クラスの強さは無いと駄目だとは思いますけれども。破片となって転がっているゴーレムも、本来は相当硬い部類の魔物だったのではないかと。
ともあれ棍棒を持つ魔物については、既に洞窟内を視ているミズファ母様に一応確認しておきましょうか。
「ミズファ母様、棍棒を持つ魔物はこの洞窟内で一番強いのですか?」
「んー僕が視たのは一匹だけですけど、この先から危険な予感が全くしないので雑魚か何かじゃないですか」
「やっぱりー……」
この大陸に来た当初は十分に魔物を警戒していた私ですけれど……。結局、警戒に値すると感じた魔物は針の獣と手を伸ばしてくる鎌の魔物位でした。それと天空城の大きな鎧もでしょうか。
探せば国家指定級クラスも居るのでしょうけれど、わざわざ探すのは手間ですよね。魔物で鍛錬を行うのは少々無理がありそうです……。
「まぁ、強い魔物が居るならとっくの昔に魔力で解る筈ですからねー」
「そうですよね……。ミズファ母様に良い所をお見せしようと意気込んでいただけに、がっかりです……」
「僕としてはもう好戦的なミズキを見れただけで萌えた、じゃなくて頼もしいなって思いましたよ!」
「……もえ?」
「いや、何でもないです。さ、さぁサクサク進みますよ!」
ミズファ母様が先に進みますので、後を着いて行こうとした所で。クリムさんがゴーレムの前でしゃがみ込んで何かをジーっと見ていました。
「クリムさん、どうしたのですか?」
「ご主人様、この岩の魔物何か光ってます~」
「光……?」
分割したゴーレムの破片に目を落としますと、岩の中から輝いている石の様な物が露出していました。近づいてよく調べてみますと……。
「これは……原石でしょうか」
「ん、どうしたんですか?」
「ミズファ母様、このゴーレムの中に宝石の原石らしき物がありました」
ミズファ母様も私の隣にしゃがみ込み、光る石を覗き込んでいます。
「あ、確かに原石ですね。僕は普段から魔法具で宝石を扱う事が多いので間違いないと思います」
「わー宝石ですか~」
クリムさんも女の子らしく、光物には弱いみたいです。興味津々に原石を覗き込んでいらっしゃいます。それは兎も角、地面にしゃがみ込みますと、折角のドレスが汚れますよ……。
「あーもしかすると、その辺の人骨ってこのゴーレムを狩りに来て返り討ちに合った人達じゃないですかね」
「……あ、成程そう言う事でしたか」
体内に宝石がある魔物でしたら、挑戦しようとやってくる人が居てもおかしくはありませんね。
「でも、クラウスさんからは宝石を持つ魔物については一切聞いておりませんよね」
「魔物も時が経てば変化したり進化したりする個体もいますけど、恐らくクラウス陛下はまだ知らないんじゃないかなって思います」
「その様な魔物も存在するのですね……。まだまだ知識不足でした」
宝石を体内に宿す魔物については昨日今日の出来事では無い筈ですから、相当前から盗掘者達だけで情報を隠蔽していたのでしょう。その為、情報が漏れないように強い傭兵を雇う事もせず、美味しい思いをしたい人だけでゴーレムを狩ろうとした。そんな所でしょうか。
「にしてもこの宝石、大分大きい見たいですねー。皆への手みやげに丁度いいかもです」
「あ、賛成です。それとクラウスさんにも是非」
「うん、そもそもここはラグナの領地ですから、この洞窟の魔物は後で教えておきます!」
まぁ、戦利品と言う事で多少は血術空間に入れていても良い……ですよね?
「これで魔物狩りにも熱が入りますねー」
「はい、たまには金銭目的と言うのも悪くはないでしょう」
「わーい、私も綺麗な石お持ち帰りです~」
恐らくまだまだ沢山ゴーレムは居るでしょうから、どれだけの原石が埋蔵されているか見当もつきません。帝国は今、各都市の復興で相当にお金を使っている筈ですので、少しでもこれで国費が潤えればと思います。
「真っ直ぐ魔消石を目指すつもりでしたけど、少し寄り道していきますか」
「はい、ゴーレムを探しに、ですね」
「何か僕、RPGしてる感じでちょっと楽しくなってきました!」
「はい?」
「説明しても多分解らないと思うので気にしないでください!」
不可解な事を言いつつ洞窟の先に進むミズファ母様。本来の目的以外に宝石集めが加わった事で目指す場所には直接向かわずに、違う道を進むようです。
「この洞窟は結構掘り進むのを途中で止めてしまった場所が多いみたいなんで、行き止まりとかもその分多いです。なので、来た道を戻る事がちょっと多くなりますよ」
「解りました」
少し洞窟内を進みますと。三、四か所程に道が枝分かれしておりました。ミズファ母様は一番右側の道を見つめた後に、左側から二番目の道へと進んでいきます。
「この先が比較的奥まで進める道です。で、右側の道が魔消石の場所に通じている正解ルートですね」
「右側の道ですね、解りました。覚えておきます」
「あぁ、別に無理に覚えてなくていいですよ。僕、自分にしか見えないマッピングの魔法に全てを見通す神の目で視た部分を反映させてるので、絶対に道に迷ったりしないです」
「そのような魔法まで扱えるのですか……」
ミズファ母様も収納系能力を持っておりますし、その上ダンジョンで迷わない魔法まで持ち合わせているとなりますと……冒険者さんにとっては夢の様な存在でしょうね。
「不便だなーって思ったら直ぐに解決できる魔法を編み出してましたからね」
「ミズファ母様は本当に万能な方ですね」
「とか言ってたらゴーレムがまた来ましたよ。今度は三体です!」
先程のミズファ母様とは意味合いは違いますけれど、私も何だか楽しくなってきました。こうしてリラックスしながら戦う事が出来るのは初めてかもしれません。
「ご主人様~今度は私も戦わせてください」
クリムさんが私達の前に立って、ゴーレムと戦いたそうに腕を振り回しています。折角ご一緒して下さっているのですし、ここはクリムさんにお任せしてみましょうか。
「別に構いませんけれど、ドレスは気にして下さいね?」
「はい~」
流石に三体ともなりますと、地響きが尋常ではありません。こんなのが普段から洞窟内を歩いていたら、その内に崩落するのではないでしょうか。よく今まで無事でしたね、この洞窟……。
「そう言えば僕、クリムちゃんの戦う所は初めて見ますね」
「あ、そう言えば私もでした」
今までクリムさんは別行動だったり私の剣となって下さったりしていたので、実際に人の姿で戦う所を見るのはこれが初めてになりますね。
「えへへ~。私もちゃんと戦えますよ~」
クリムさんも随分危機感が無いと言いますか、近づいているゴーレムに背中を向けて私達に満面の笑顔を送っています。
「では、クリムさんの実力見させて頂きますね」
「はい~」
クリムさんはマイペースな女の子という印象が強い方ですけれど、どんな方法で戦うのでしょう。
彼女はゴーレム達に向けて歩き出した後、少しずつ助走をつけ始めました。……そして。
突然加速しました。
ヤヨイさんの瞬歩と同じ、或いは上回る速さで一番手前のゴーレムの懐に入り、手の平を胴体部分に当てます。
「たぁ~!!」
クリムさんの手の平から凄まじい魔力の波が周囲に向けて放たれますと、グシャッという音と共に一瞬にしてゴーレムの胴体が潰れました。そして胴体に埋まっていた原石は傷一つ無く、地面へと落ちます。
直ぐ近くに居た二体目のゴーレムが大きな岩の腕を振り上げ、クリムさんの真上に振り下ろして来ました。一瞬悲鳴を上げそうになりましたけれど……驚くべき事に、腕でガードしたのです。そして流れる様な動きで身体を回転させた後に、ゴーレムの上に飛び上がりました。
「潰れちゃえ!」
スカートを翻しながら踵を頭部に振り下ろし、凄まじい衝撃と共にゴーレムが地面ごと真っ二つになりました。いえ……衝撃でゴーレムは粉々です。
ここまで見ていた私はようやくクリムさんの戦い方を理解しました。
「これって……格闘術ですよね?」
「うん、それも相当に強いですよこれ」
本来、魔物には素手の攻撃など一切効きません。武器を持たない丸腰の状態は自殺行為でしか無く、格闘術は人間を相手にする場合の護身術程度の物という認識が一般的です。この大陸も魔道武器が発達している以上、素手で戦うという認識は無いでしょう。
なのに……クリムさんのこの強さは何なのでしょうか。素手で魔物を倒すなんて。いえ……手の平に魔力を込めて撃ち付けていたように見えましたので、一概に素手とは言い切れないかもしれませんけれど。
「宝石ください~!」
とっても可愛らしい掛け声と共に、三匹目のゴーレムの真上に飛び上がったクリムさんの手に凄まじい魔力が凝縮しています。
「たぁ~!!」
そして、ゴーレムに向けて殴りつけるように腕を振り下ろしますと、凝縮した魔力の塊が大きな光の束となってゴーレムを撃ち貫きました。
すとん、とクリムさんが着地すると同時に、光の帯に消え去ったゴーレムの居た場所には原石が横たわっていました。
「ご主人様、大きな宝石三個~♪」
「あ……はい」
無邪気に喜ぶクリムさんに聊か恐怖を覚える私。
初代皇帝が所有していた最強の魔道武器は、最強の格闘術の使い手でした……。




