首都「ユグドラ」
シルフィさんに手を引かれ、巨大な木の根元にあるお城へと向かう途中、興味深げにきょろきょろと周囲を見回しますと。
沢山のエルフさんが夜の街の中を往来しています。どの方も若く見えて、見た目から歳を言い当てるのは大変困難です。お店が立ち並ぶ通りには普通の人間の方も見受けられ、行き交う人々の中に冒険者さんらしき姿の人達も歩いていました。
「ミズキ、「ユグドラ」は気に入ってくれたかい?」
隣を歩くウェイルさんにそう言われ、目を輝かせながらコクコクと頷きます。
「はい、まだ目に映る範囲ですけれど、沢山の木々と街並みが綺麗に調和していて、とっても素敵な街ですね」
「うん、手入れがとても良く行き届いている街だからね。この自然の多い「ユグドラ」の街並みには、「アクアリース」も学んだ点が多いんだ。折角だから少し、この街について説明しておこうか」
「本当ですか? 有難うございます」
お城に着くまでの合間に、ウェイルさんがこの街について様々なお話をして下さいました。
このエルフの国の首都「ユグドラ」は、人間の街を模した形で沢山の改装を重ねて作られたそうです。
その為、城下町は人間に親しみやすい作りになっていて、クオルダを重ねるごとに移り住んでくる人々が増え続けています。何より、エルフさん達はとても人柄が良いというのも、この国に移る理由でもあるようですね。
昔のエルフさんは人と関わらず、静寂に包まれた森の中でひっそりと過ごす方達だったそうで、この辺りはミツキさんからも多少聞かされています。外部と関わらずに過ごしていたエルフさんの姿も、それはそれで儚げな印象に合うお話ではありますけれど、やはり何処か寂しい気持ちになってしまいます。
そんな私と似たような気持ちを昔のエルフさんが抱いたからこそ、夜の賑やかな街が今ここに広がっているのだと思いますけれど。
そんな賑やかな城下町は丸い形の城壁で囲われて、正門から真っすぐに石畳の大きな通りがお城へと続いています。そして、通称「ウィスプの街灯」と呼ばれる明かりが石畳の道を等間隔で照らし、夜の街を華やかに彩っていました。
そしてやっぱりエルフの国ですから、街の中に沢山の木が立っています。街路樹は勿論、お店の前や横、居住区の庭や裏手等にも立っています。まさに森の都と言った街並みですね。
「人間との関りを持つ事で、後のエルフの国を豊かにすると代々の「長」が語り続け、その結果今こうして大きな繁栄をもたらしているのですわ。ただ、人間とは時間の概念が違う長命な人種ですから、情報の伝達に大きな遅れが生じてしまうなどの弊害が度々起きる事が悩みの種ですわね……」
途中からシルフィさんが説明に加わって下さいました。詰まる所、人間とエルフさんでは一メルにおける生活感覚が違う訳なのですね。ですので、その感覚を埋めるべく、今は人間の生活習慣に合わせた形で過ごしているようですけれど。
「「アクアリース」との友好関係の後、更に人間との関わりに積極的になったんだ。今のエルフの「長」が「ミズファ姉さん」あぁ、「アクアリースの王女」と仲がとても良くてね」
「お話を聞く限り、「長」さんはとてもいい人そうですね」
「のんびりし過ぎて、天然で、のほほんとしていて、いい人を通り越した謎の人物ですわ……」
エルフの「長」さんの印象を語るシルフィさんがため息をついています。のんびりした方、ですか。それを聞きましたら、なんだか緊張も和らいできた気がします。
「だから言ったのですわ、気負う必要など無いと」
先ほどシルフィさんが言っていた事がようやく理解できた私は、彼女なりの気遣いなのだと解り、更に嬉しくなってしまいました。
「シルフィさん」
「なんですの?」
「なんだかお姉さんみたいです」
「……え、私がお姉さん、ですの?」
「はい、いけませんでしたか?」
「……」
しばしの沈黙です。言ってはいけない事だったのでしょうか。
……と思ったのもつかの間。
「し、仕方ないですわね。ミズキがどうしてもと言うのでしたら、私がお姉様になって差し上げますわよ。ええ、可愛い妹のためですもの」
何か凄く嬉しそうなシルフィさん。私もお姉さんが出来たようでとても嬉しいです。見た目からそれ程歳は余り変わらないように見える私達ですけれど、何分私は生まれたばかりですから。
「あらあら、お姉さんが増えたのですか? ミズキちゃんを独占していたのに、少々残念ですね」
イグニシアさんとお話ししていたミツキさんが此方の話題に加わりました。残念と言いつつも、いつものにこにこ笑顔です。
「私にもようやく妹が出来たのですわね……。あぁ、早く「ミルリア姉様」にご報告したいですわ」
「シルフィさんとウェイルさんは、沢山お姉さんがいらっしゃるのですね」
「ええ、「アクアリース」の中枢を担う女性陣は全員私の大事なお姉様ですのよ」
「本当に血のつながった姉弟は僕とシルフィ姉さんと「ミルリア姉さん」の三人だけどね」
二人がとても嬉しそうに話しているのを見ていますと、「アクアリース」とは、とても賑やかそうな国のようで、段々私も気になってきています。
「ん、お城ついた」
イグニシアさんの言葉に前を向きますと、木をくりぬいた様な形で城門があり、門の前にエルフの番兵さんが立っています。その番兵さんの前にウェイルさんが立ちますと、それだけで城内へと通して下さいました。
「わ……城内に初めて入りましたけれど、とっても綺麗です!」
城内に入りますと直ぐに大広間になっていて、赤い絨毯が真っすぐに奥に向かって敷かれています。大広間の左右に通路があり、その通路は沢山の部屋等に通じている様子です。そして赤い絨毯の上を進んだ先には二股の階段があり、緩めに螺旋を描いて二階へと続いていました。
二階へと上がりますと、さらに大広間がありました。その中央に赤い絨毯が敷かれ、その最奥にまた階段が見えます。ですがそこまでは行かず、途中にある通路へと曲がりますと、部屋が沢山ある内の一部屋に通されました。
「ここが貴賓室だ。他国の王族が使用する部屋と同じような作りになっているから、浴室も備え付けられているよ。食事は後で部屋まで運んでくれるように言っておくから、今夜はゆっくり休んで欲しい」
女性陣が二人に別れ二部屋、ウェイルさんが一人で一部屋という形でお部屋をお借りする事になりました。私はシルフィさんと一緒の部屋です。
自分の部屋へと向かおうとしていたウェイルさんに急いで駆け寄り、「ウェイルさん、有難う御座います」と、お礼と共にお辞儀をする私。
「気にしないでくれ。ミズキはもう僕達にとっても大事な仲間だからね」
そう言いますと、笑顔を私に向けてくれます。美少年の笑顔にちょっと高揚してしまいます。
「さ、部屋に入りますわよミズキ」
「はい。あ、ミツキさんとイグニシアさん、このメルは大変お疲れ様でした!」
ペコリ、と二人にもお辞儀をします。
「ふふ、小まめな気遣いは他人だからこそ必要なことですが、今のミズキちゃんは身内なのですから、挨拶は簡素でいいのですよ」
「ん、礼は不要」
「は、はい。あの、お休みなさい」
「ええ、お休みなさい」
「ん、お休み」
二人と別れ、シルフィさんに続くように部屋へと入る私。
中はとっても広く、高そうな絨毯が敷かれ、白い大きな丸いテーブルがお部屋の中央にあり、豪華な調度品が飾られた小棚や茶器棚等が壁沿いにあります。そしてベッドは二人で眠れる大きくてふかふかな天幕付きで、とても一般の私が使用できるようなお部屋ではありません。
「ミズキ、食事が来る前にお風呂にしますわよ」
「お風呂!」
余りに豪華なお部屋に気負いしていた私は、シルフィさんのお風呂という言葉に即反応し、一瞬で幸せ一杯な気持ちに切り替わりました。仕方ないのです、浴室大好きなんですもの!
二人で浴室へと移動しますと、凄く豪華な作りのお風呂にまた驚く私なのでした。




