少女ご一行のお買い物
昼食を頂いた後、早速学院都市の商業区へとお買い物に来た私達。先ずは当初の目的だったクリスティアさんの本を購入し、その後はとりあえず商業区を歩きましょうと言う形になりました。
家紋が施された高級な馬車が行き交う通りを歩いておりますと、右手のショーウィンドウに綺麗な衣装や小物などが並び、道行く人々を魅了しています。
この通りは支配層をお客に捉えた品物を取り扱っているお店が中心で、ショーウィンドウ内は魔道具の明かりによって煌びやかに商品が照らし出されていました。品物を通りから見ておりますと、つい欲しくなってしまうお店ばかりなのです。
「わー、わーー! わーー!?」
先頭を歩くクリムさんが一言に様々な感情を乗せつつ、通りに並ぶお店に目移りさせているご様子です。
私が戦闘で酷使してしまったせいで一日中眠っている時間の方が多かったクリムさんなのですが、丁度昼食に起きて来た所でお買い物のお話をしましたら、是非連れて行って欲しいとの事でしたので、こうしてご一緒しているのです。
「クリムよ、よそ見歩きばかりしておると通りの街灯にぶつかるぞ」
「ぎゃん!?」
「……言っている傍からぶつかったわね」
「テンプレ天然系女子なの」
「~~っ」
反対側の通りに並ぶショーウィンドウに気を取られて前を向いていなかったクリムさんが、街灯に思い切りぶつかってしゃがみ込んでいます。小気味良さげなぶつかる音と共に、眉間部分を強く打ち付けて痛そうです……。
「はぅ~……」
「クリムさん、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですぅ……」
「クリム、大丈夫?」
「はぁい、エルノーラちゃんもありがとうです~」
「初代皇帝と共に帝国を作り上げたクリム様の意外な一面に、ヤヨイ驚きです……」
クリムさんは本来、存在その者が神聖視されてもおかしくない方なのは間違いないですけれど。まさか初代皇帝の愛用した魔道武器が街の中で歩きながら街灯にぶつかっているなど、誰も思わないでしょう……。
「でも、今のはちょっとおしいなの。そこはわざと足を開いて転ぶフリをするの」
「何故ですか~?」
「そうすれば通りを行く馬車が止まって、中から支配層のイケメンが出てきて手を差し伸べてくれるの。後は勢いで玉の輿なの。名づけてチラリ作戦なの」
「何を言うておるんじゃお主は……」
「メイニーさん、メっです」
「ミズキがおこったなのー」
通りの先にエルノーラさんの手を引いて駆けて行くメイニーさん。余り人の姿で居た事のないクリムさんに妙な事を吹き込むのは止めて頂きたいです。普段から働きづめのメイニーさんなりに楽しんでいるようですし、多少は目を瞑りますけれども。
「あのあの、そろそろどこかのお店に入ってみませんか?」
「そうね。一通り歩いてみて、皆にも欲しい物が出来たでしょうし」
「うむ。アクアリースに帰還する時期は冬に相当する故寒く感じるであろうから、我はドレスの上から羽織れる物が欲しいのじゃ」
「でしたらヤヨイも何か羽織る物が欲しいです!」
「では、衣装のお店から見て回りましょうか」
購入した衣装は収納能力でしまって置けますので、船で帰る際は衣服が潮で駄目になったりする事もありません。傷まない点はとても便利だと思います。
比較的様々な衣装を扱っているお店を見繕って中へと入りますと。沢山のドレスと男性用の礼装が衣装棚に並んでいて目を引きます。どれも大変高価な代物ですけれど、エーテルナ魔道学院の購買には及びません。
「わー、沢山衣装がありますね~」
「クリムさん、欲しい物があれば遠慮なく言って下さいね」
「はい、有難うございますご主人様~」
クリムさんが辺りを見回しながら嬉しそうにお店の奥に歩いて行くのを見計らい、私も目的の物が並ぶ棚を探しますと。
「ミズキよ、しばし別行動としようかの」
「あ、はいシャウラ母様。それでは三十分後に集合としましょうか」
「ええ、それで構わないわ」
「りょーかい、なの。エルノーラに色んなドレス着せてくるの」
「お洋服は背が開いてるのがいいな。あとねあとね」
各々が楽しそうに会話を弾ませながら目的の品物へと向かって行きました。シャウラさんとヤヨイさんクリスティアさんが一緒で、メイニーさんとエルノーラさんが一緒です。
さて私もお買い物を、と店内を見回しておりますと丁度案内板があり、目を通すと目的の物は二階にある様でした。階段はお店の奥ですので、一通りドレスを見ながら向かいましょうか。
棚に並ぶ衣装を見ている限り、とても種類が豊富みたいです。様々な都市で売られている独自性ある衣装も扱っているようですね。和服等もありましたし。ヤヨイさんが着ている様な袴は売られてはいないようですけれど。
一応気に入ったドレスは何着かあったのですが、アクアリースに帰れば私室に沢山のドレスがあるのですよね。最初は貴賓室などを利用していた私ですけれど、お城の生活に慣れだした頃にミズファ母様が私のお部屋を用意して下さったのです。
いえ、用意されていたが正解でしょうか。私がこの世界に来る事が解っていたミズファ母様は、大分前からお部屋に沢山のドレスを詰め込んでいたそうですし……。
折角ご用意して下さった殆どのドレスは着用すらしていませんものね。ここでの購入は止めておきましょう。
程無く階段近くまで来ますと、近くに試着室がありました。クリムさんが備え付けの姿見鏡の前で衣装合わせをしていらっしゃいます。とても嬉しそうにしていますので、近くに寄らずにはいられません。
「良くお似合いですよ、クリムさん」
「きゃあ!?」
耳元で囁くように言いますと、クリムさんがとってもびっくりしております。ドレスを胸にぎゅぅと抑え込んで涙目です。
「びっくりですご主人様~……」
「ご、御免なさいクリムさん」
今のはちょっと酷かったかな、と反省。これではクリスティアさんと変わらないですよね私。
「あ、急にだったので驚いただけで別に嫌とかでは無いんです~。ご、御免なさい」
「あの、別にクリムさんは何も悪くありませんから」
二人でお互いに向けてぺこぺこと頭を下げ合う私達。きっと、お買い物中の支配層の方々には私達が変な子に見えている事でしょう……。
「あ、あの、私は二階に用事がありますので一旦失礼しますね」
「あ、はい~。私は暫くここにいますね~」
クリムさんに一言を言い残し、いそいそと階段を駆け上がっていく私。二階は一階と売り物が違いますので、印象が大きく変わっています。
その理由としては……。
「ええと、下着は……あ、ありました」
目的の物は二階のやや中ほどにありました。私は新しい下着が欲しかったのです……。以前から替えが少なくて、買い足そうと常々思っていたのですけれど。時間が取れなかったり買い物をし忘れていたりで中々購入できずにおりました。
言えばメイドさんがご用意して下さるのですが、その、恥ずかしいのです……。
棚にはシルク製のサラサラした生地やとても柔らかな生地等、様々な下着が並んでいます。私は気に入れば質は気にしませんので、一通り見繕ってから十枚程手に取りました。後は……新しいガーターも買っておきましょうか。ええと、ガーターは……と。
「縞々と白に黒か。普通じゃな」
「きゃあ!!?」
突然真後ろから声を掛けられてびっくりです。先程のクリムさんの立場が私になりました……。
「し、シャウラ母様……驚かせないでください!」
「いや、別にそんなつもりは無いが」
「シャウラ母様は魔力を感じられないので気配が解り辛いのです」
「そうは言うがな。一般の人間は得てしてそう言う物じゃぞ。お主が特殊なだけじゃ」
あ、言われてみればそんな気がします。魔力を殆ど持たない者同士であれば、確かに気配を察する能力は無いのかもしれません。でも、だからと言って物音を立てずに近づいて良い事にはなりません。
「でしたら、近づく前に一言声をかけて下さい!」
「別によいでは無いか親子なのじゃから。にしても、色気のない下着ばかりじゃの」
「親子だからではありませんよ、全くもう……。と言うか余り見ないで下さい……」
手にしている下着を隠しながら抗議する私。
「どれ、我がミズキに似合いそうな下着を見繕ってやろう」
「余計なお世話です!」
「これなんてどうじゃ?」
「だから結構です……って、な……なんですかその紐は」
腰に括りつける種の下着だと言うのは何となく解るのですが、布の面積が殆どありません。どう見ても紐です。
「大人の魅力に溢れておるじゃろ」
「あの、もはや下着の意味を成していませんし、そんな魅力はいりません」
「何じゃつまらんのぅ。お、こっちはまた別の意味でせくしーじゃぞ。まさに勝負下着という奴じゃな」
次にシャウラ母様が手にした下着は、先程の紐よりも幾分布の面積が多いのですが……その、形状がとても恥ずかしい作りです。きわどい、と言えばいいのでしょうか。こんなのを身に着けていたら私絶対変な子です。
「早速試着して見るがよい」
「しませんから!!」
「ミズキよ、成長せぬ体を如何に魅せるかは身に着ける物によって大きく変わる。いつまでも生娘のように恥ずかしがっていては大人になどなれぬぞ」
「それらしい事を言いながら何で笑っているんですか!!」
「そんなの我が娘で遊ぶ……では無くて成長を心配しての事じゃ」
「私で遊ばないでください!」
全くシャウラ母様は……。いくら私でもこれ以上ミズファ母様曰くセクハラをするなら怒りますよ。
「ご主人様とシャウラ様~」
「あ、クリムさん」
手にドレスを一着持ったクリムさんが此方へと歩み寄って来ています。どうやら買いたいドレスが決まったようですね。
「何やら下着のお話で盛り上がってたようですね~」
「そうなのじゃ。ミズキが普通すぎてつまらん下着ばかり買おうとしておってな」
「そういうシャウラ様は一体どんな下着何ですか~」
唐突にシャウラ母様のドレスのスカートをめくり上げるクリムさん。余りに余りな行動に、私の思考が追い付いてきていません。
「……」
「……え」
「……な……な…………」
シャウラ母様は硬直したままですが、少しずつ顔が赤くなっているのが解りました……。
「何をしておるかこの痴れ者がーーー!」
「……ご、御免なさいです~」
「……」
私は何度もシャウラ母様の下着を見た事がありますけれど、大人の支配層が身に着けていてもおかしくない高級感のある柄の下着を好んでいた筈です。
その筈なのですが、今身に着けていたのは赤と白の縞模様だったのです……。シャウラ母様はスカートを抑えて俯きながら震えております。
「あ、あの……」
「し……仕方なかろう! 異界の我は元々中学生だったのじゃ!」
「はい?」
「何でもないわ戯け!」
恐らく、私の本来の母親は学院の中等部だったと言いたいのだと思いますけれど……。まぁ、要は趣味が変わってしまったのでしょう。
「あの、私は可愛らしくてむしろ親近感が湧いたと言いますか……」
「我は、お主の親なのじゃぞ……戯け……」
泣き出してしまいました。シャウラ母様は元々からして中等部くらいの少女ですから、別に恥ずかしがる事なんてないと思うのですが……。
「クリムさん、唐突にスカートを捲ったりしてはいけませんよ」
「はい、ご主人様~」
よしよし、とシャウラ母様の頭をなでる私。片手に下着を持ったままなので、とても怪しい子になっています。またもやお買い物をしている支配層の方々から訝し気に見られている私なのでした……。




