ミツキ
「マナさんに乗っておりますと、風がとっても気持ちいいですねぇ」
「ん、久しぶりに乗せてもらった。移動の速さは私の本来の姿といい勝負」
「本来のイグニシアちゃんは常に燃えてますから、背に乗る事が出来なくて残念ですよ?」
「ん……私も残念」
大きな狐のマナさんの背に乗せて頂き、街道をとてつも無い速さで進んでおりますと。二時間程度経過した辺りから、地平線に巨大な木が見えるようになりました。地平線に見える木が首都「ユグドラ」で、その場所まではマナさんの速さでも後二時間程度はかかるとシルフィさんが教えてくれます。まだ大分離れているにも関わらず地平線に見えているのですから、首都「ユグドラ」の木は相当な大きさである事が伺えます。
徒歩であれば、花畑地帯から約三日はかかる程の距離を、僅か数時間で着く速さで移動しているとウェイルさんから聞かされた際は大変驚きました。ええ、それはもう興奮気味に。
「ウェイルさんとシルフィさんは、いつもマナさんに乗れて羨ましいです」
「そうでしょう、この速さで移動できる乗り物は他にはありませんし、マナを自由に呼び出せる人間は「マナの元主」を除けばウェイルだけですのよ?」
「マナさんには元々の主人がいるのですか?」
「うん、マナが僕を気に入ってくれてね。「本来の主」が特別に譲ってくれたんだ」
どうやら誰でもマナさんのような「大きな狐さん」に乗れる訳では無いようです。馬でも十分早いようですけれどもね。
私は馬車に乗った事がありませんので、自分で歩く以外の移動方法は、マナさんの背中が初めての事ですけれど。首都「ユグドラ」までは例え馬車でも二日前後はかかる距離だそうですので、いかに恵まれた環境で旅が出来ているか、無知な私にも十分に理解できています。
「皆、そろそろ休憩にしようか」
後ろを振り返り、ウェイルさんが休憩を促しておりますので、私達も顔を見合わせて頷きました。
関所を通過したのが明け方で、朝一番に最寄りの村へと到着した後、水浴びをしてから花畑に赴き、そして今に至る訳ですけれど。ここまで休息は一度も取っていませんでしたね。
マナさんから降りて街道沿いにある野原に座りますと、直ぐに私のお腹が鳴りました。恥ずかしさに顔が真っ赤になってしまいます。
「あらあら、ミズキちゃんはお腹ペコペコの様子ですね?」
「やっぱり聞こえちゃいましたか……。うぅ、恥ずかしい……」
「ん、仕方ない。このメルは何も食べてない」
イグニシアさんが収納能力を展開し、何もない空間から食料を取り出し皆に配ります。パンにチーズと野菜を挟んだサンドイッチとお水を受け取り、ご満悦な私。本来鮮度の良い野菜等は旅先で食べられる物ではありませんけれど、収納して置ける空間内は時間の概念がありませんので、食料の鮮度が維持され続けます。
つまり、焼いたばかりのお肉料理を数メル後に収納空間から取り出しても、今焼いたかのような出来立てが食べられる、という訳なのです。お肉料理の時間が経過していないですからね。ですので、一般の冒険者さんが喉から手が出るほど欲しい能力なのも頷けます。
「はぁ、イグニシア様は収納系能力が使えていいですわねぇ……」
「ん、人間も昔使えた。シルフィも努力する」
「英知の塊である古代人と一緒にしないで下さいまし……。未熟な私が惨めになるだけですわ」
「あら、「風姫」がそのような後ろ向きでは、アクアリースの民に示しがつきませんよ?」
「え!?」
シルフィさんが荷物から干し肉を取り出しウェイルさんと分け合っている最中。また私が一人で驚いています。
「シルフィさん?」
「貴女いつも驚いてばかりですわね……今度は何ですの?」
「あの、「風姫」とは「五姫」の事ですか……?」
「ええ、そうですわ。……そういえばちゃんと貴女に名乗っていませんでしたわね」
シルフィさんがその場で立ち上がり、スカートの裾をほんの少し摘みながらお辞儀をします。
「改めて。私は「風姫」シルフィですわ。僭越ながら、「五姫」の一角「風姫」の称号を預かり、「共同国・アクアリース」専属の宮廷魔術師をしていますの。宜しくお願いしますわね、ミズキ」
私も慌ててその場で立ち上がり、ぺこりとお辞儀しつつ「あの、宜しくお願いします」と、お返事を返します。
「シルフィ姉さんが先にミズキと出会ったのに、僕より挨拶が後になるのはちょっと感心しないね」
「し、仕方無いでしょう。それに、ウェイルが私の分も名乗っていたではありませんの!」
「それとこれは別だよ。昔の姉さんはもう少し落ち着いた、素養のある人だった筈なんだけどな……」
「まるで今の私がおバカみたいじゃありませんの!?」
二人のやり取りに、ついクスクスと笑ってしまう私。
「そこ、何を笑ってますの!?」
「いえあの、これ食べてください!」
慌てて血術空間からパンとチーズを取り出して、シルフィさんに渡します。本来は緊急用の分ですけれど、もう直ぐエルフの首都に着きますので問題はありません。
「ま、まぁ。そう言う事でしたら、頂いておきますわ」
「ミズキ、僕からも感謝するよ、有難う。長旅だと保存が利く食べ物しか口に出来ないからね」
その後皆で輪になり、遅めの昼食を頂きながら四人について色々教えて頂きました。本当はエルフの首都に着いてからお聞きする予定だったミツキさんの事も「今は体調も落ち着いていますから」と、彼女がお話してくれます。
先ず最初に驚いた事は、シルフィさんとウェイルさんは「ハーフエルフ」だった事です。二人とも金色の髪をしていますので確かにエルフらしいのですが、耳は人間のままですから最初は全然気づきませんでした。
二人は「共同国・アクアリース」のお城で国に携わるお仕事をしているそうです。騎士団長さんや宮廷魔術師さんとお聞きしていますので、とても偉い方ですね。
そんな二人がダンジョンにいた経緯については、誰よりも先に新しいダンジョンが見つかった事を「エルフの国の長」さんから友好国の繋がりで聞いていたそうで、「アクアリース」の王女様がエルフの国と馴染みの深い二人を現地調査に向かわせた、と言う形です。
そしてミツキさんとイグニシアさんなのですが。
ミツキさんは元々「この世界の人間では無い」と自らお話ししています。ミツキさんは「霊峰」と呼ばれる大変危険な山で目覚め、イグニシアさんと出会いました。この辺りは、私がこの世界で目覚めた時と良く似ています。危険性ではミツキさんの方が遥かに上ですけれど……。
初めは、イグニシアさんがミツキさんを討伐に来た冒険者だと思い込んで殺そうとしていたのだそうです……。ミツキさんは、定期的に「霊峰」の調査に来ていた「五姫」の助けでその場を逃げる事に成功しましたけれど、元々体が弱く、「霊峰」から下山する合間に体調が悪化してしまった、との事です。
数メルダ後、力を得たミツキさんはイグニシアさんに再び会いに行き、様々な出来事を経て仲良くなったそうです。それは今の二人を見ればよく解ります。そして「五姫」によって「共同国・アクアリース」へと二人は招かれ、暫くお城で過ごす事になりました。
「それで、シルフィさん達と面識があった訳なのですね」
「ええ、そうです。そして「アクアリース」の王女はとても私に良くしてくれました。まるで、私がこの世界に来る事が解っていたかのように、様々な理解を示してくれる不思議な少女でしたよ?」
ここまでお話をしてくれたミツキさんが俯いて。
「そんな不思議な「王女」は、私の病を「眷属化」と呼ばれる方法で治せると言いました。けれど、私はその申し出を断ったのです」
「え!? 何故ですか?」
「私には「二人のお友達」がいました。この世界で目覚めた当初、その二人の姿が無く、とても焦りました。二人が見つからぬまま、イグニシアちゃんと一緒に「五姫」に連れられ「アクアリース」に来たのですが……驚きましたよ。「二人のお墓」があったのですから。二人は私よりも過去の世界に飛ばされ、様々な功績を残して天命を全うした、と「王女」から聞いています。ですから、私も二人に恥じぬ生き方をして、「ありのままの私」で居続けると決めたのです」
そのお友達の一人は……恐らく、「狭間のお姉さん」だと思います。ここまでの事を全て「偶然」で片づけるには流石に無理がありますもの。きっと、私には……何か成すべき事があるのだと思います。
「そして、この世界について様々な知識を得て、半ば押し切る形で「役目」を「王女」から頂きました。そこから、イグニシアちゃんと二人でラブラブの旅を続けていたのですよ」
「ん、らぶらぶ」
お話し中、二人はとても悲しそうにしていましたが、今は微笑みあっています。
二人が後どれくらい旅を続けられるかは、ミツキさんの体調次第となります。心なしか、ミツキさんが咳をする感覚が短くなっている気がしますので、個人的にはもう「アクアリース」へと戻るべきだとは思うのですけれど……。
「私のせいで場を暗い気持ちにさせてしまいましたね? ですが、これがミズキちゃんに知って欲しかった、今の私です」
「はい、出会って間もない私に、とても大切な事を教えて下さって、有難うございました」
「出会いに時間なんて関係ないのですよ? もうミズキちゃんは私達の大事なお友達なのですから」
そう言って、私はミツキさんに抱き寄せられました。それと同時にとても暖かな温もりを感じます。
「さて、一先ずお話はこの辺にして置きましょうか。既に辺りも夕暮れに差し掛かっていますからね?」
私達は頷き、再びマナさんに乗って街道を進みました。
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辺りがすっかり暗くなった頃。
私達はエルフの首都「ユグドラ」へと到着しました。
正門から中に入りますと、人間の街と殆ど変わらない城下町が広がっていて、お城だけが木と融合したような作りになっています。街は沢山の街灯が灯り、大変綺麗な景色が広がっていました。ミツキさんが以前いわれた通り、街灯の明かりがとっても素敵なのです。
「うわ~……」
そして木を見上げる私。
とっても大きな木が目の前に立っています。下から見上げても枝葉に遮られ、天辺が見えません。と言いますか、街道を進んでいる合間、木の天辺が雲にかかっていたのは見えていましたけれども。
「さて、時間も遅いしすぐにお城へ行こうか。長との謁見は次のメルにして、このメルは旅の疲れを癒しておこう」
「え、でしたら宿に行かれた方がいいのでは無いでしょうか」
「あぁ、言い忘れていたね。僕とシルフィ姉さんは「ユグドラ」の城を自由に出入りする事を許可されているんだ。だからミズキ達を城の貴賓室へと招待するよ」
「す、凄いのですね……お二人とも」
私、お城に入るのなんて初めてですので、とても緊張してしまいます。この服で大丈夫でしょうか、髪変じゃないですよね? それと喋り方とかも気を付けないといけないでしょうか。後はええと、ええと……。
「ミズキ、何やら緊張しているようですけれど、気負う必要は無いですわよ?」
一人で緊張しつつ混乱していますと、シルフィさんにそう言われました。ですが初めて経験する事ですので、「気負わなくていい」とはどの程度の事なのか解りませんもの。
「あの、でも私お城初めてですし」
「はぁ、いいですわ。一先ずついて来て下さいまし」
そう言いながらシルフィさんが私の手を引いてお城へと歩き出します。
こうして連れられていますと、また一人お姉さんが出来たみたいで何だか嬉しいです。
そんな風に思いながら、シルフィさんの後ろをついて行くのでした。




