イグニシア
広大な花畑にあるこのダンジョンなのですけれど。
私は洞窟の奥へと進む前に、魔法陣で目的の場所へと転移してしまいましたので、内部の構造がよく解らないままでおりました。
この洞窟の内部は、入り口から奥に進むにつれ暗闇で淡く光る花々が辺り一面に咲き始め、天井から壁伝いに水が常に流れる作りになっています。そこに茨が巻き付いた石柱の神殿が建っていたりもしますので、外の花畑とはまた一味違った素敵な景観をしています。
洞窟内を歩くには明かりが要りますし、モンスターもいますけれど、その問題を取り除く事が出来ればちょっとした観光地として成り立つと思います。
そして。
本来の目的としていた「役目」は、黒いドレスの女の子が「古代魔法具」を吸収した事で継続出来なくなってしまいましたので、私達は早々に洞窟を引き返し、ダンジョンの外へと戻っていました。
このダンジョンにはもう「古代魔法具」はありませんので、再封印の必要も無いようですね。
と言いますか……。
「古代魔法具庫」へと繋がる道には沢山の罠や「試練」があるそうなのですが、ミツキさんとイグニシアさんが「真っすぐ」に洞窟を破壊しながら進んでいたらしく、もはや封印以前の問題なのです……。私を必死に探していた結果ですので、皆さん何も言いませんけれども。
花の茎が生い茂る異質区域から、本来の綺麗な花畑へと景色が移り変わった辺りで。
「ミズキが転移したと言う魔方陣は結局、帰り道でも見付ける事ができませんでしたわね」
魔方陣の存在に一番疑いの目を向けていたシルフィさんが、そう切り出しました。
彼女もまた、「役目」の為に「古代魔法具庫」を訪れていたのですから、不審者が突然現れれば当然警戒はしますので、何も悪くはありません。
「はい。何か証拠を提示できればいいのですけれど……」
洞窟を引き返す傍ら、私が転移した魔法陣を調べようと思ったのですけれど。何故か来る時はあった筈の魔法陣が無くなってしまっていて、事実確認が取れない状態になっておりました。
「証拠はちゃんとありますよ? 悲鳴と共に、私達とずっと一緒にいたミズキちゃんが忽然と消えてしまったのですから。消えた瞬間は確認していませんが、見えない魔法陣で転移してしまったと考えて間違い無いでしょう。ですので、ミズキちゃんの保護者である私とイグニシアちゃんが証言者です」
「ん、ミズキは嘘ついてない」
「わ、私だってもうミズキを疑っている訳では無いですのよ? 疑っていたのは「役目」上仕方無く、ですわ。今はその魔法陣の危険性は十分理解しておりますわよ」
皆さんが私を気遣ってくれていて、本当に嬉しいのです。この魔方陣については、シルフィさんが早急に「アクアリース」へと戻り、王女様の判断を仰がれるそうです。
「色々考えるべき事は多いけど、先ずは街道まで戻ろう。ミツキさんを休ませてあげたいし、ミズキが知りたがっている事も早く話してあげたいからね」
と言ったウェイルさんに対して、「こうして気遣われるのが嫌だから、貴方達に会いくなかったのですが……」とミツキさんが少し困り気味に呟いています。
ミツキさんの体調を鑑みた結果、先ずは休める場所まで移動すると言う事で皆さんと意見が一致しているのですけれど、ミツキさんの体調を気遣うと、本人が平気だと言って聞かないのです……。ですので、ダンジョン最寄りの村へは戻らず、元々立ち寄る予定でいたシャイアの首都へと移動する事になりました。
「あいにく、私達は「役目」の合間にミツキ様を探して保護するようにと「ミズファお姉様」から言われていますのよ。ミツキ様が嫌がっても無駄ですわ」
「あの子は……本当にお節介が過ぎますね。いずれ「アクアリース」には戻ると言ってあるのですが……」
「そう言いながら、全く戻る気配が無いから探しておりましたのよ!」
一瞬、シルフィさんに私の名前を言われたように思いましたけれど、どうやら聞き違いのようです。でも……「その名前」を聞いた時、不思議と心が温まる気持ちになりました。何故なのでしょう?
「ん、ならシルフィ、「聖王女」の転移魔法で迎え希望」
「あのですね……「ミズファお姉様」は大変忙しい身ですのよ! 「アクアリース」はこの大陸で一番大きな国ですのよ? お姉様は立場上、転移魔法で飛び回るような軽率な行為は出来ませんの。ですから、代わりに私達が各地のダンジョンに出向いているのですわ」
「ん、言ってみただけ」
「イグニシア様……貴女喧嘩売ってますの!? いくら国家指定級と言えども、お姉様への軽はずみな言動は許しませんわよ!」
お話を聞いていますと、ミズファさんと言う方が「聖王女」のようですね。そのミズファさんが「共同国・アクアリース」の王女様なのでしょう。大きな国との事ですけれど、どんな所なのでしょう。いずれ行ってみたいです。
って、あれ……?
「あの、今「国家指定級」と言いませんでしたか?」
「言いましたわよ?」
「え、何方がですか?」
「それは勿論、ここにいるイグニシア様ですわよ」
……え?
唐突過ぎて理解が追い付いてこないのですけれど?
「あの……イグニシアさん?」
「ん」
「国家指定級とは、確か世界三大モンスターの総称でしたよね? 人間では束になっても勝てないとされる……一種の災厄だと」
「ん、そう」
「イグニシアさんが、その一人なのですか?」
「ん、凄く昔にそう呼ばれるようになった」
「えぇ……」
まさかの事実に驚きを隠せません。と言いますか、イグニシアさんは一体いつから生きていらっしゃるのですか……。
「そういえば、ミズキちゃんにはイグニシアちゃんの正体を伏せたままでしたね?」
「もしかして私、要らぬ事を言ってしまいましたの?」
「いいえ、隠し事はもうしないと決めていますので、問題ありませんよ」
「私には人間の少女にしか見えないのですけれど……」
人は見かけによらない、という事なのでしょうか。
「ん、ミズキ。「私の本当の姿」、見たい?」
「え?」
「見たいなら、いますぐ見せる」
そう言った瞬間。イグニシアさんの体が突如として輝き始め、光の玉の形状となって空へと浮かんでいきますと、見えなくなる辺りで上昇を停止し、眩い光を広範囲に放出しました。
「な、何ですか!?」
「ミズキちゃん、見てください。あれが本来のイグニシアちゃん。国家指定級の一つ「火の鳥イグニシア」ですよ」
やがて光の放出が収まりますと……。
花畑の上空に、燃え盛るように全身が炎に包まれた大きな鳥が羽ばたいていました……。羽ばたく度に風で煽られますので、スカートと髪を抑えながら上空を見上げます。
炎に包まれた大きな鳥が、私達を上空から見下ろしている状態ですが……。
並みの人間であれば、その姿を見ただけで畏怖し、戦う気すら起きない事でしょう。それ程の威圧感を上空にいるイグニシアさんが放っているのです。
ウェイルさんとシルフィさんは比較的平気な様子ですが、それでも強大な相手を前にした恐怖は拭えていないようです。今のイグニシアさんは少女だった時とは違い、数段魔力が上昇していますもの。
「これが……本当のイグニシアさん、なのですね」
「そうだ、これが本来の余の姿。「倭国“ムラクモ”」にある「霊峰」を住処とし、長く生きていく中で、幾度も人間と対立し虐殺した罪を背負う姿である」
空から響いてくるような声。その声はまるで、成長し大人となったイグニシアさんが発しているかのようです。喋り方も少女だった時の面影がありません。
罪を背負う姿と言っていますけれど、私は生まれたばかりですので、イグニシアさんが過去どのような人だったのかは解りません。ですがきっと、沢山辛い事があったのでしょうね……。
「イグニシア様、元の姿にお戻りになるなら、もう少し間を置いてくださいませ! スカートが抑えきれませんわ!」
実は私もスカートを抑えるのに必死で、正直感傷にふける所では無かったり……。
ウェイルさんは私達とは逆側を向いてくれていますので、それほど気にする事でもないのですけれど。彼はとってもいい人ですね。
「許せよ、シルフィ。ミズキには一度、本来の余の姿を見て置いて欲しかったのでな。どうだミズキよ、貴様の事だ。恐らく微塵も「恐怖など感じていない」のでは無いか?」
「……」
イグニシアさんの言う通りです。私にとっては、上空に大きな鳥さんがいるだけなのです。恐怖は無く、イグニシアさんの本来の姿でさえ、私の魔力総量には遠く及びません。
「あの……御免なさい。言われる通りです……」
「よい、この姿に戻っても貴様の魔力は計測不能なのだ。まるで「聖王女」のようにな」
「その方も計測不能なのですか?」
「うむ。この世界に「聖王女」に勝てる者など存在しないだろう」
「凄い方なのですね……」
そこでイグニシアさんが再度光の玉に変わり、少女の姿へと戻りました。本来であれば変身した、というのが正解なのかもしれませんけれど、私にとっては少女の姿がイグニシアさんです。それが私の大切なお友達の姿ですから。
「ん、満足」
またもや謎の満足感を得た様子のイグニシアさん。可愛らしいですので、頭をなでてあげます。
「これで一つ、ミズキちゃんに私達の事を知って貰えましたね?」
「はい。突然の事でびっくりしましたけれど、私の為に本来の姿を見せて下さったのですよね。有難うございます、イグニシアさん」
「ん、ミズキとずっと仲良くしたい。だから、隠し事は駄目」
隠している訳では無いのですが、私も狭間の事等をお話しするべきなのでしょうか。恐らく、理解して貰えない気がしますけれど……。
やがて、私達は花畑の中を突き抜けるように続いている街道へと戻って参りますと。
「さて、ここからは僕がミズキを驚かせる番だね」
「え?」
「来てくれ、我が親愛なる友、「マナ」よ!」
ウェイルさんが右手を上空に掲げてそう力強く言葉を発した後、私たちの目の前に、白い煙と共に「大きな狐さん」が回転しながら出現したのです。
「大きな狐さん」は回転後、ストンと地面に降り立ちますと、すぐにウェイルさんに擦り寄っています。
「紹介するよ。僕の親愛なる友「マナ」だ。ここからはマナに乗って移動するよ」
「大きな狐さん」と視線が合いますと、直ぐに私にも擦り寄ってきました。
「わ、くすぐったいです」
「どうやらミズキもマナに気に入られたようだね。さぁ、皆マナに乗ってくれ。シャイアの首都「ユグドラ」までは、マナに乗っていけば夜には着く筈だ」
五人もいますので、そんなに背中に乗せて大丈夫なのでしょうか、と不安になりましたけれど。
まるで私達など乗せていないかのような足取りで、マナさんが歩き出しました。
「ここから飛ばすよ。皆、隣の人に捕まってて」
ウェイルさんを先頭に、女性陣が横座りで各々寄り添いますと。
マナさんが物凄い速さで疾走し始め、街道を軽快な動きで駆けて行くのでした。




