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魔力吸収の牢

「くっ……ん……」


 魔力を吸い上げられる苦しみに耐えながら、私はずっとこの場でヤヨイさんの助けを待ちます。恐らく、囚われの身となってから一時間程度は経過している頃でしょうか。


 魔法だけが封じられている可能性も考えて先程古代血術(エンシェントブラッド)を試してみましけれど、こちらもしっかりと封じられています。意識下に強固な魔法陣が張られていて、血を操ろうとしても術の流れを遮断されるのです。魔法もこれと同じ様な仕組みで遮断されています。


 ラグナの上空でワイバーンを相手にした際、僅かですが確かに血を使用していました。けれど血をいつ、どの様に使用したかは他人が見て解る様なものではありません。私を調べていたとユイシィスさんは仰っておりましたけれど……よく古代血術(エンシェントブラッド)を見破れたと感心してしまいます。


 ともあれ膨大な魔力を持つ私であれば、意識下の魔法陣を無理やり破壊する事も一応可能ではあります。あるのですが……それは出来ません。そんな事をすれば腕輪が壊れてしまいますので、エルノーラさんを反動で苦しめてしまう危険性があります。


 実の娘にこんな酷い事をするなんて……。苦しむのは私だけであれば何も問題はないのですけれど。


 もう、娘を唯の道具としか思っていないのでしょうか。子への愛情は無くなってしまったのでしょうか。私はエルノーラさんとほんの少ししか触れ合う事はできませんでしたけれど、その代わりこれから沢山遊んであげたいですし、お友達になって差し上げたいのです。


 そして、ユイシィスさんには遊ぶ私達を見ていて欲しい……それだけなのに。


 ユイシィスさんが魔族を憎む気持ちは理解出来ます。天翼人は魔族にこの世界に無理やり召喚され、酷い仕打ちを受けました。しかもこの世界の空気が体に馴染まないのに、地上に放り出されて……。とても辛かったでしょう。


 天翼人には何の罪もありません。ですが……ユイシィスさんは間違っています。子を愛してあげない親なんて居ないと私は信じています。どうにか憎しみに染まったユイシィスさんの心も救って差し上げたいですが……。その為には先ずエルノーラさんと再会しなければなりません。親の心を動かすのは、やはり子ですもの。


 遠くに見える壁に掛けられた魔道灯をぼーっと見ながら、改めて気持ちの整理をしていた所で。


「けほっ! けほけほっ」


 突然咳き込みました。


 頭痛と眩暈もしてきています。無理やり魔力を吸い上げられているせいでしょう、体に大きな負担が掛かっている様ですね……。


 特に私は膨大な魔力を持っている為に、学生の皆様よりも負担がとても大きいと思われます。恐らく、これ程早く体調不良を訴えるのは私くらいではないでしょうか。ユイシィスさんが作り出したこの牢は一見すると地味ですけれど、効果は確かなものです。これ程の魔力吸収能力を作り出せる者など、他には存在しないでしょう。


「けほっけほっ」


 咳きは止まる様子は無く、暫く咳き込みは続きます。そして幾度目かの咳の後、口元を抑えていた手を見ますと……。


 赤く染まっていました。


「血……ですか」


 これは……予想以上に不味いかもしれません。とてつもない速さで体が蝕まれている感じがします。魔力を効率良く吸収する為に、こうして吸収対象を使い捨てる様な作りになっているのでしょう。


「はぁ……はぁ…………けほけほっ」


 牢に入れられてから、時間にしておよそ二時間程度は経ったでしょうか。意識が朦朧としていて、気分も優れません。


 私は病気にかかった事はありませんけれど、もしかかった場合この様な感じなのでしょうね。これからはより一層体調に気を付けた生活を送りませんと。……段々、妙な考えまで入り混じって来ていました。


 目を瞑って気持ちを落ち着かせます。ここで焦ってしまっては駄目ですね、冷静であらねば。咳だけはどうしようもありませんけれど。


 大分前から立っているのも辛くなっており、前のめりに牢にもたれ掛かる様な体制で、深呼吸をしながら耐えます。辛い事は確かですけれど、不安は一切感じておりません。


 この元老院は空に浮いています。では、ヤヨイさんはどの様にしてここまで来れるのか。その方法は一つしかありません。その方法こそが、私を一切不安にさせていないのです。


「この程度で……参っている様では、ミズファ母様に、笑われてしまい……ますね」


 そろそろ私の意識も無くなりそうだと自覚した瞬間。


 突然大きな魔力が現れました。これはヤヨイさんの魔力ですね。そして、もう一人。魔法具によって魔力を抑えておりますが、私には解ります。


 私の前を剣閃が横切っていきました。真っ直ぐ、私の下へやってきたのでしょう。障害物を全て斬り伏せて。


 いつかのシャイアのダンジョンでの事を思い出します。クリスティアさんとの戦いで瀕死になった私の下に、ミツキさんとイグニシアさんが真っ直ぐ助けに来て下さいましたね。


 今、あの時の再現がなされています。


「ミズキーーーーー!!!」

「ミズキ様ーーー!!」


 私を呼ぶ声はヤヨイさんと……ミズファ母様です。とても心配して下さっていた事が、呼び声から伝わってきます。私が降りて来た階段側から、段々と近づいて来ているのが解りました。


「こ……ここです……! けほっ……けほっ」


 今出せる全力の声で二人に居場所を知らせます。そして……二人は迷う事なく、直ぐに私の目の前まで助けに来て下さいました。


「ミ、ミズキ様……」

「ミ……ミズキ?」


 倒れたくても倒れられず、前のめりになって耐えていた私は、ゆっくりと顔を上げますと。二人はとても焦った表情で私を見つめておりました。


「ミズキ様、今助けますから!!」


 ヤヨイさんが愛用の魔道武器を構えて、瞬時に牢を切り裂きます。狭い牢から解放された私は、そのまま力なく前方に倒れました。


 いえ、倒れ掛かった所で抱き留められました。ミズファ母様に。


「ミズキ……大丈夫ですか?」

「……はい」

「ミズキ様、助けが遅れて申し訳ございません……。まさか、この様な事態になっていたなんて……」


 牢から解放された事で、多少周囲に視線を巡らせる程度の事は出来るようになった私は、今まで囚われていた牢の地面に視線を向けますと。私の吐いた血が飛び散っていました。


「助けて下さって……有難うございます」

「喋らなくていいです。ゆっくりでいいので、立てますか?」

「はい」


 ヤヨイさんとミズファ母様に肩を借りて、立ち上がりますと。母様が自分の首にかけている首飾りを取り外しました。それと同時に、とてつもない魔力が周囲に解放されました。魔力を抑える魔法具を取り外した為です。


「僕の娘に……僕の大事な娘に……何してくれてんですかぁぁぁぁ!!!!」


 ミズファ母様が雄たけびと共に、私ですら震えあがる程の殺気を放ちました。


「ユイシィスとか言いましたか。許しませんよ。補助に回るつもりでしたけど、直接ボコらないと気が済みません」

「……母様」

「とは言え、僕の考えが甘かったですね。器として使われている間は、命に関わる危険性は無いと思ってたんですが……」

「……器をより、効率化した結果……でしょうね」

「その可能性までは考慮していませんでした。ごめんなさい、ミズキ」

「いいえ……こうして、助けに来て下さると解っていれば、どんな辛い事にも……耐えられますもの」


 私が一歩前に進みますと、何も言わずにそれに合わせて二人も一緒に歩き出します。ここで体力の回復をしている暇など無いからです。


「ユイシィスさんは……ここにはいない様ですね」

「転移アイテムを使って全ての都市に直接魔物をけしかけてます」

「手筈通り、各都市では兵と魔道帝国・位階者(ラグナ・スペルム)が魔物と交戦に入っています。それと、ミズキ様方のお仲間からもご助力を頂いてますから、とても優勢に押し返していますよ」


 ヤヨイさんの言うお仲間とは、アビスさんやイグニシアさん、そしてウェイルさんや水晶五姫の皆様の事ですね。各都市で情報収集後、ユイシィスさんの計画阻止に動いていた為、皆様とは未だに再会できておりません。転移魔法で会いに行く事は出来ますけれど、私も多忙な日々でしたからね。


「僕の仲間は皆超強いので、この大陸の魔物だろうと何の問題もないです」

「ふふ……皆様、喜々として戦っている、でしょうね」

「ラグナはまだ戦闘になっていませんが、クリスティア様が都市全体を結界で守って下さっています」

「一番大事な場所ですからね。僕達の中でも指折りのチート少女を向かわせました!」


 不可解な事を言える程度には、ミズファ母様も気を取り直したようですね。回復魔法では精神的な症状は取り除けませんので、こうしてお話をする事で私の気を紛らわせて下さっています。


「では……ユイシィスさんがいない今の内に、会いに行きましょうか。エルノーラさんに」

「エルノーラちゃん、あんなに大きかった魔力が殆ど感じられないですね……」

「助けに向かうのをミズキとどっちにするか迷う位にはヤバイ状態ですね。早く行ってあげましょう!」


 ミズファ母様が何かの魔法を使いますと、私の足のくるぶしに小さな天使の羽の様な物が現れました。すると……。


「きゃっ!?」


 突然体が浮きました。そして、浮いた私をそのまま手に持つ形で走り出すミズファ母様。


「これはレビテーションっていう魔法です。こうすればミズキに負担かけずに移動できますからね」


 ヤヨイさんも驚きながら後を着いて走り出し、私達はエルノーラさんの下へと向かうのでした。


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