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研究施設

 冷静に視線を周囲に巡らせます。転移した場所は見慣れない構造をした少し薄暗い部屋でした。壁掛けの魔道灯が等間隔で灯り、部屋の中心には布で覆われた本棚らしき物が三列並んでいるのが見えました。私が居る場所はその部屋よりも高い位置にあり、鉄製と思わしき階段が目の前にあります。


 大体部屋の構造を理解した私は、次に腕に取り付けられた枷に目を落とします。腕輪と呼ぶには余りに作りが荒く、囚人が付けている様な物に近い作りです。不思議と重さはまるで感じませんし、リストバンドの様に片手だけに取り付けられていますので、特に不自由はありませんが……。


 私にとって有利になる様な物では決して無いでしょう。


「ユイシィス様、この腕輪は何でしょうか?」


 そう問いかけますと、私に背を向けたままで含み笑いを始めるユイシィスさん。大変無防備ですので、ここで捕えてクラウスさんに差し出すのも悪くないのかもしれませんが……。


「私からのプレゼントだよ。中々シャレた腕輪だろう? それはミズキ嬢の為だけに作った特別製でね。その腕輪を付けている間は一切の能力を使う事が出来なくなる。我が技術の粋を集めて作り上げた、能力遮断の魔道具だ」

「……」


 直ぐに取り外そうと腕輪に手を掛けた所で。


「あぁ、取り外すのは止めた方が良い。その腕輪を取り外そうとすれば、エルノーラが反動で魔力暴走を引き起こし、自我が崩壊するぞ」

「な……!?」


 今、何と言いました? エルノーラさんの自我が崩壊……? 私の能力を封じる為だけにですか?


「何を仰っているのですか? エルノーラさんはユイシィス様のご息女ですのに……何故そのような酷い事を!」

「……確かに私はエルノーラと言ったが。おかしいな、何故ミズキ嬢がエルノーラの事を知っている? 私は一切エルノーラの話はしていない筈だが?」

「……」


 成程……見事に引っ掛かりましたね。エルノーラさんを盾にされて、つい口が滑ってしまいました。一見誘導する為の嘘の様にも見えますけれど、この腕輪を外せばエルノーラさんの自我が崩壊するというのは恐らく本当の事でしょう。


「以前、凄まじい魔力が我が前線基地から感じた事があったが……やはり正体は君だったか、ミズキ嬢」

「……」

「黙っていても無駄だ。何らかの方法で魔力を抑えているようだが、君の魔力は私に筒抜けなのだからな」

「……だとしたら、どうされます?」


 階段の手すりに寄り掛かり、獲物を見つけた狩猟者の様な鋭い目で私を見つめるユイシィスさん。


「別にどうもしないさ。前線基地にどうやって侵入したのかは知らんが、私にとってはそんな下らん罪状など、どうでも良い事だ」


 まだ私の転移魔法には気づいていないようですね。転移能力を作り出す為に途方もない労力と時間を注ぎ込んできたのでしょうから、それを私が容易く扱っているなんて夢にも思わない事でしょう。


「あぁ、どうもしないと言うのは少々嘘になるか」

「……どういう意味ですか?」

「これから君には器になって貰わねばならない」

「……やはりそうですか」

「ほぉ、器が何か知っているのかね。君を調べている間、どうも不審な点が多いと思っていたが……成程魔族の差し金か」

「……」


 直ぐにでも否定したい所ですけれど、ある意味ではそういう事にもなりますので無言で耐えます。私の事を何処まで調べているのか解りませんので、今更知らぬふりをした所でまた先程の様に誘導に引っ掛かるだけでしょう。


「もう一人、君と同じ様な魔力を持った人物が周囲を嗅ぎ回っていたが……君の仲間だろう?」

「……そうです」

「どうにか捕えようと幾度か罠を張ってみたりもしたが……中々に小賢しく失敗に終わった。魔物を放っても綺麗に掃除される始末だ」

「それはそうでしょう。あの人を捕らえられる者など、この世に存在しませんもの」

「中々に面白い冗談だが、口は慎み給え」


 冗談では無く、事実を述べたのですが。やはり信じては頂けませんか。


「どうにか捕える事が出来れば、我が理想郷も目前となるのだが……私の感知区域から外れた為に、追跡が出来なくなった。だがそこにミズキ嬢、君が現れた」


 不敵な笑みを浮かべながら、ユイシィスさんが私の腕を取り、階段を下りていきます。


「また器に逃げられては困るのでね、幾度か間接的に君の能力を調べさせて貰った。身に覚えがあるだろう?」

「……それって、まさかラグナ上空のワイバーンですか?」

「そうとも。遥か昔に途絶した魔法を使い、瞬く間にワイバーンの群れを壊滅に追いやっていたね。実に素晴らしい力だ。だからこそ、封じねばならない。あの戦闘のデータを元に、その腕輪は作られているのだよ」


 異例の魔物が幾度も現れたり、謎の火事に遭遇したりしていたのは、私を調べる為の物だったのですか。どちらかと言えば……完成したばかりの転移能力を実験していただけの様にも見受けられますが。


「過去に異例の魔物が数度現れていたと陛下が言っておりました。それもユイシィス様がなされていた事ですか?」

「あぁ、そうだとも。以前から転移能力自体は完成していた。だが、まだエルノーラが使い物にならず、大量の媒体が必要だった上に転移位置が安定せず、とても苦労をしたものだ」


 その苦労とやらのせいで、どれだけの人が異例の魔物の犠牲となったのでしょうか。平然と言い放つこの人を、やはり許す訳には参りません。


 ユイシィスさんは布に覆われた本棚のような場所の一列目に沿って歩き、丁度真ん中辺りで止まりました。


「さて、長話もそろそろ終わりだ。クラウスと共に私を止めようとしていた様だが、詰めが甘かったな」

「やはり、私の事も勘づいておいででしたか」

「気づかない方がおかしいだろう。だがまだ欲しいデータがある中で、君が学院都市に来た時は流石に驚いた。まさか敵中に飛び込んでくるとは。お陰で下手に手出しが出来ず、とても腹立たしい時を過ごす羽目になった」

「貴方にとって、この学院都市は相当に大事な物の様ですね」

「当然だ。その理由は……実際に見た方が早いか」


 ユイシィスさんが指をパチンと鳴らすと同時に、布が天井に上がってゆきます。徐々に隠れていた物が姿を現した所で……。


 私は目を背けました。


「酷い……」

「酷い? 何がかね。魔族の血を受け継ぐ汚れた地上人風情が、この私の役に立てているのだぞ。これ以上の名誉は無いとミズキ嬢、君も言っていただろう?」


 私の眼の前に現れたのは……囚われた学生達でした。人が一人入れる程度の牢が一列に数十人分並んでいます。牢の中は青白い光で満たされており、恐らくこの中で魔力を奪われ続けていたのだと思います。朽ちて骨だけとなってなを魔力を吸われ続けている方もいらっしゃいます……。


 優秀な学生を研究室に迎えていたのはこの為だったのですね……。


「私はこの地に理想郷を作らねばならない。そして、この腐った世界は一度終わらせる必要がある。その為には……これ以上無い極上の器なんだよ君は」


 未使用の牢に力任せに押し込まれました。手を伸ばす事も出来ず、さながら棺桶に入っているかの様です。牢に錠をかけられ、私は囚われの身となりました。


「さぁ、始めようか。手始めとして、各都市を魔物で溢れさせ滅ぼしてやろう!! 最後はラグナだ。クラウス一人でどこまで抗えるか、大変見ものだな」


 私の牢が青白い光に照らされました。そして解ります、私の中から魔力を吸い上げられている事が。


「ご苦労だったねミズキ嬢。これで君の政務官としての仕事は終わりだ。後はゆっくり休み給え」


 ユイシィスさんがそう言いますと、高らかな笑い声と共に去って行きました。


「行きましたね……。さ、もういいですよ。出てきてください」


 私のスカートの中がもぞもぞと動き、大きくめくり上がりますと、蝙蝠がぴょこんと顔を出しました。


「今の聞いていましたか? クラウスさん」

「あぁ、聞いていた。これで言い逃れは出来んな」

「後は宜しくお願い致しますね」

「ふん、直ぐにヤヨイが貴様を迎えに行く。少し待っていろ」

「はい」

「では、やるとするか。この時を持って迎撃戦を開始する!!」


 凄まじい雄たけびが聞こえてきています。私のスカートの中には、ずっとプリシラ母様の蝙蝠が隠れていたのです。今の会話は全て、クラウスさんに筒抜けとなっていました。


 蝙蝠はパタパタと隙間から外へと抜けだし、私の顔にすり寄ってきます。


「大丈夫ですよ。さぁ、ヤヨイさんの所へ行ってください」


 蝙蝠は私の目の前を数回旋回した後、飛び去って行きました。これで、こちらの作戦も開始となります。

 ユイシィスさんの好きにはさせませんからね。


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