初めての血
「ミツキ様、それ以上魔法を展開したら……貴女の体が持ちませんの!」
「けほっ……けほっ……構いません。本よりもう長くはありませんので。それは此処にいる皆さんが知っている事でしょう? 今癒しの魔法を展開出来るのは私だけですから、出来る事をするだけです」
「ミツキさん……。くそ、女の子一人助けられず、何が騎士団長だ……!」
「ミツキ……」
ぼんやりと会話が聞こえ、沈んでいた意識が浮かび上がってきます。
負傷した私は薄れる意識の中、気力を強く持って倒れないよう耐え続けましたけれど、黒いドレスの女の子が居なくなった直後、そこで意識を失ってしまったようです。
結局の所、私は黒いドレスの女の子に負けてしまった事になりますよね。理由としては戦闘経験が少ない事もありますが、何より力を展開する為の「血」が足りていませんでした。
古代血術という力が私の中にある事を知り、「ワイルドウルフ」を討伐した当初は、その時点で保持していた血が最大容量だと思っていたのですけれど、後々全体の四割程度しか持ち得ていない事に気づきました。
その結果、黒いドレスの女の子の攻撃を凌ぐだけで精一杯で、今の血の残量では反撃に転じる事が出来なかったのです。初めから血を最大まで保持しているか、或いは私の中に眠る魔力で「魔法」を展開できていれば、少しは違っていたかもしれませんね。
そのような事を考えていますと。
何か……とても暖かくて、柔らかな羽のような物に包まれている感覚がありました。いえ、暫くその状態だったのでしょう、ようやく私が気づいた形です。腹部の痛みも大分和らいでいるようです。
「……」
ゆっくりと目を開けますと。
四人が私を囲むように見下ろしていました。何方も不安と焦りが混じったような表情で私を見ていましたけれど、次第に笑顔へと変わっていきます。
「ミズキ!」
「ミズキ、気づきましたのね!」
ウェイルさんとシルフィさんが嬉しそうに語り掛けてくれました。出会って間も無いですのに、私の事をここまで心配して下さるなんて。
「ミズキちゃん、良かった。気づきましたね」
「ん、ミズキ痛くない? 平気?」
次にミツキさんとイグニシアさんが私に語り掛けてくれています。二人は水に濡れていたり、何かの返り血がついていたりしていて、全身が汚れていました。はぐれた後、必死に私を探してくれたのでしょう、更に申し訳ない気持ちで一杯になります。
「心配かけて……御免なさい」
「ええ、とても心配しましたよ? 怪我をしている事は遠目にも解っていましたが、慌てて駆け寄ってみれば……いつ死んでいてもおかしくない程の重症を負っていたのですから」
「ん……もう駄目かと思った……。本当に良かった、ミズキ」
初めて会った時から、二人にはいつも助けて貰ってばかりですね。そして、今回は更に心配までかけてしまいました。ふいに首を上げ、自分のお腹に視線を向けますと、布が巻き付けられているのが解りました。
「ミズキちゃん、まだ動いては駄目ですよ? 止血しているとは言え、傷は塞がっていないのですから」
正直申しますと、布を巻いただけではお腹の穴を止血する事は出来ないと思いますし、痛みが消える事も無いと思うのです。
「あの、先程何か暖かな感じがして、痛みも余りありませんけれど、私に何があったのでしょう?」
「ん……ミツキが癒しの魔法を展開して、ミズキの血を止めてた」
どこか悲しそうな顔で私の疑問に答えてくれるイグニシアさん。ミツキさんが私に魔法を……。何か、先程目が覚める直前にそのようなお話をしていたような。
「ミズキちゃん。負傷は貴女自身で治さなければなりません。ですが、恐らく血が足りて居ないのでしょう? さぁ、直ぐに私の血を吸って下さい」
ミツキさんがそう言いますと、上着を脱いで肩を露出させました。下着の肩紐を外したミツキさんがとても艶めかしく目に映ります。
あぁ……とても美味しそうです。
初めての血への渇望。先ほどまでは別段、血が欲しいという欲求は無かったのですけれど、ミツキさんの首筋を見ましたら、もう血の事しか考えられない位に「吸いたい」気持ちで一杯なのです。この衝動は……とても我慢できそうにありません。
「ミツキ様、その行為は私が変わりますわ。今の体調で貧血になりましたら、貴女の体が持ちませんもの!」
「大丈夫です。この子の面倒は私が見ねばなりません。旅に連れ出したのは私なのですから」
「ミツキ、違う。我儘言ったのは私。私がミズキに血をあげる。その役目は私の物」
三人の女の子が「吸血行為」の役目を取り合っています。ミツキさんの体調が良く無いようですけれど、今の私は血への渇望が上回り、彼女を気遣う余裕すら無くなりかけています。
皆、とっても美味しそうで……。出来る事なら、三人から血を頂きたいです。負傷などしておりませんでしたら、今すぐに三人を押し倒してしまいたい。
……って。
何考えてるのですか私!?
自分の顔が真っ赤になっているのが解ります。でも、ミツキさんの首筋を見ておりますと、それだけで……。あぁ駄目、私おかしくなりそうです……。
「ミズキ。御免、何もできなくて。とても歯がゆい気持ちだよ。出来る事なら無理やりにでも僕の血を分けてあげたい所だけど、男では駄目だからね」
一人で悶えている私に、苦笑気味にウェイルさんが語り掛けてくれます。
古代血術を展開する為には、「女の子の血」が必要なのですけれど、その事はシルフィさんもウェイルさんも知っていた様子ですね。
やがて、ミツキさんはシルフィさんとイグニシアさんに体調を気遣われ、渋々ながら首筋をしまい込みました。私に血を下さる方は、魔力だけを見れば三人の中で一番高いイグニシアさんに決まったみたいです。
ミツキさんの代わりに、イグニシアさんが服をはだけさせ、可愛らしくも魅力的な首筋を露出させています。長い髪を束ねて、うなじを見せる仕草にドキドキしてしまいます。私と同じ位の少女ですのに……。
「ん、ミズキ……ほら。吸って」
「イグニシアさん……」
イグニシアさんが私をゆっくりと抱き起し、顔を首筋へとあてがうように抱きしめます。
「あぁ、イグニシアさん、私……もう」
「ん、ミズキの好きにしていい」
「はい、有難うございます」
そして、私は初めての「血の補充」を行いました。
「ん……! ふぁ……あ、あぁ!」
彼女の首筋に嚙みついた後に広がる血の味。同時にイグニシアさんが出す艶めかしい声。
この血の味には、どんな食事も叶う事は無いでしょう。初めての血の味に、私の頭の中が蕩けてしまいそうです。
「……あ、あぁ……ん。ミズ……キぃ……」
イグニシアさんが私を抱きしめる力が緩まりましたので、私の方から抱きしめ返して「吸血行為」を続けます。無抵抗の彼女を抱きしめながら行う「吸血行為」は異様な背徳感を感じました。
血を元々保持していた四割程度まで補充出来た私は、名残惜しくもイグニシアさんの首筋から口を離します。血を限界まで補充するには、後数回「吸血行為」が必要のようです。
「イグニシアさん、有難うございます。とっても、とっても素敵でした」
「……ん。私も……ちょっと、よかった……」
顔を赤らめながら、謎の満足感を感じている様子のイグニシアさん。痛みや不快感は無いようですので、一先ず安心しておきます。
早速イグニシアさんの下さった血を使い、お腹の負傷を癒しますと、みるみる内に傷が塞がっていきました。得られた血がとても素晴らしい物でしたので、それが再生速度にも大きく現れているようです。
血への欲求が満たされた私は、四人へ改めて感謝の気持ちを伝えた後。
しばしその場で皆さんのお喋りが始まりました。
皆さんのお話を聞いている限り、全員面識がある様子でした。久しぶりに会ったようですので、私の回復後、四人の会話が弾んでいます。そんな四人を微笑ましく思いながら、私はこの部屋で起きた事を改めて思い起こしていました。
事の経緯は、「私しか見えない謎の魔法陣」があった事から始まったのですよね。
どうして私だけに見えて、しかもこの「古代魔法具庫」へと直接繋がっていたのでしょうか。今なら皆さんも魔法陣を信じてくれるでしょうから、この謎をハッキリさせませんと。万が一、私のように見える冒険者さんが現れれば、大変な事になりますので。
そして、この暗い部屋で一人、辛く寂しい思いで長い時を過ごし続けた黒いドレス女の子。彼女は何処に行ってしまったのでしょうか。「古代魔法具」を吸収する、という目的があるようでしたので、もしかすると他のダンジョンに行った可能性も考えられます。
彼女が何か大事を起こす前に、行動を阻止せねばなりません。それが初めに見つけた私の責任だと思います。いいえ、私が阻止したいのです。
それともう一つ。
皆さんに聞かねばなりません。
四人の関係、そしてミツキさんの事を。




