適正試験
全く自慢にもなりませんけれど、私は生まれてから今日まで、他の方と会話を交わした人数は数える程度しかおりません。にも関わらず、その殆どが何処かの国の王女様や皇帝さんとの謁見ばかりなのです。ですので、こうして人間さんの子供達とお話しする機会は初めての経験と言ってもいいでしょう。
最近血の補充を余りしていない事もあり、自分が人では無い事を忘れそうになります。それでも女の子の首筋が視界に入りますと、無意識に美味しそうと考えてしまいますけれどもね。
などと考えている間にも、周囲の学生さん達からの質問は続いています。
「ねぇねぇ、何処の都市から来たの?」
「あの、ラグナからです」
「ミズキさん、支配層の子って普段からそんなに綺麗なドレスを着ているの?」
「ええと……まぁ、そうですね」
「髪綺麗ー。触ってもいいー?」
「は、はい、どうぞ」
このクラスには支配層の子がいらっしゃらないと言う事もあり、身分が上の方は普段どの様な日常を過ごしているの? との質問を受けました。他のクラスでしたら、恐らく一人や二人は支配層の子が在籍していると思いますし、質問をする機会も多いと思うのですが……。クラスC自体に支配層の方がいらっしゃらないのでしょうか?
普段どの様に過ごしているかと言われましても、流石に答えられない質問ですので、返答に困り口籠る私。代わりにヤヨイさんが「その質問にはお答え出来ないのです。御免なさい」と言って下さいました。
ヤヨイさんのお陰でどうにかその場をやり過ごす事が出来た所で授業の時間となり、実技訓練用地へと移動していくクラスの皆様。私達も後をついて行く形で移動します。
ヤヨイさんは相変わらず嬉しそうに隣を歩いていますけれど、こうして傍に居て下さって本当に助かりました。私一人でしたら、きっと質問攻めの中で泣いていたかもしれません……。
「あの、ヤヨイさん有難うございます」
「はい? 何がでしょう?」
「私の代わりにクラスの方々へご返答を返して下さって」
「あ、その事でしたか。ミズキ様の立場を考えれば、この大陸に住む方々の事を聞かれても困ると思いましたので」
「はい、実際に困ります……。ヤヨイさんが傍に居て下さいますと、とても心強いです」
「この程度の事でもお役に立てたなら、ヤヨイも嬉しいです!」
にこーっと笑顔でその様に言いますので、つい手が出てヤヨイさんの頭をなでてしまいました。こんなの、なでずには居られません。何て純朴な娘さんなのでしょう。
「ミズキ様の手、とっても心地が良いですね」
「そ、そうですか?」
「例えるならば、水の中をゆらゆらと漂う心地よさという感じです」
「それは大変不思議な感じですね……」
水の中を漂うような感じのなでなで。その様な事は初めて言われましたけれど、その部分だけを羅列すると意味不明です。
あ、ついヤヨイさんの可愛らしさに気を取られて大事な事を忘れる所でした。
「あの、ヤヨイさん。魔道武器についてお聞きしたい事があるのですけれど」
「はい、何でしょう?」
「私、魔道武器を扱う所か触った事も無いのですけれど、大丈夫でしょうか?」
「あ、確かに初めてなら不安に思うかもしれませんね。でもミズキ様なら何も問題は無いと思いますよ。魔道炉を介さずに直接魔力を放つ、魔法を扱えるのですから。魔道武器とはつまり、魔法を直ぐに扱える様にした物だと解釈して頂いて構いません」
成程……つまり魔道炉が魔法の詠唱を全て行ってくれる様な物ですね。通りで魔道武器を持つ兵士さん達は魔力の塊を直ぐに放つ事か出来る訳です。
「解りました、有難うございます」
「あ、もう一つだけ。魔道炉は大きさによって持ち主の魔力を受け止められる総量が違います」
「総量、ですか」
魔道炉は武器に限らず普段の生活でも使われる物ですが、用途によって大小様々な形をしています。それは大きさが魔力総量の違いを表しているからなのですね。
「つまり、武器ごとに扱える魔力に限界があると言う事ですよね?」
「はいそうです。流石はミズキ様、ご理解が早いです。先程の授業でも申しましたけど、自分に合わない魔道武器、つまり総量に合わない小さな魔道炉に魔力を反応させると、結晶が魔力を受け止め切れず魔道武器が壊れてしまいます。限界を超えた魔力結晶はやがて暴発し、所有者の命を奪う所か周囲も巻き込んだ魔力爆発を引き起こします」
これは魔法を扱う場合も同じですね。大きな魔力を持つ方が中途半端な知識で魔法を展開しようとすると暴発します。魔道武器と魔法の仕組みは多少違いますけれども、基本的な所は一緒なのでしょう。
「魔道武器を扱う際には気を付けないといけませんね」
「はい、大抵は魔道炉の大きさを見れば自分の魔力を受け止められるかどうかが解ります。極端に言えば、人のこぶし程の大きさの結晶であれば余程強大な魔力でも無い限り受け止められると思います」
ヤヨイさんは続けて「そんな大きい結晶を備えた武器なんて、重すぎて誰も扱えませんけどね」と苦笑しつつに言いました。
その余程強大な魔力というのはどの程度の事を指すのか解りませんけれど、ヤヨイさんが持つ刀は柄がそのまま魔道炉になっているような作りだったと記憶していますので、人が扱う限界はその辺りなのかもしれません。今は学院内ですので、刀は布に包んでいます。
「あ、どうやら着いたようですよ」
ヤヨイさんの言葉で先を行くクラスの皆様へと視線を向けますと。初等部の中庭の隅に、大きな広場が数か所に別れて点在しているのが見えました。獣人の街にあった闘技場の様な場所もあるようです。恐らく模擬戦等を行う為の物でしょう。
「皆来たわねぇー。第二実技訓練用地まで集まってー」
先生が既に広場で待機しており、私達に向けて手を振っています。変な方だと思いましたけれども、根はとても真面目な方の様です。そうでも無ければ、次の世代を背負って立つ子供たちの道標になんてなれませんものね。
「はい集合ー。皆いるわねー?」
学生の皆さんが元気に「はーい」とお返事を返しております。クラスの中には中等部に近しい感じの年齢の方も多くいらっしゃいますが、中には十歳前後の子も同じ位いらっしゃいますので、全体的に無邪気な印象を受けます。私にお付き合いを申し込んできた子も十歳前後でしたので、とってもおませさんなのです。
と、思いましたけれども、この大陸でも十歳もあれば一人前として扱われるのかもしれません。私達の大陸では十歳もあれば働けたと思いますし。
「今日も基本的な魔道武器の扱い方を実技するわよー。ですがその前に、ミズキちゃんとヤヨイちゃーん。前に出てきてくれるかしらー?」
クラスの皆さんの後ろに居た私達は先生の呼び出しに応じて前へと出てゆきます。謁見の際も思いますけれど、人前に出るのはとっても恥ずかしいのです。
「はい、ミズキちゃんとヤヨイちゃん、訓練用の魔道武器よぉ。ちょっと魔力を反応させてくれる?」
そう言って先生から私に差し出されたのはショートソード。柄の部分にとても小さい魔道炉が備え付けられています。一先ず剣を受け取りますと、先生は次にヤヨイさんにとても大きな杖を差し出しています。ですが、ヤヨイさんはじーっと杖を見つめたままで受け取りません。
「先生様、大変申し訳ありませんがこの魔道武器は受け取れません」
「へ?」
「恐らくその杖はヤヨイの魔力に合わせてご用意下さったのだと思いますけど、その杖をヤヨイが使った場合、周囲一帯が吹き飛びます」
「えぇ!? そんな筈無いんだけどぉ。この杖は位階者が持つ魔道武器と同等の魔道炉が付いているのよ? とても大きな魔力を持つ子が編入してくると聞いて、学院長が特別に取り寄せた逸品なんだけど……」
ヤヨイさんが持つ魔力は国家指定級にも届く程の大きさですので、並の人間では測る事が出来ません。五姫位の魔力を持つ者でもない限り、国家指定級と同等かどうかすらも解らないのです。
人の身で考え得る、最高の魔道炉を用意したのだと思いますが……。
「見た所、その魔道武器を扱うのに丁度良い適正者は位階者十位前後だと思います。残念ながら、それではヤヨイの魔力には耐えきれません」
「あの……位階者十位って十分な総量だと思うんだけどぉ……。どういう事なの……」
ヤヨイさんが位階者上位という考えが出てこない様です。先生にはヤヨイさんの立場について知らされていない様ですね。まぁ、クラウスさんがわざと隠しているのかもしれませんけれど。
先生は悩んだ末に、「んー……じゃあ先にミズキちゃんからお願いできる?」と私に向けて言いました。けれど、慌ててヤヨイさんが「待ってください!」と止めに入ります。
「ヤヨイちゃん、余り先生をいじめないでよぉ……支配層の子には怒る事も出来ないんだからぁ」
「あ、あのあの、御免なさい。でも大事な事ですから。ミズキ様からはそれ程の魔力は感じられないかもしれませんけど、ショートソードなどでは間違いなく暴発します。例え杖の方でも全く足りていないと思うのです」
「……」
先生がしゃがんで頭を抱えてしまいました。それはまるで、私達のような問題児にはどう対応すべきか悩んでいる、といった感じです。不憫です……。事情が解らない先生からすれば、私達は授業を妨げる変な子なのかもしれませんね。
「仕方がありませんね……。先生様、これを見て下さい」
そう言って、ヤヨイさんが布から刀を取り出し、先生に見せます。
「な、何よそれ……!?」
先生がヤヨイさんが持つ刀を見て驚愕の声を上げた後、周囲の学生さん達もざわめいています。
「凄い、何あの魔道炉……」
「魔道船の魔力結晶?」
「授業で習ったのと全然違うねー」
まだ魔道炉の知識が乏しい私でも、ヤヨイさんが持つ刀は規格外な逸品だと言う事は解ります。例えて言いますと、私が持っているショートソードが銅貨程度の物であるとすれば、ヤヨイさんの刀はお城よりも大きい極大の宝石です。この二つの武器には天球と地上程の差があります。
「ヤヨイが持つ刀は特別製です。このひと振りで、魔道船を地方都市から北方都市まで飛ばした上、一ヵ月は往復できる程度の魔力総量を持っています」
「い、一ヵ月!? いえ、そもそも魔道船って……。えーと……あれぇ?」
とうとう先生が混乱してしまった様子で、流石に不安になる私。
「あの、先生……」
「み、皆ちょっと自習してて。先生、学院長と話してくるからぁ!!」
胸を揺らしながら慌てて走ってゆく先生。ちょっと涙目になってました。ヤヨイさんがオロオロしてますので頭をなでて落ち着かせます。
ここは本来、まだまだ基礎の基礎を教える初等部の、一番下のクラスです。先生が混乱してしまうのも無理は無いのかもしれません……。
その後、二十分程その場で待機しておりますと、先生が更に他の先生を複数人伴って戻って来ました。どの先生方もヤヨイさんの刀を見た瞬間に驚いている様子です。そして先生達が話し合い、ヤヨイさんの刀で適正試験を受ける事になりました。
刀の持ち主であるヤヨイさんは当然の様に大きな魔力を刀に反応させ、魔道武器適正即合格です。次に私の番になり、ヤヨイさんから刀を受け取って魔力を反応させた所。
突然大地が揺れだしました。
「な、何ですか!?」
一番に驚いたのは先生達では無くヤヨイさんでした。その後刀が光り出し、手の中で振動を始めます。だんだん不安になってきました。もしかしてこれって……。
「ミズキ様! 直ぐに魔力反応を止めて下さい!!」
「は、はい!」
魔道炉に反応させていた魔力を打ち切りますと、大地の揺れと刀の振動が少しずつ静まっていきました。
「あの、これって……」
「間違いありません……ミズキ様の持つ魔力は魔道炉の魔力総量を越えていました。あと少し止めるのが遅かったら暴発していました……」
ヤヨイさんの刀を以てしても、私の魔力には耐え切れなかったようです。その適性試験の後、私達はクラスSに移動となったのでした……。




