謁見再び
ヤヨイさんにもお手伝い頂ける事になったその日の夜、シャウラさんと魔力の痕跡についてお話しておりますと。
「帰りが遅くなりました。申し訳ありません」
入り口の扉が開くと同時に、本当に申し訳なさそうに謝るエイルさん。時計は22時を刺しており、少し心配になっていた所です。
クラウスさんから王族と同等の貴賓扱いを頂いていますけれども、流石に真夜中の時間にお城へ帰還などしておりますと、門兵さんが職務上困ってしまうでしょうね。
「お帰りなさいエイルさん。メイドさんに食事を用意して頂きますか?」
「いえ、食事は済ませて来ています」
「解りました。それでしたら代わりに紅茶を淹れますね」
「有難う御座いますミズキ。入浴の前に頂いておきます」
話しながら綺麗な紫のドレスを衣装棚に掛け、寝巻に着替えるエイルさん。それと同時に浴室に入る準備などもしています。そんなエイルさんの後ろ姿を、シャウラさんは少しむっとした表情で見ていました。
「エイルよ。こんな時間まで情報収集をしていた、という訳ではあるまい? 何があったか申してみよ」
「それは……その」
エイルさんにしては珍しく口籠っています。普段でしたら淡々と情報を述べた上でシャウラさんで遊ぶ方なのですけれど。
「あの、エイルさん。何かあったのですか?」
「べ、別に何もありません。それより、聞き込みの範囲を酒場から支配層が利用するカフェに広げてみましたが、残念ながら元の大陸への帰還方法についての手がかりは今日も得られていません」
一見いつも通りに今日の報告をしている様に見えますけれど、普段鈍感な私でもエイルさんが焦っていると解る程度にはいつもと違う感じがします。
「その代わり、序列者であるエリック様にお会いした所、手厚いご協力を頂ける事になりました」
「あ、お話は成功したのですね、流石エイルさんです。実は今日、私達の方でもちょっとした進展がありました。ヤヨイさんとお友達になりまして、今後は色々とお手伝いして頂けるそうです。今日はもう遅いですので、詳しくは明日の朝にお話ししますね。元老院についてなど色々ありますし」
「その様子だと何かあったようですね。そこは明日聞くとして、一先ずは魔道帝国・位階一位ヤヨイの助力を得られた事はとても大きいです」
私とエイルさんがお話ししている間、シャウラさんはテーブルに頬杖をつきつつジトっとした目でやり取りを見ているようです。エイルさんが着替えなどを終わらせて此方へとに近づいてきますので、ティーカップの用意などをしつつ。
「ふん、まぁよい。エイル、引き続き明日も頼むぞ」
「はい、明日はエリック様のお屋敷で行われる茶会の席へ招かれていますので、そこで少し聞き込みをしてみる予定です」
「わぁ、茶会ですか。序列者さんが主催ともなりますと、きっと沢山の支配層の方々が出席するのでしょうね」
「エリック様に茶会のぅ……」
シャウラさんは紅茶を飲み干し席を立ちますと、ベッドがある方へと歩いて行きます。交代する様にテーブルの席に座るエイルさんへ紅茶を淹れて差し出しますと、「エイルよ」と言いつつシャウラさんが振り返りました。
「何でしょうか」
「古代魔法具によって得る事が出来た二度目の人生、それをどう謳歌しようと我は構わぬが。余りこの大陸の者に深入りするでないぞ。後に辛い思いをするのは貴様だけでは無いのだからな」
「……」
それだけを言って、シャウラさんは先にベッドに入って行きました。どういう意味かはいまいち解りませんけれど、エイルさんが俯いておりますので、深く聞かずにそっと頭をなでて差し上げました。場違いな気もしますけれど、私にはこれしかないのです……。
暫く無言だったエイルさんは俯きつつ「有難うミズキ。そして……シャウラ。主である貴女に隠し事は出来ませんね」と呟いていました。
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クラウスさんに謁見の申し入れをしてから三日が経ちました。
今日は位階者の定期報告も兼ねた私の謁見が執り行われる日です。その合間、シャウラさんとエイルさんは自室で待機となります。位階者の面々に二人を説明すると色々と面倒な事になりますので。
今いる場所は広大な謁見の間でアクアリースよりも軍事的な印象が強く、甲冑と国旗が部屋の一定箇所に配置されています。そしてクラウスさんが座る玉座は大きな作りになっていて、背もたれがとっても長いのです。
その玉座より一段下げた両脇に、位階者上位者が別れて整列していて、私はクラウスさんの前で膝をついた状態です。
「ミズキ。定期報告と謁見を兼ねさせてすまぬな」
「あの、色々とお忙しいでしょうし、私は構いません。あ、いえ、ええと……この度は謁見の機会を与えて下さり、大変光栄に」
「無理に慣れぬ言葉遣いをするな。楽にしていろ」
「あぅ、はい……」
クラウスさんと正式な謁見を行うのはこれが初めてとなりますが、やっぱりこうした空気には慣れません。どうしても緊張してしまって……。今日は位階者の更新の日でもあり、空席になっていた五位と八位が埋まります。そして新たに二名が位階者の仲間入りをする事になるのですが。
そんな重要な定期報告会に私の様な位階者最下位が顔を出せる筈がありません。そこで、こうして正式な謁見を兼ねる事で、堂々と定期報告にも参加出来るという訳なのです。この案は他ならぬクラウスさんから頂きました。
「先ずはミズキよ。東正門で起きた火事を瞬く間に消化し、巡回任務にあった小隊の命を救ったそうだな」
「あ、それは、ええと……」
「現場に居た者の証言、そして居合わせたヤヨイが貴様の働きぶりを称賛している。位階者になって早々に手柄を立てるとは。この俺の目に狂いは無かった様だな」
慌てる私を置いて話を進めていくクラウスさん。私が舌足らずなのを察したのでしょうけれど。いずれちゃんと喋れるようにしないといけませんよね。仮にも一国の王女である母様の娘なのですし……。
周囲の上位者さん達もヤヨイさんからの報告を受けたらしく、それぞれ私の働きぶりを褒めて下さいました。
「空席になっている五位と八位はそれぞれ順当に繰り上げで埋まるが、今回の功績を鑑みて……十位にはミズキを据えるつもりだ」
これには多少「時期尚早」という声が上がりますけれど、私自身もそう思います。いくら何でも位階が上がりすぎます。そもそも位階者になったのは、元の大陸に帰る方法を探す傍らでお手伝いをする為だったのですし、上に繰り上げられますと自由に動けなくなりそうです……。
「ヤヨイに異論ありません!」
「……私も無い」
ヤヨイさんと位階者二位の方が何の迷いも無くクラウスさんの案に賛同しています。其の後、女性陣全ての賛同を得られた事であっさりと可決され、私は望まぬまま十位になってしまいました。もしかして、私クラウスさんに騙されたのでは……。
其の後、各都市や地方の近況報告をクウラスさんが求めましたので、私は十位の件で異議を申し立てられなくなり黙って聞いていました……。
「陛下、続いて東の沿岸都市アルテナからの報告ですが」
「沿岸都市か。珍しいな、何があった?」
「何やら遠くの海域から大きな魔力を複数感じるとの事で……」
「何だと……?」
「特に近づいてくる様子も無く、動きも無いようなので陛下のお考えを頂きたいとの事」
「現状維持だと伝えろ。陸地に近づいて来るようならば、直ちに近隣の位階者を動員し対応に回せ」
「はっ!」
「万が一と言う事もある、ヤヨイ現地へ視察に向かえ」
「解りました」
お話を聞いておりますと、海に大きな魔力を持つ何かがいるようです。魔物の類だとは思いますが、動かないというのは不可解です。少し気がかりですが、ヤヨイさんが向かうのであれば問題は無いでしょう。
「報告は以上の様だな。ではミズキ待たせたな。ここからは貴様の謁見と行こうか」
「あ、はい」
ようやく私の謁見が始まりますが、クラウスさんとお話ししたいのは元老院についてなのです。正直申しまして、周囲に位階者上位の皆様がいらっしゃると話しづらいです……。
「さて、ミズキ様の謁見のお邪魔をしてはいけませんね。ヤヨイ達は退出致しましょう」
私の気持ちを察して下さったらしく、謁見の間から皆様を連れ出して下さるヤヨイさん。持つべきものはお友達ですね。
謁見の間に私とクラウスさんのみとなったのを見計らい、質問を始める私。
「あの、お聞きしたい事があります。実は私とヤヨイさんは数日前、火事の調査の途中に元老院へ行きつきました。元老院とはどの様な場所なのか、教えて頂いても宜しいでしょうか?」
少しだけ無言で私を見ていたクラウスさんは、何やら溜息をついた後に「成程……」と何か納得した様子。
「……転移魔法によって、とある場所に移動したと既にヤヨイから報告を受けている。詳しい内容は貴様自身が謁見で話すとの事だったが。まさか、行き先が元老院とはな……」
他言無用とシャウラさんから言われていた事もあり、ヤヨイさんは最低限の報告だけをクラウスさんに行った様です。別段クラウスさんになら全てをお話ししても問題はないと思いますが、それをしないヤヨイさんが微笑ましいです。
再び沈黙が場を支配し、クラウスさんはしばし何かを悩んでいる様子でした。やがて意を決した様に「見られた以上話せねばなるまいか……」と、呟きますと。
「俺はこの大陸の初代皇帝の血を引いてはいるが、直系では無い。正当な後継は別にいるのだ」
「え?」
「貴様は見たのだろう? 羽の生えた娘を」
「はい、エルノーラさんですよね」
「本来この大陸の王となるべき存在は天翼人だが、とある理由により俺が代わってこの大陸の統治を行っている」
それはつまり、クラウスさんは本当の皇帝さんでは無いという事ですよね。お話しから察しますと、本来の皇帝はエルノーラさんの親、という事になるのでしょうか。
ええとこれは……。どうしましょう、魔力の痕跡についてお聞きしても良い物でしょうか?




