魔力の先
さて、調べると意気込んでは見た訳ですけれども。
何の手がかりもありませんので、どうしたものでしょうと考え込む私。異例の魔物と火事。どちらも共通点は特に無いように思います。人為的なのは間違いないと思うのですが、私を狙っての事なのかはまだ確証に至っていません。
「はぁ……」
ふとヤヨイさんの溜息が聞こえ、そちらに視線を向けますと。焼け落ちた木の残骸を悲しそうに見つめていました。人命は救えましたけれど、焼けてしまった森は広範囲で景観を損ねてしまっています。
「沢山木が無くなってしまいましたね……」
「はい……。東から北にかけて広がるこの森はとても美味しい木の実や果物が採れる事でも有名で、行商人や旅人もこの森に立ち寄る事が多いと聞きます。魔物との遭遇は異例でもなければ先ずありませんので、街の人々もたまに訪れる、そんな場所だったのです」
「素敵な森だったのですね」
知ってか知らずかは解りませんけれど、そんな森を焼き払うなんて、一体何処の何様なのでしょうか。あと少し遅かったら、人の命まで奪われていたのです。いくら温和な私でも、これ以上酷い事をするようなら黙っていません。
「すみませんミズキ様。それでは調査を始めましょうか?」
「はい。あのでも、この森はどうするのですか?」
「御心配には及びません。ここにも街道を通す案を序列の方に持ちかける予定です。街道は森の外側を沿うように作られているのですが、東門までは少し遠回りなのです。そこでこの焼けた区域へ街道を通す事で交通の利便性が上がり、小隊の巡回も円滑に行う事が出来ます」
ただ悲しんでいるだけでなく前向きに物事を考える姿勢は成程、流石は全ての兵士の頂点に立つ方だと感心してしまいます。
「それではミズキ様、どうしましょうか?」
「あ、はい。ええと……では少し歩いて何か手がかりになりそうな物を探してみましょうか」
「はい、解りました」
焼け落ち、水に濡れた木片が散乱する地面の上を転ばない様に歩き出しますと、ヤヨイさんは軽快な身のこなしでヒョイヒョイと軽く飛びながら、どんどん先に進んでいきます。普段から鍛えていらっしゃる方はやはり違いますね。
「ヤ、ヤヨイさん待ってください~」
「……あ、すみません! ついいつもの調子で……」
「いえ、私の体力の無さが悪いのです……」
私は剣士とかではありませんので、鍛錬などは一切していません。それでも動体視力や身のこなしはそれなりに自信はあるのですけれども。そもそも私は古代血術や水魔法を展開すれば大体は解決してしまう為、殆ど動く必要が無いのです。
その場で待っていたヤヨイさんに追いつき、一安心した所で、右手に街道が見えました。この街道はまっすぐ東に向かっている訳では無く、北東に向けて伸びているそうです。
「歩きづらいでしょうし、一旦街道に出ましょうか?」
「あの、はい。すみません」
「ふふ、いいのですよ。ミズキ様のお陰で街道は何事も無く無事なのですから」
「火事の合間は人の通りは無かったようですから、特に私と街道は関係ない気がするのですけれども……」
などとヤヨイさんとお話しつつ、街道へと出た所で。
「……ん?」
「どうしました、ミズキ様?」
「微かに、街道から魔力を感じます」
「……あぁ、これは魔道の力を使った後に残る魔力の痕跡の様な物ですね。例えれば残り香の様な物でしょうか」
「魔力の痕跡……」
街の中ですと、魔道炉が使われているのは当たり前の事ですので、僅かに残る魔力には気にも留めていませんでした。誰かの魔力と勘違いしていた位です。魔道炉を使うと、僅かながら魔力がその場に停滞する性質がある訳ですね。また一つ賢くなりました。
ですが、当然疑問点が生まれます。
「ヤヨイさん魔力を感じる一点以外、周囲には一切魔力を感じませんよね?」
「はい、広範囲に意識を集中していますが、魔力はミズキ様と兵士の皆さんの分しか感じません」
「では、先程まで誰かここに居たという可能性は?」
「小隊がここを通った可能性はあります。ですが、魔道武器は無暗に使用する事を禁じています。ですので、こんな変哲もない場所にたった一つだけの痕跡が残るなんて普通はあり得ません」
「……」
ヤヨイさんのお話しに更に付け足すとするならば。小隊は街道から森へ入った際に謎の火に襲われています。つまり、街道にいた時点ではまだ何も起きていない事になります。結局森の中でも魔道武器は使用していなかったようですけれどもね。
では……街道の上から感じるこの魔力の痕跡は一体何なのでしょうか? ここで私が気付かなければ、人知れずこの魔力の痕跡は消え去っていた事でしょう。そう考えますと、少々不気味でもあります。
「ミズキ様。もし仮に、誰かが魔力の痕跡を残したとしても、ここに居た時点でヤヨイが気付く筈なのです。ですから、ここで誰かが魔道炉を使用した可能性は極めて低いと思います」
「そうですよね……」
焼けた森の区域と街道は近いですので、当然私も気づいていた筈です。それこそシャウラさんのような魔力を感じない存在ならば別ですけれども。
「後は……理論上不可能とされる転移でもない限りは……」
「……」
ヤヨイさんの呟きに引っ掛かりを覚える私。
転移は遠くに移動できる能力ですが、人以外も通れます。でなければ転移した瞬間に裸になってしまいますもの。つまり……。
異例の魔物と火。一切共通点は無いように見えましたが、たった一つありました。どちらも転移された物だと言う事です。
「またヤヨイさんに助けられました」
「はい?」
「転移です。異例の魔物も突然の火も人為的に行われていたのでしたら、転移なら全て説明が付きます」
「……いえ、でも転移は不可能な事で……」
訝し気になっているヤヨイさんの思考を置き去りにして、私は考えます。どうにかこの今にも消えそうな魔力の痕跡の出所が解らないものでしょうか、と。
転移と言えば……私の転移魔法は水鏡。対象を映し出す鏡です。なら……魔力の痕跡を映せば、出所に移動出来るのでは。
「ヤヨイさん。転移は不可能ではありませんよ」
「え……?」
「この世界には、少なくとも三人転移能力を持つ者が存在します」
「三人!?」
「そして……私がその三人の中の一人です」
手の平を前に差し出し水を呼び寄せます。そして水を細く伸ばして円を作り、人が通れる程の姿見鏡を作り出しました。
「嘘、ですよね……? 長い歴史の中で何度も転移実験は行われましたが、魔力結晶が負荷に耐えられず誰一人として成功した例は無いのですよ?」
「それはそうでしょう。人の身では転移を扱えるほどの魔力は作り出せませんもの」
「ミズキ様、何を仰って……」
作り出した姿見鏡を魔力の痕跡が感じられる場所へと設置します。そして一気に魔力を込め、展開します。
「来なさい、水鏡に映せし境界よ」
姿見鏡から凄まじい光が溢れ出します。光は水で出来た縁の中で少しずつ鏡の一部と化し、別の空間が映し出されてゆきます。
「ま、まさか……本当に転移能力……?」
「はい、これが私の転移魔法です」
映し出されたのは、何かの建物の様ですが見覚えはありません。
「では行ってみましょう」
「え、行くって何方へですか?」
「勿論、この鏡の中にですよ」
「え、え?」
私はヤヨイさんの手を取って鏡の中へと入ってゆきます。後ろを見ますと、ヤヨイさんが覚悟をしたように目を瞑っていて微笑ましいです。そして、通り抜けた先の景色を見回してみますと。
空に浮いていました。水鏡に映っていた建物は目の前にありますが、地面が無いのです。
「な、何ですかここ!?」
「ここは……」
ヤヨイさんが地面の無い空の上を歩く様に宙に浮いた建物へと近づいていきます。
「間違いありません。ここは元老院です」
そう、ヤヨイさんが私に振り返って言いました。




