暗闇の中の二人
このような暗い場所、それもダンジョンの中で膝を抱えて座っておりましたら、誰でも警戒程度はすると思いますので、保護を求める形でありのまま、置かれた現状をお話する事にしました。
「あの、私は不注意で魔法陣に乗ってしまいまして、気づいたらここに居たのです。明かりが無く、仲間ともはぐれてとても困っておりました」
ここで何をしていたのかに対して返答をした所、目の前の少女は警戒を更に強くし、訝し気に私を見下ろしています。
「魔法陣……?」
「はい」
「……」
目の前の女の子は明らかに私を好意的には見ておらず、殺気まで放ち始めました。言葉を交わす度に、目の前の女の子との隔たりが出来ていくような感覚さえあります。
「貴女、「ここ」が何処か解って言ってますわよね?」
「ここ、ですか?」
「ここは「古代魔法具庫」ですわよ。ここに繋がる入り口は一つしかありませんし、一人で立ち入る事など不可能ですわ」
「え!?」
目の前の女の子が言った事に驚きを隠せない私。恐らくダンジョン内の目的地だと思われる場所に転移してしまったようなのです。ダンジョンの入り口からそれ程離れていないような所に赤い模様の魔法陣があった訳ですけれど、魔方陣が見えさえすれば誰でもここへ来る事が可能なのでしょうか?
「あの、私は立ち並ぶ神殿の隅にあった魔法陣に乗ったせいで、ここに飛ばされました」
「あり得ませんわね。ここへの入り口は「二人以上で試練を突破した」者のみが通れる扉だけですわ。そもそも、古代魔法具庫に飛ばされるような魔法陣が、そのような出入り口に近い場所に有る訳が無いでしょう。それに貴女。なんですの、その魔力……? 計測不能だなんて……」
まくし立てる様に私の発言は否定され、ミツキさんと同様の疑問を持たれました。目の前の女の子にも、私の総魔力は解らない様子です。それよりも魔法陣の事を信じて貰えません、どうしたらいいのでしょうか……。
「それに人間ではない、ですわよね……貴女」
やはり私が人間では無いと解っているようです。逆に私にも解ります。目の前の女の子が、ダンジョンの入り口で感じた、「大きな魔力を持つ人物の内の一人」だと言う事が。大きな魔力は二つ感じられました。もう一人も近くにいる気配を感じます。
「あの、私は」
「古代魔法具庫への不可解な侵入、計測不能な人ならざる者。これを以って異常事態だと認識し、「共同国・アクアリース」と「エルフの国シャイア」の名の下、貴女の身柄を拘束します」
目の前の少女に私の言葉は遮られ、一方的に敵と見なされてしまいました。
私が悪い事をしてしまったのでしたら謝るべきだと思うのですが、目の前の少女は何かの魔法を展開しようとしていて、これ以上話しかけても聞いてくれそうにありません。それでも祈るような気持ちで語り掛けます。
「ま、待ってください! 私が何か……」
「言い訳は無力化してからいくらでも聞いて差し上げますわ。計測不能である以上、貴女に攻撃の機会は与えません。全力で動きを封じますわよ」
その言葉と共に、目の前の少女が人の背丈よりも高い竜巻を発生させ、私に向けて放ちました。
物凄い速さで放たれた竜巻が迫っています。
……どうしてなのでしょうか。
どうして私のお話を聞いて貰えないのですか。
立ち上がり、己が力を展開します。
「真祖・ 血術結界」
透き通った赤色の壁が瞬時に私の前に展開され竜巻を遮断し、打ち消しました。出来る事なら、人に向けてこの力を使いたくは無いのですが……。
「嘘……」
目の前の少女はまるで信じられない物を見たかのような、驚愕した様子で此方を見ています。
「貴女……。その力は……まさか 古代血術、ですの……?」
先程までの強気な姿勢とは打って変わり、目の前の少女は動揺しているように見受けられます。
逃げる機会があるとすれば今かもしれません。けれど、逃げる為には目の前の少女が来た方向へと向かわねばならないようですので、素通りする事は難しいでしょう。
それに目の前の少女が展開しているライトウィスプの恩恵が無くなってしまい、暗闇の中を逃げる事になりますので、それは得策では無いと思います。
「随分と騒がしいね「シルフィ」姉さん」
次の行動を決めあぐねておりますと、目の前の少女の更に後ろから、また違う人の声が聞こえました。今度は男の人の声です。そして、大きな魔力を持つもう一人がその声の主だと解りました。
「「ウェイル」、遅いですわよ。反対側の部屋の様子を見るのに何時までかかっていますの?」
「御免、珍しい古代魔法具を鑑賞していたせいで遅れた。所で……計測不能な魔力を感じるけど、一体誰と……ん?」
近づいてきた声の人物は光に照らし出されますと、金色の髪の男の子が姿を現しました。程なくその男の子と私の視線が合います。
「君は……?」
「……」
とっても美少年です。よく見ますと、目の前の女の子と印象が似ています。どちらも整った顔立ちをしていますので、周囲から沢山の好意を持たれている事でしょう。いえいえ、それよりも……。また一人増えてしまいましたから、これで逃げる事は無理のようですね。
ただし、それは相手を「傷つけずに逃げる場合」なのですけれど。
私は自分が気弱な女の子だと自覚はしておりますが、 古代血術を展開できるようになってからと言うもの、誰に対しても負ける気がしない不思議な感覚でおります。
それはこの金色の髪の二人組に対しても同じで、先ほど目の前の女の子が殺気を放ちましたけれど、そよ風が当たった程度の物で私には効果がありませんでした。
しかしながら、やはり気弱な性格ですので、先ずはお話合いから……というのが私の性分なのでしょう。
現状私は無言のまま、金色の髪の二人を見続ける形となっています。
「ウェイル、この子は 古代血術を展開しましたわ……」
「なんだって……?」
「とてつもない魔力が近くに出現したので様子を見に来ましたら、この子が居りましたの。「魔族」絡みの可能性もありますわよ」
「……」
聞き慣れない言葉を交えながら二人はお話をしています。目の前の女の子が警戒を強める一方、男の子の方は出会ってから今に至るまで、特に警戒している様子はありません。
「シルフィ姉さん、多分この子は敵じゃないと思う」
「な、急に何を言ってますの? ここは「古代魔法具庫」ですわよ! 私達以外は誰一人として入室した形跡はありませんのに、この子は部屋の中にいた。しかも計測不能な魔力ですわよ? 警戒して然るべき相手ですわ!」
目の前の女の子は声を張り上げて、私という不可解な存在の危険性を男の子に説いています。自分で言っていて悲しいのですけれど、そう思われても仕方の無い状況なのでしょう。
「君、名前は?」
「……え?」
唐突に男の子が私に名前を聞いてきました。隣の女の子のお話を無視する形で。
「ちょっと、ウェイル!」
「シルフィ姉さん、考えより先に行動に出てしまうのは、昔からの悪い癖だよ。ちゃんとこの子の話を聞いてあげたのかい?」
「うぐ……。けれど、この状況で話し合いなど!」
男の子は目の前の女の子との会話を打ち切ったように、私へと近づいて来ます。
「御免ね、僕の姉が粗相をしたみたいだ。あぁ君の名を聞く前に、僕が名乗っていなかったね。僕の名前はウェイル。若輩ながら、「共同国・アクアリース」の騎士団長を任されている。そして僕の後ろにいるのは姉のシルフィと言う。良ければ君の名前も教えて欲しい」
目の前の男の子、ウェイルさんは、私に対して敵意は無いようです。この人なら、私のお話を聞いてくれそうですね。本当に良かった……。
「あの……。私は、私の名前はミズキです」
初対面の方に名乗るのは嬉しくもあり、恥ずかしさもあってちょっと複雑な気持ちです。相手が男の子というのも、理由かもしれませんね。
「ミズ……キ?」
「はい?」
「あ、いや御免。とても良い名前だと思う」
「あの、有難うございます」
名前を褒められてしまいました。ミツキさんとイグニシアさん以外に名乗るのはギルドを除けばこれが初めてですので、とっても嬉しいのです。
「ますます不可解ですわ……。名前すらも、「お姉様」と似ているなんて……」
目の前の女の子、シルフィさんは動揺を超えて悩み、混乱に至った様子です。シルフィさんからすれば、私の現れ方は許容出来ない出来事なのかもしれませんけれど……。それとは別の何かで悩んでいるように見えます。
僅かながら、シルフィさんとの隔たりが薄まりつつあると感じた時。
「……!?」
突然、二人の更に奥から、「異様な気配」を感じ始めました。
「今度はなんですの!? 魔力とは別の、何か妙な気配を感じますわよ!」
「どうやら僕が見に行った部屋のようだ。さっきは誰もいなかった筈だけど……」
二人も直ぐにこの異様な気配を感じ取ったみたいです。何でしょうか、この纏わりつくような気味の悪い気配は……。とても嫌な感じがします。
「あの、何か良くない感じがします。皆で様子を見に行った方が……」
「私としては、貴女も異質な「良くない感じ」の一人ですのよ」
「シルフィ姉さん、仮にこの子が敵だったなら、とっくに何らかの敵対行為に及んでいてもおかしくないよ。君も一緒に来るかい?」
「はい、真っ暗な所に残されるのも嫌ですし……」
「そうか、ライトウィスプを展開出来ないんだね。実は僕も展開出来ないんだ。普段は「ランタンの魔法具」を使ってる」
ランタンの魔法具と呼ばれる物はギルドの書類にも書かれていました。昔、「魔法学院」と呼ばれる場所から明かりを灯す魔法具が生まれ、以後の魔法具技術向上の結果「ランタンの魔法具」が生まれたと。魔法具とは、魔法を補助する役割と生活を補助する役割がある「宝石」なのだとミツキさんが旅の途中、教えてくれました。お湯の出るシャワーも魔法具による物ですね。
「確か魔法具はとても高価な物、でしたよね?」
「うん、昔に比べれば大分魔法具は一般層にも手の届く範囲に落ちてはいるけど、ミズキのいう通りまだまだ高価な部類だね」
「二人とも、悠長に話している場合ではありませんわよ。一先ず、そこの貴女。今は見逃して差し上げます。ですが私はまだ貴女を認めてはいませんから、そのつもりで居てくださいまし」
「はい」
殺気も消えて、私への警戒意識も薄れた様子です。ようやく、シルフィさんとお話が出来そうで嬉しいのですが、この異様な気配が何なのかを確認するまではお預けとなりそうです。




