トークルの長
美景の言葉で昔の事を思い出し、一人悶々としている間に目的地であるトークルの門前まで来ていた。
それほど高くはない街を守る防護壁をなんとなく見上げている間に検閲が終わり、ついて間もなくトークルに入ることができた。
ショープなどの大規模な都市だったりすると人の出入りが激しく、街に入るだけでも何時間と待たされることがあるのだが、穏やかな街では簡単に調べられるだけですぐに通される。
それゆえにチェックがおろそかになったりしがちなのだが、今回は私たちが何者なのかを門番の人たちがわかっていたこと、彼らが優秀だったことが早く済んだ原因である。
兵の練度はそのままその兵を指揮する隊長や武官の優秀さを表す。この街の門番の何気ない動作からそれを窺い知ることができた。
トークルに入ってすぐに私たち一行は宿などに部屋を借りに行くことなくそのまま目的の場所であるトークルを収める町長オーランド=ラディン男爵の屋敷を訪ねることになった。
オーランド男爵の屋敷は街の中央にあるのだが、そこにたどり着いても私たちとリィーネとレーンはすぐにどれがオーランド男爵家なのかわからなかった。
それもそのはず。なんとオーランド男爵は爵位を持つ貴族でありながら平民が持つ家より少しばかり大きいだけの庭も何もないごく平凡な2階建ての石造りの家だったのである。
貴族であるなら、それがどれだけくらい位の低いものであっても大きな屋敷を構えて優雅に過ごすことができるくらいの資産を持っているはずである。
たとえ落ち目であるとしても普通の貴族なら多少借金をしてでも屋敷などは手放さないだろう。
金は力であり、その力を指し示すことができるのは屋敷やその内装、インテリア、目に見える高価な所持品すべてである。つまりそれが少しでも安いものであれば簡単に侮られてしまう。力なき弱者とののしられてしまうわけである。
だから貴族は誰しも無理を押して服装や身に着ける装飾品に気を使い、いつだれが訪れても鼻で笑われないように屋敷の管理を徹底するのである。
それが目の前にある家はどうだろうか。
隣を見ればこの家と変わらないごく平凡な家が建っており、先ほどその家に入っていった子供と母親はとても貴族の婦人令嬢には見えなかった。
というよりここに建っているすべての家と見比べてもそれほど変わりがないほど、オーランド男爵の家は普通だった。いや、貴族の観点から言えばみすぼらしすぎて倉庫と見間違うレベルといってもいい。
「ここが・・・この街の長の家・・・だと?」
リィーネも人間の街に来たことはあるし、冒険者ギルドを利用している分ほかのエルフより断然多いだろう。
世の中を知るためと人の世情を調べたこともあるし、貴族などの屋敷も遠目ながら見たことがある。
そんな彼女からしてオーランド男爵の屋敷がこんな民家と変わらぬ家であるとはとても信じられなかった。
「ええ。この地を治めるラディン男爵家は代々貧乏貴族と呼ばれていて、貴族連中でもラディン男爵家と交友を持つものはかなり少ないですね。」
苦笑いをしながら説明するディラン。
なんでもラディン一族はお金を持っていないわけではなく、持とうと思えばこの家の何十倍もの大きさの屋敷に住むことができるほどであるらしい。
それにもかかわらず家がこれほど平凡なのは、平民と同じ暮らしをし、それを通して平民の悩みを理解し、共に豊かになることを代々伝えられているのだとか。
そのために莫大な資産は全てこの街の発展のために使われ、雇用を増やして全員が働けるようにし、最低限の生活ができるようにした上で貢献した者を中心により賃金を増やすということをしているらしい。
言うのは簡単だが、このシステムを維持するのはかなり大変である。
まず最低限の雇用が約束されている、つまり飢えることがない場合、そこで満足してしまう人間が出てくる。その場合生産性が落ちる場合が出てくるのである。
それにうまく金が回るようにするために、統治者への信頼を集めなければならない。
人は少しでも内政への不安が生じるとすぐに財布のひもを締める。それは単に賃金が減ったり増えたりといった変化があった場合だけでなく、統治者の言動や行動によっても大きく左右される。
信用のおけない人間が管理するシステムを信用して金を出すことなどできないし、そうなればすぐに経済は滞る。
これはどこの国や街にも言えることではあるが、特にすべての人間に雇用を約束するようなシステムを作った場合、その者たちへの賃金が多くなり、店を経営している者たちに金が入らない限り税収が一気に落ち込んで破綻してしまうのだ。
特にこの街は大規模な農業によってできた作物を外の街や国に売って収益を上げる。外から人が頻繁に出入りするわけではないこの街で金の巡りを良くするには街の人間の間で回していくしかない。
大きな街ではないとはいっても滞らずに済むよう働きかけるのは相当な労力であると言えた。
そしてそれがうまくいっているかどうかはこの街に住む住民の表情を見ればすぐにわかる。
皆穏やかな表情をしている。子供は楽し気に遊びまわり、老人たちは街の所々に設置してあるベンチに腰を下ろして談笑している。道行く人に挨拶し、今日も頑張ろうと活力に満ちた元気な顔をしている。
ともに豊かになる。そう考えるとオーランド男爵はとても腕の立つ政治家なのだろう。
「ここが・・・貴族の家・・・。」
レーンは小さく呟き、戸惑いの表情をしている。
人間すべてを恨むことがなかったレーンも貴族はどれもレーンを苦しめた男と大差ないと思っていたのだろう。まだ家だけしか見ていないとはいえ、それはとても衝撃的なことだったのだろう。
ディランは私たちの驚き顔に少しだけ微笑むと、すぐに扉をノックする。
音に気付いたものが扉に近づく足音を鳴らし、ゆっくりと内側からカギが外れる音がする。すぐに扉は開かれ、中からは白髪白鬚の老人が出迎えた。服装は華美ではないが質の良い生地を使っていそうな執事服を着ており、姿勢もきちんとしていることからとても格好の良いおじいちゃんといった風体だった。
「これはこれはディラン様。お久しぶりでございます。相変わらず奔放な性格のようですね。」
そう言う執事の老人にディランは頭が上がらなさそうな申し訳ないという表情する。
「レイドス。久しぶりだな。突然の訪問になってしまったがオーランドはいるだろうか。」
「いらっしゃいますよ。この街でのお仕事は事務作業がメインですので、最近は家にこもりきりになってしまうことが多いのです。ディラン様からももう少し外に出て体を動かされるよう仰ってはいただけないでしょうか?」
レイドスはいかにも心配そうに話しながらディランにそう頼みごとをする。
ディランは苦笑いしながら「言っておくよ。」と答える。
「では、立ち話もなんですし上がってください。それほど広くはありませんが応接間へご案内いたします。」
レイドスはすぐに回れ右をし、玄関近くにある階段へと進む。本当にごく一般的な民家のような造りである。
応接間に通された私たちはレイドスがいれた紅茶を飲みつつオーランド男爵が来るのを待つことになった。どうやら少し書類整理に手間取っているらしい。
ちなみに紅茶はアース連合が普及したもので、出されたのはアールグレイに味がよく似ていた。
しばらくして扉が開き、レイドスとともにほっそりとした男性が入ってきた。服装は何の変哲もない白シャツと緑色のベストと麻のズボンという農民のような服装をしていた。
「はじめてお目にかかる方もいらっしゃるようですね。私はオーランド=ラディン。この街の長を務めさせていただいている者です。」
それを聞いて私たちとレーンとリィーネは開いた口が塞がらないほどの衝撃を受けたのだった。




