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復讐ということ

 小学4年生の夏休み。私は母の実家に遊びに来ていた。


 父の実家は遠く離れた田舎で、会社で働く二人では中々遊びに行くことはできず、街から近い母の実家の方に毎年夏休みのお盆には遊びに行くことにしていたのだ。


 その代わりに正月には父の実家に子供の姿を見せに行くと約束させているらしく、父方の祖父はそれで納得していたらしい。


 お盆に遊びに行けるとはいえ3日ほどがせいぜいで、そう長居することはできないのだが、その短い時間だけでも祖父母に会いに行けたことは私にとってかけがえのない大切な時間だった。


 祖父母は農業を営んでおり、父の兄である叔父と祖父で大切に育てた野菜は私の好物でもあり、ご飯時にはいつもおなかをすかせて今か今かと机の前で待っていた思い出もある。


 そんな幸せな時間を過ごすことのできる家で、私が一番楽しみにしていたこと。それは父の妹である美乃梨叔母さんが実家に帰ってくることだった。


 叔母さんは東京の都心で暮らしていて、仕事も服飾デザイナーというおしゃれなもので、その上業界でも名が知られる一流デザイナーだった。


 そんな彼女との話や買い物などが私にとって一番の楽しみだったのだ。


 都会で暮らしていて、仕事も順調で、色々なことを知っていて。私にとって美乃梨叔母さんは憧れの人だった。


 そんな叔母さんがその年、いつもなら帰ってくるという時間になっても一向に帰ってくる気配がなかった。


 父や祖母に言っても「どうせ仕事で遅くなっているか、高速の道が混んでいるとかそんなことだろう。」と言ってまともに取り合わず、結局その日はいつまで待っても美乃梨叔母さんが玄関の戸を開けることはなかった。


 次の日の朝。今日の夕方には家に帰ってしまうと残念に思いつつ、仕事が仕方ないなと思ってみんなと朝食をとっていた時、つけていたテレビから流れてくるニュースの一つにみんなの目が釘付けになった。


 赤坂美乃梨が夫の赤坂裕司を包丁で刺殺した。もみ合っているような大きな音を聞きつけた同マンションの住民によって通報され、逮捕された。と。


 叔母さんの写真が写り、そのニュースが本当に叔母さんの事を話しているとみんなの頭が理解したとき、私たちは大いに動揺した。


 まだ小さいとはいえ10歳にもなれば今のニュースがどういう内容だったかは容易に理解できた。しかし、その理解を自身の心は否定した。否定し、何かの間違いだと答えの出ている問題を解きなおし続けるように、私は思考の渦にとらわれたのだった。


 それから1か月が経ち、私は叔母さんに会いたいと父と母に願い出た。


 決してわがままを言わないようないい子ではなかったけれど、父と母の制止にあれだけ反抗したのはあの時が初めてであり、最後だっただろう。


 これからのお小遣いもお年玉も誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントも、それこそこれからはわがままの一つも言わないと言い、だから一度だけでいいから叔母さんと話をさせてほしいと懇願した。


 それでようやく二人は観念し、私が捨てようとしているものはそのままでいいから一つだけ約束してほしいと言った。これで叔母さんに会うのは最後だと、今後2度と会いに行こうとは思わないと、そう約束させた。


 私は頷き、後日、父に連れられて美乃梨叔母さんがいる刑務所の面会室に向かった。


 面会室でしばらく待っていると、美乃梨叔母さんが入ってきた。厚いガラス越しとは言え、再会を果たすことができたのだ。


 向こう側にいる美乃梨叔母さんの顔は暗く、それでも姪である私のために微笑んでくれた。


 その微笑みを見て、私が憧れた叔母さんだと、まだそこにいたと思って涙を流した。


 「叔母さん。なんで・・・なんでそこにいるの?」


 理解している。犯罪を犯したからだ。人を殺したからだ。夫を、最愛の人であるはずの人を殺してしまったからだ。


 それでも聞かずにはいられなかった。


 今そこになぜ叔母さんがいるのか。そんな運命を何でたどってしまったのか。その真意を聞きたかったのだ。叔母さんの口から直接。


 「・・・私はね。希ちゃん。あの人を許せなかったの。」


 呟きから始まった彼女の言葉は次第に聞き取りやすい音量にまでなる。語気が強くなる。もう名前さえ呼ばない。


 「許せなかった。あの人が・・・私を道具としか思っていないあいつが・・・ほかの女と遊び歩くあいつが許せなかった!」


 大声ではなかった。けれども叫んでいた。力の限り叫んでいた。かすれる声。怒気をはらんだその声に、私は身を震わせたが、それでも話の続きを聞くためにこらえた。


 「だから殺したの。あの人を殺したの。それで終わるはずだった。恨みが、憎しみが、すっと消えるだろうと。やっとのことで果たすことができた。解放される。そう思ったの。」


 話し終えるころ、彼女は無表情となっていた。何もかもが零れ落ちた。そんな表情となっていた。


 そして次の言葉を発しようとするころにはその顔は何かにおびえるように歪められていった。


 「・・・消えないの。私の手からあの感触が・・・肉を突き刺すときの不快な感触が消えないの。眠れない・・・眠れないのよ・・・彼が夢に出てきて、私の胸を刺し貫くの・・・。あれだけ憎かった相手に殺される夢を・・・毎晩・・・毎晩・・・毎晩毎晩毎晩毎晩。」


 頭お抱え、大きく隈のできた目端からとめどなく涙があふれだしてきた。


 その姿はまるでひどく叱りつけられる子供のようで。


 私が憧れた叔母さんの面影はみじんも残ってはいなかった。


 それが復讐を果たした彼女の末路だった。


 そんな出来事が起こってからだろう。私の精神は一気に大人びた。彼女のおかげというべきか、私は復讐や報復といったことに対して忌避感を覚え、嫌悪感にさいなまれた。


 あの時から、今の私が始まったのだろう。


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