密会
翌朝。私たちはエレアナとリィーネさん、そして魔動車に乗せてきてくれた二人のエルフと一緒にアイルーンの中心地から少しそれた路地を歩いている。
この近くにある店でエルフ王と密会をするのである。
路地は華やかな街道とは趣ががらりと変わり、建物に光がさえぎられてとても薄暗い印象がした。
ただ、人間の街のように犯罪の温床となっているだとか、貧民がひっそりと暮らしているだとかは全くない。
そもそもエルフの民は自身の欲求のなさから身分や地位などに興味がなく、そのためほぼ平等な暮らしをしている。
賃金というものはほとんど存在せず、自給自足を中心として他人が困窮していれば分け与えるという精神を誰もが持ち合わせているがために犯罪を起こさずとも植える心配がほとんどないのだ。
外貨の取得ということに関してのみそういった枠組みから外れたシステムを導入しているが、それもに関してもそもそもエルフが他種族の街に赴くことがほとんどないため、争いなど起きようはずもなかった。
ちなみにそのシステムだが、冒険者になる、あるいはエルフの街以外に定住するという場合にその資金として国から交付するというもであり、当然制限人数が存在するのだが、このイレーヌでも1年に100人までという狭き門であるのに申請者は10人も満たない年があるくらいだという。
それだけエルフは自国を愛しているということであり、また他国を、特に人間を恐れているのである。
そんな理由から、光があまりささない薄暗い路地ではあるものの、じめじめとした空気や陰鬱としたものは全く感じられず、むしろ時折吹く風が心地よい良い日陰場といった場所だった。
大体が木造の家にちらほらと絡まっている蔦や地面の隅にひっそりと咲く花々などが幻想的な雰囲気を醸し出していて、むしろ神秘的な場所と化していた。
そんな路地を歩くこと数分。二人のエルフがようやく足を止めた場所はいかにもな古い店の裏口だった。
「ここが密会場所の入り口です。ここからは私たちは入れませんので、どうぞお進みください。」
「入ってすぐのところに案内の者がおりますので、その方について行ってもらえれば大丈夫です。」
説明が終わると男のエルフが入り口右方向に立ち、女のエルフが入り口の扉を押し開いてそのまま左側に立つ。
「それではいきましょうか。」
ディランが気を引き締めなおすように声をかけ、それと同時に屋内に足を踏み入れる。
全員が入ったところを見計らって、女のエルフはそっと扉を閉じる。
中は窓が一切ない部屋で、壁に掛けられている4つの蝋燭の火がほの暗い部屋を照らし出している。周りに置かれているものからすると、ここはどうやら倉庫のようだった。隅には大きな樽が積み上げられており、その隣には大きな袋に詰められた麦が積まれている。シャベルや斧、鍬などの道具も見られる。
その部屋の斜め向かいに扉があり、その前に一人の女性がこちらを見ていた。
「エレアナ様とリィーネ様ですね。ついてきてください。」
それだけ言うとすぐに女性は扉を開けてその奥に進んでいく。
こちらを待たないところに少々突っ込みを入れたいところだが、とりあえず女性の後をついていく。
扉の向こうは細長い廊下になっており、人が2人並んで歩けるかどうかというような狭さで、長いといっても次の部屋の扉まで5メートルほどの距離だ。
その廊下を歩いて扉をくぐると、そこには大きな机を囲むようにして椅子が置かれただけの先ほどの倉庫よりも少し広い部屋にでた。
そこには既にディーレア王そのひととお付きの人が二人ディーレア王の両隣に座っていた。その背後には注視していないとすぐに見えなくなってしまうほどに気配を殺した黒装束の男(?)が立っている。
「待っていたよ。一応席は人数分用意してある。まずは座りたまえ。」
「では、お言葉に甘えまして。」
そう返すとディランは眼だけで全員に指示すると、すぐに所定の位置に座ろうとする。
「待て。その少女は私の向かいに座らせよ。」
ディーレア王は微笑みを消さずにゆっくりとそう言う。
ディランは内心舌打ちしたそうな表情を見せるが、すぐに元に戻して私たちに座るように促す。
全員が席に座ったと同時に、ディーレア王の後ろにある扉と私たちが入ってきた扉が施錠される。場合によっては逃がすつもりがないということだろうか。
「無礼で申し訳ないが、なにぶんこちらも事態を重く見ているのでね。申し訳ないが鍵をかけさせてもらった。」
「王自らがその内にいるのですからこちらから申し上げることは何もありません。」
「そうか。では、これより会談を始める。」
開始の宣言をすると、王の表情ががらりと変わり、とても厳しいものになる。
「まず、貴女のお名前をお聞かせ願えるかね?」
「私はライムと申します。」
「ふむ。丁寧な言葉遣いにこちらの問いにだけ素直に答える姿勢。とても外見通りの年齢とは思えんな。」
王は感心するそぶりを見せながらも同時に警戒心を強める。長命種であるエルフにとって外見が年齢を反映していないことについてはすんなりと理解できるのだろう。ただ、それ故に甘く見れないということも同時に理解したはずだ。
ここからの返答は気をつけておかないと。
「では、貴女の種族は何かね?」
来た。いきなりだが一番答えたくない質問。けれどうそをつくことはできない。さて、どうするか。」
「・・・それについてですが、まずご覧になっていただきたいものがあります。」
そう返すと、王は警戒心をさらに強め、眉を顰める。
「それは貴女の種族に何か関係が?」
「あります。そして、今回の事態にも深く関係のあるものであると考えております。」
ディーレア王はしばらく考え、そして背後の者に何かの紙片を渡した。
「いいだろう。もしもそれでこちらが被害をこうむったときは・・・わかっておるな?」
「承知しております。ただ、確実に安全とは言い切れません。」
「それはどういうことかな?」
「こちらの認識外の力が働く可能性もあるということです。」
「・・・わかった。」
そういうとディーレア王は抗議したそうに見つめる両隣の付き人を目で制し、私たちを見る。
全員が注目したところで私たちは異次元ポケットからあるものの一部を外に出す。
あるもの。それはこの場所に来る道中で見かけた聖樹イレーヌとほぼ同じ外見をした赤い大樹のことである。
聖樹というものがどういったものかわからなかった私たちがその現物を見て絶句した。
浜辺で見た赤い大樹がそっくりそのまま巨大化したようなその巨大な木はそこから感じる不思議な温かさまで全く同じものだったのだ。
魔力を感じることのできる今でさえこの暖かさの正体がわからない。その摩訶不思議な力がこの世界にそうそうあるとも思えない。ましてやこの国ではそれが聖樹として崇められているのである。関係がないわけがなかった。
手のひらから取り出す姿にディーレア王は軽く驚く程度だったか、その取り出しているものが何なのかを悟った瞬間に共学に目を見開いた。
「待て!それは・・・それは何だ!まさか・・・いや、そんなはずは・・・。」
ディーレア王の慌てように驚くディランたちだが、リィーネを含め、この場にいるエルフは全員私たちが取り出そうとしているものの一部を見て驚きを隠せないでいた。
「なぜだ・・・なぜ貴様がそれを持っている。」
この場で出せる最大で取り出すのを止め、ディーレア王に返答すべく口を開く。
「この木は私が生まれた場所にありました。大きさは聖樹の数百分の1ほどの大きさではありますが、感じる力は青樹のものとほぼ同等と思われます。」
「木・・・今、木といったか?枝ではなく?」
「はい。私は体内に赤い大樹を内包しております。」
私たちが返答し、そして黙り込むディーレア王。聖樹がなぜ反応を示したのかはこれで判明した。しかしまだもやもやとしたものを抱えているように思える。
いや、なおさら疑問が深まったとでもいうべきか。
「・・・貴様の種族はいったいなんだ?まさかこの期に及んでただの人間種とは言うまいな。」
私たちは静かに覚悟を決め、そしてディーレア王の視線を真っ向に受け止める。
「私はライム。スライムです。」




