それでも私は・・・
リィーネさんに事情を説明してから私たちは孤児院の子供たちとリィーネさん、エレアナのみんなで夕食をとることになった。
リィーネさんは警戒のためか私たちの隣に率先して座り、それに対抗するように反対側にはルーナが座る。面に出すことはないものの雰囲気がどことなく剣呑なのは何とかならないものだろうか。
ディラン達は適当に子供たちの間に入って普通にたわむれつつ食事している。レナなんかは子供の扱いがうまくてシスターたちも助かっているようだった。逆にポートはあまり子供とのやり取りが苦手なのか四苦八苦している。
そんな中、私たちから一番遠く、端っこの席に座っている少女を見る。
レーン。彼女は時折こちらを睨み、そして何も言わずに淡々とご飯を食べている。シスターたちも機嫌が悪いことを察してかあまり近寄らないようにしている。
「ライムよ。レーンと何かあったのか?」
突然リィーネから声をかけられ、内心びくつきながらもリィーネの方を見て苦笑を浮かべる。
「昼食後に話しかけたのですが、少し喧嘩をしてしまって。」
「そうか。・・・彼女が喧嘩を・・・。」
リィーネが一瞬目を見開いたと思ったら今度は目を細めて小さく息をついた。
「彼女も怒れるようになったのだな。」
リィーネがそっとつぶやいたそれを、私は聞き逃すことができなかった。
「リィーネさん。ここに連れてこられたハーフエルフの子供はみんな最初はあんな感じなのでしょうか?」
私がそう問うと、リィーネはすぐに首を横に振って否定する。
「少なくとも私がここに立ち寄るようになってからはここまでひどく精神を病んでしまっているのはあの子だけだよ。」
そう言うと言葉を区切り、レーンの方に目だけを向ける。
「彼女は少し特殊でね。あの歳になるまでハーフエルフの子供が正気を保つことはほとんどないのだが、彼女はなまじ精神力が強かったために、廃人になる前にここに引き取られたのだ。」
「それはいいことなのではないですか?」
「いや、いっそ壊れてしまった方が楽だったかもしれない。7年・・・7年だ。彼女が冷たい石牢の中に赤子のまま閉じ込められてからおよそ7年もの間、母親の顔も知らず、愛情も知らず、普通の幸せも知らず、ただ苦しみだけが続く時間が7年も続いて正気を保っていることなど、まだ地獄の方が生ぬるいほどだったのではないだろうか。しかし彼女は壊れなかった。きっと母親の声が勇気とほんの少しの幸せを与えてくれていたのだろう。それでも彼女の傷をいやすには足りなさ過ぎた。結果、彼女は歪んでしまったよ。」
リィーネはゆっくりと語り終えると、コップに残っていたウェアラのジュースを呷る。
「・・・彼女が私の経歴を知ったとき、彼女が私に何と言ってきたかわかるか?」
「・・・もしかして、殺しの方法ですか?」
「やはり君も聞かれたか。そう。私が弓術師の長を務めていたことを知ると、彼女はすぐに私に向かってこう頼んできた。「弓の扱いを教えてください」と。最初は子供特有の戦士への憧れのようなものと思っていた。しかしすぐに彼女の瞳の奥底にある闇を見て違うと気づいた。彼女は明確な殺意を抱いている。それもとても暗く、邪悪なものだ。このまま弓を教えればすぐにでも彼女と母親を苦しめた元凶を討ちに行くだろう。そう思った。」
レーンがこちらが目を向けていることに気づいてか、食事を早々と済ませて子供部屋に向かっていく。
「仇を討つのも、あるいは一つの手段なのかもしれない。彼女の手によって滅ぼせば、ある程度の折り合いはつくかもしれない。けれど今教えれば、もしかしたらその憎悪はもっと多くの者に向けられるかもしれない。そうなってしまえば終わりだ。彼女を命がけで託してくれた母親に申し訳が立たない。」
レーンを見届けてから、次に他の子供たちを見る。
「ここにいる子供たちは何かしら暗い過去を抱えている。だが、皆よく笑うようになった。まだ障害を持つものはいるが、それも少しずつ解決に向かってくれると信じている。レーンも彼らと同じく光を取り戻してくれればと思うがな。」
そうして一息つき、リィーネさんは自嘲気味の笑みを浮かべた。
「私もレーンが笑えるようになってくれたらうれしいです。けど、仇討ちなんて絶対にさせません。」
リィーネは私の言葉に反応し、こちらに視線を移す。
「殺すということはとても重いことです。それは法があるからとかそういうことではなく、自信を大きく傷つけ背負うことになるからです。一度それをすれば、二度と癒すことも降ろすこともできない。だから、彼女に仇討ちなんて絶対させません。それで折り合いがつくなんて・・・絶対にありません。」
私が話し終わると、リィーネさんは薄く優しい笑みを浮かべた。
「君は優しいのだね。それに・・・まるで経験したことがあるかのような言い回しだ。君もそういうことがあったのかな?」
それに私は無言を貫く。話すことなどない。話せることなどなかった。どうせもう関係のないことだ。話したって仕方がない。
「―と思っているのかもしれないが、君が言った通り、癒すことも降ろすこともできはしない。それはずっと付きまとうものだ。それこそ記憶がなくならない限りはね。」
リィーネが全く動かない表情の私から何を読み取ったのかはわからないが、少し得心が言ったような表情をした。
「否定するのは勝手だよ。ただし、それで本人が納得するかは別だが。君はまだほんの少ししか会っていないのにレーンの事を友人のように思っている。それはとてもありがたいことだ。君のやり方でどれだけできるかはわからないが、頑張ってくれると嬉しいよ。」
「・・・私が自由に動くことを警戒しなくていいのですか?」
「かまわないよ。君というものがどういうものか。今の会話でそれなりにわかったからね。だからと言って目を離すことはしない。けれどある意味で君の事を信頼したからね。」
リィーネが意味深なことをいうと、空いた食器を片付け始める。
「確かに君は邪悪なものではないのだろう。しかし信頼に足るものでもない。私にとっては・・・君はいつ爆発するかわからない爆弾と一緒だ。」
食器をもってリィーネは席を離れる。
隣で静かに話を聞いていたルーナは私の手を軽く握る。
「ライムの気持ちはいつか伝わります。優しいライムなら、きっとあの子の心を温められますよ。」
ルーナの優しい言葉は、それでも私の耳に残らなかった。
リィーネの言いたいこともわかる。美景も今回は私の意見に賛同してくれない。
けれど、私は間違っていないと、そう強く思うのだった。




