カミングアウト
「と、いうことで。ライムには明日俺たちと一緒にディーレア王にあってもらいたいんだが。どうだ?」
孤児院のレナとルーナに割り当てられた部屋で一人待っていた私たちに王城での一件を一通り話した後、ディランはディーレア王とあってほしいと言ってきた。
私たちは少し考え込む。
全く心当たりがないと言えばうそになる。木に関係したもの。それも聖樹なんて御大層なものに関係しそうなものを私たちは持ち歩いているからだ。
そう。私たちがこの世界で初めて目を覚ました浜辺にあった不自然なほど真っ赤な大樹の事だ。
聞くところによると、聖樹イレーヌは私たちが持っている赤い大樹よりも何百倍も大きいらしいけれど、聖樹の特徴が明らかに私たちの持つ大樹のそれと同じなのである。
もしも何か関係があって、それが聖樹が気配を察知できるほど近くに来たために今回の騒動が起きているとするなら、これは完全に私たちの責任だ。
しかし今更どうすることもできない。
ディーレア王に原因を知らせるのは難しいことじゃない。ただし、知らせるには私たちがどういう存在かを明らかにしなければいけないけど。
つまり私たちが、スライムがこの地に足を踏み入れているということを教えなければいけないのだ。
教えたときに向こうがどういう対応を取るのか。場合によっては私たちだけにとどまらず、エレアナのみんなも処分される可能性がある。
エルフに限らずスライムに相当の被害をこうむった種族はごまんといる。そんななか、種族間の結びつきが強いエルフの王に自分の素性を知られることはとても危険であるといえる。
しかし、もうすでに手詰まりとなっているこの現状では、要請通りに私たちが聖樹の異変の原因を知らせねばならない。
大変なことになった。
こんなことになるのならば赤い大樹を持ってくるんじゃなかった。
後悔先に立たずとはこのことで、今悔やんでもどうにもならない。
「わかりました。私にも少し心当たりがあります。私がらディーレア王にすべてをお話しします。」
私たちは腹を無理やりにくくり、少しでも状況が好転する策を必死で模索する。
「そうか。ディーレア王にはまだお前の正体は告げていない。だからうそをつくことも可能だろうが、彼はかなり聡い。嘘をつきとおすことはできないと思った方がいい。」
ディランの言葉でまたいくつかの策が白紙に戻される。頭の回る人物を、それも400年という長い歳月とともに積み重ねた経験を持つ相手をごまかすことなど土台無理な話だ。
それでもなんとか最悪の事態は防がないといけない。
最悪の事態。それはディラン達が巻き添えで罪に問われること。
それだけは絶対に阻止しなければ。
「・・・わかりました。できるだけ穏便に済むよう、祈るしかありませんね。」
みんなの表情はとても暗い。
そっと私の頭をなでるルーナ。俯き必死で考えるレナ。途方に暮れて窓の外を傍観するポート。沈痛な面持ちで眉間のしわをほぐすディラン。
みんなこの事態に頭を抱えている。
そんな中リィーネさんは腑に落ちないという顔でこちらを窺っている。
「ライムの正体と言ったか。彼女はただの人間ではないのか?確かにかなり位の高いお嬢様のように見えるが、それの何が問題だというのだ?」
リィーネさんは首を傾げてそう問うが、誰もすぐには答えなかった。
誰も答えなかったため、私たちは座っていた椅子から離れ、ゆっくりとリィーネさんの前に立つ。
「初めまして・・・は少し遅かったですね。私はライム。2か月前にエレアナに拾われたスライムです。」
そう言って私は軽いお辞儀をする。
「・・・は?」
リィーネさんは私の言葉を何度も脳内に巡らせ、やっとのことで気の抜けたような呆気にとられたような間の抜けた声を漏らした。
「ま・・まて。それではなにか。ライムは魔物だというのか?それもスライムだと?そんなわけ・・・。」
リィーネさんの言葉は私の変化を見て中断される。
私は信じられないという反応を見せるリィーネさんに信じてもらえるよう、一番手っ取り早い方法をとったのだ。
すなわち変身。案内にやってきた二人のエルフははじめ私たちを見たとき「こんな子供もいたのか?」と少し疑問に思うだけで何も怪しくはしていなかった。だから私たちも何食わぬ顔で自然とふるまっていた。おかげでここまでばれずに済んでいた。
しかしこんな形で申し訳ないが、正体を現してしまった。
いずれリィーネさんには見せる気でいたのだ。ディランがリィーネさんに提示した私たちと友達になるという願いは、この姿をさらしてようやくかなうのだから。
せめてもう少し落ち着いたときに見せたかった。できれば確かな友好を得たときに。その時までだましてしまうことになっても、何もない状況よりはすんなり受け入れられると思っていたからだ。
私たちはいつもよりもゆっくりと変形し、やがて用済みの服を除けて久しぶりのユミルンの姿になる。
これでもまだスライムっぽさはないが、半透明のゲル状生物ということでスライムということは理解してくれるだろう。
「まさか・・・本当に。知能を持つスライムだと?」
リィーネさんは長い人生の中で初めて見る私たちを動揺を押しのけてくまなく観察し、徐々に警戒の色を強めていく。
「師匠!ライムちゃんは私たちを襲ったりしないよ!」
「そんなものわかるわけがないだろうが!対話が可能なほど知能の高い魔物だと?そんなもの危険極まりないとなぜわからない!」
リィーネは声を荒げて戦闘姿勢をとる。武装を解除しているために素手での戦闘となるが、リィーネさんにはあまり関係がないのだろう。鋭い目つきで私たちの動きを見定め、一瞬ののちには絶命させられるのではと思わせるほどの気配が漂う。
「ライムは大丈夫です!この子は私たちを傷つけるどころか、私たちを守ってくれました。傷つき倒れたときも、頑張って癒してくれました。ライムはそこらの魔物とは違う!」
ルーナが説得するも、リィーネは納得しない。
徐々に闘気が満ちていくリィーネ。まさに一触即発の状況。
「もしもの時は私が全責任を取る。」
しかしディランの一声によってそれを何とか押しとどめる。
「もしも、ライムがエルフに危害を加えることがあれば、私の全存在をかけて責任をとらせてもらう。」
「・・・もしも王子が責任を取ることとなったとして、どう責任を取るつもりだ?悪いが王子一人の存在をかけたとしてもまかないきれるようなものではないと思うが?」
リィーネは厳しい口調でそうディランに当たるが、ディランはそれに動じない。
「私が持つすべてをエルフに献上する。」
「馬鹿な!?」
ディランの言葉にリィーネは驚愕の表情を見せる。
ディランは堂々とした表情でリィーネを見据えるのみ。そこに一部の嘘も見受けられなかった。
「貴方の言っていることがどういう意味を持つのか、それをよく理解しているのか?」
「ああ。私は、俺は、それをかけてもいいというほどに、ライムの事を信頼している。ただ単に一緒にいたからだけではない。何度もこの身の窮地を救ってもらっているからこその信頼だ。」
ディランは静かに、だがとても確信に満ちた地からず良い言葉をリィーネに放つ。
リィーネしばらくディランの目の奥底にある光を見つめ、次にユミルンとなった私たちを見つめる。
「リィーネさん。もしも言葉を理解する魔物がいるってんならさ。敵対だけじゃなく、わかりあることもできるんじゃねえかな。」
ポートはそっとリィーネに語り掛ける。
普段ちゃんとしていないポートが真面目にこういうことを言うのは説得力があるように思える。
ちょっとかっこいいじゃないか。
「・・・わかった。ここは矛を収めるとしよう。ただ、まだ私はお前たちのようにライムと関わっていないからな。共にいる中でもし何かあれば、私はすぐにでもライムを消す。」
「それで構いません。私はあなたから信頼を勝ち取るために努力するだけですから。」
ユミルンの姿から人間の少女の姿に戻り、笑顔でそう言ったのだった。




