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エルフ王への謁見

 アイルーンの中心。すなわちイレーヌの森の中心にそびえる大樹イレーヌ。この大樹の名がこの国の名前の由来である。


 大樹イレーヌは何千年とも何万年ともいわれる時を過ごし、やがて神に祝福されて聖樹となったといわれている。


 今もエルフの間で語られる伝説だが、それはただの伝説ではないといわれている。


 大樹イレーヌから零れ落ちる朝露は万病に効く薬とされているし、葉を煎じれば瀕死のものも死の淵からよみがえることができるほどの効力がある。


 なにより他の木が青く茂り、枯れ、移ろいゆく中で、大樹だけは葉の先から樹皮まで赤く染められており、近づくだけで心の奥まで暖かくなるような不思議な感覚を味わうことができるのだ。


 そんな聖樹の洞を利用して作られた城は他の国の城とは明らかに異なり、城壁はなく、ただただ部屋を区切るための壁と扉が設えてあるのみである。


 これは大樹を城壁としてそのまま使っているためのつくりであり、部屋も大樹をくりぬいているのではなく、自然にできた空間をそのまま使っているのである。


 さらに大樹に傷がつかぬように前面を絨毯で覆い、絵画などの壁にかけるようなインテリアはイーゼルのようなものをわざわざ用意して飾られている。


 もとより大樹は普通の剣や斧で傷がつくほどやわなものでもなく、少し傷がついた程度ならばすぐに塞がってしまうほどの回復力と生命力を持つので、何もここまで徹底しなくてもよいのだが、イレーヌを聖樹としてあがめるエルフにとってはこれでもまだいたわりが足りないと思っているくらいなのである。


 ディランは城に入ったとき、これで二度目になるのだが、前回よりもより多くの掃除係が追加されていることに気付いた。


 この城には大樹の隅々を手入れするためだけに雇われている掃除係というものが存在し、1日中大樹の中と外を掃除している。


 掃き掃除はもちろんのこと、はたき、拭き、磨き、害虫を追い出し、極めつけは休憩と称して1日10回10分の祈りをささげる。


 ここまでくればもう過激な信仰者の領域であり、エルフにとっては神職よりも上の存在と言われるほど尊いらしいが、他のものが見れば明らかにうすら寒い思いをすることだろう。


 そんな掃除係が2年前にここに来た時よりも2倍ほど多くなっている気がするのである。


 (このままいけば10年後には掃除係で埋め尽くされそうだな。)


 そう思って見ると少し笑いが込み上げてきたので必死に押し殺して平静を保つ。


 この国では掃除係を笑うものは重大な犯罪行為とみなされるため、たとえ他国の王子であっても禁錮3年は免れないほどだ。


 エルフの中でそんなものがいるはずはないが、もしいたとしたら全会一致で打ち首にされるほどの重罪とされているのだから、むしろかなり甘くしているほうなのだが、それにしても類を見ないほどの認識である。


 ただ、それだけ誇りをもってやっているということもあり、洗練された無駄のない動きをしているのは確かである。


 一度聞いた話だが、掃除係には毎年かなりの人数が応募するが、その中からは階級関係なく選出されるらしく、その選出方法はどれだけ聖樹を崇め、敬い、そしていかにしてそれに報いるのかを問われ、王と前任の掃除係の全員が審査するらしい。


 もともと身分などに寛容な種族故に行えることだが、なんにしてもその選ばれた掃除係が並みの貴族を凌駕するほどの地位を得ることは確実である。


 そんな掃除係は実はかなり強い。ポート曰く諜報員として招きたいほどの身軽さと身のこなしであるらしく、ディラン自体も並々ならぬ戦闘能力を持っていると感じている。


 それこそ国の精鋭部隊と互角以上に渡り合えるだろう実力である。


 それを考えてまたうっすらと笑みがこぼれてしまいそうになるが、それを無理やりに曲げて厳格そうな表情を作る。


 もうすぐ謁見の間に到着するというタイミングだったのでちょうどよかった。ディランの表情を見て案内する兵士やリィーンでさえも引き締めなおす。


 「ここでしばしお待ちください。ところで・・・なんと御呼びすれば?」


 「ヴァンでお願いします。ヴァン=シュタットです。」


 「わかりました。それでは今しばらくお待ちください。」


 先頭を歩いていた案内の兵士が軽くお辞儀をすると、すぐに身をひるがえして謁見の間の扉に近寄り、扉越しに向こうにいる兵士に何言か話しかけた。


 やがて話し終えると兵士はディランたちのもとに戻ってくると、謁見時の注意事項を簡単に説明し、最後に扉の目の前まで案内する。


 「2度目となりますのでもうわかっておられるかもしれませんが、くれぐれも注意事項には従ってください。」


 「了解いたしました。そちらも、こちらの要望にはちゃんと応えていただきたい。」


 「もちろんです。細心の注意を払っておりますのでどうかご安心ください。」


 それからしばらくたち、精巧に作られた分厚い扉がゆっくりと重々しい音を立てながら開いていった。


 「「ヴァン=シュタット率いるエレアナ。入場!」」


 謁見の間の入り口に立つ二人の兵士が綺麗に声をそろえて唱和し、奥にしつらえた玉座まで立ち並ぶ兵士が統率された動きを見せてディランたちの目の前に道ができる。


 動きが止まり、静寂がこの場を支配したころを見計らって、リィーンを先頭にディランたちは玉座の手前にある4段の階段のさらに手前で歩を止める。


 「これよりディーレア王のご入場である。敬礼!」


 玉座の右後方に控える文官と思しき服装をした男がそう声を上げた瞬間、この場にいる全員がエルフ式の最敬礼を行う。


 右手を左胸の下あたりに持っていき、上腕を地と並行するよう中形にして、左腕はまっすぐ下におろし、軽く顎を引いた形で静止する。


 この最敬礼がなされた後にようやくこの地のエルフを統べる王ディーレアが左前方の扉から侍女と武官を引き連れてゆっくりと表れた。


 王の齢は今年で427を数え、エルフの中でも長寿の部類にあたる。だがディーレア王はその年を感じさせないほどに引き締まった体をしており、真っ白の髪と髭を蓄えながらも並みの戦士以上に動くことができるように思われた。


 ディーレア王は玉座の前まで来ると、そのまま座らずにディランたちのほうを向く。


 「楽にせよ。」


 ディーレア王の命により、全員の敬礼が解かれる。ただし言葉通りに楽にするものなどおらず、姿勢を正した状態で次の指示が来た時に対処できるように身構えている。


 ディーレア王は全員の動きがやんだ頃にゆっくりと玉座に座り、そしてリィーンに目を向ける。


 「この場は非公式のものとなっているゆえ、自由な発言を許可するものとする。ただし、あまり騒ぐようなことは控えてもらう。」


 「理解しております。それでは早速ご紹介します。」


 「よい。ヴァンといったか。どこかで見かけたような気もするが、まあ私が覚えておく必要もないことゆえ、紹介はせずともよい。」


 「ご配慮、感謝いたします。」


 この場は非公式。さらにディランとしてではなくヴァンとしてこの場にいるため、王はそれに対して『見なかったことにする』と言ったのだ。この宣言によって、この場にいるものはここで見たこと聞いたことをすべて忘れなければいけなくなったわけである。


 「では早速本題に。昨日彼らに我らの現状を伝えたところ、条件をのんでいただければ協力するといわれております。その条件のうちには王の許可が必要となるものもありますゆえ、謁見を求めた次第です。」


 「ほう。条件か。して、それはいかようなことかな?」


 ディーレア王の目つきが鋭いものに変わる。


 こちら側の要求はすでに伝えており、これから話すことも理解しているはずである。しかしディーレア王は形式的なものとは違う探るような眼をディランに向けているのである。


 リィーンからディランに視線が移ったことで、ここは自分からディランが口を開く。


 「王に許可していただきたいことは一つだけです。とらえた者たちに一度会わせていただきたい。」


 「ほう。それは我らが手を抜かず慎重に行った尋問が不十分であると疑ってかね?」


 「いえ。そうではなく、我らが見て聞くことで得られる情報もあるのではと思い至ったからでございます。」


 「・・・例えば?」


 「例えば異国のものかどうか。レゼシア王国の民と似て非なる姿のものも他国にはおりますので、その確認もできるでしょう。他には所持しているものからその者の詳細な出自、主にどこを拠点にして生活していたかもわかることでしょう。このように本国ならではの調査ができるということです。」


 王はディランの返答を聞いてしばし考え込むように目を閉じ、ゆっくりと背もたれに体を預ける。


 「なるほど・・・。まあこちらが不利になることもないだろう。侵入者への面会を許可する。ただし、明日の夕刻まで待ってもらう。それでよいな。」


 「それは構いませんが・・・。」


 「気にせずともわかっておる。王国への派兵は遅らせることにする。今日から2週間だ。」


 リィーネはそれを聞いて少し安堵し、ディランもまた期間が延長されたことをうれしく思った。


 「これで用は終わりかな?」


 「はい。こちらからの話は以上となります。」


 「なるほど。ならばここからは私の番だな。」


 王の笑みを見て少し動揺するディラン。こんなことは予定になかった。つまりは今ここで思いついたことか、その前から予定していてディランたちには告げなかったのかのどちらかである。


 もし前者だったとしたら何も問題ないだろうが、後者であればかなり面倒なことになる恐れがある。なにせ事前に伝えられなかった話であるのだ。それがただの世間話であるはずがない。


 もうすぐ昼に差し掛かる。予定していた終了の時間が間もなく過ぎ去るであろうこの時間での突然の展開。


 これはまともに昼食をとることはできないとディランたちは悟ったのだった。


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