どちらが幸せか。
イレーヌの首都アイルーン郊外に建つ孤児院に着いた日の翌日、ディランたちはリィーネの案内に従って朝早くから孤児院を出て、アイルーンの中心にそびえ立つ大樹の中にある城に向かっていった。
そして私たちはその間孤児院で留守番をすることになった。この孤児院についている暗部の方々は結構優秀らしく、もしも襲撃を受けても大抵のことなら問題ないだろうということだ。
なので私たちは子供たちに紛れてあまり人目につかないように行動することになったのだ。王城に行くほうがスライムだとばれる可能性が高いし、子供のほうがそこらの大人よりもごまかしがきくということからも、孤児院でいたほうがいいのだ。
そういうことで、私たちは朝食を子供たちとともにし、珍しい外からの異種族ということもあって質問攻めにあい、昼間はのんびりと子供たちの相手をしながら過ごしていた。
ディランたちが帰ってくるのは夕方ごろになるとのことだったので、それまで私たちは一人で子供たちと触れ合っていなければならないのだが、めちゃくちゃかわいいエルフの少年少女の相手をするのは全然苦にならない。むしろ和んでしまう。
(本当に美男美女しかいないんだね。)
(天はエルフを愛しすぎてる。)
好みの違いは出るものの、みんな容姿が整っていることに変わりはなく、神父さんたちもシスターさんたちも全員美人。特に神父さんは結構歳いってそうな姿をしているけど、なんというかおじ様と呼びたくなるような容姿をしていらっしゃる。
(まあそもそもブサイクをこの世界でまだみたことがないというね。)
(街で見かけるおっちゃんおばちゃんもブサイクって程の人はいなかったしね。厳しい世界だからか太ってる人もそれほどいないし。)
そもそも日本人顔じゃないから美醜の感覚がずれてるっていうのも原因の一つかもしれないけど、それを引き合いに出してもこの世界の人たちはみんな平均以上の顔面偏差値だと思う。
この世界を作った神様は地球の神様よりもそういうのに厳しい方なのかもね。もしくは地球の神様のほうがバラエティーに富んでたといったほうがいいのか。
「ライムちゃん!あそぼー!」
私たちがいらん考え事をしながら適当にエルフの女の子たちとおままごとの相手をしていると、別のグループの女の子たちが私たちの周りにわらわらと集まってきた。
「ダメー!いま私たちと遊んでるの!」
「私たちも遊びたい!」
「ネルタちゃんはさっきライムちゃんと遊んでたでしょー!」
「そっちのほうが長いもん!」
やめて!私たちのために争わないで!
ああ、人気者って辛いね。でもなんかほっこりするよ。
「わたしおといれいってくるね。」
なんか壮絶な言い争いに発展してきたのでこの場から離れることにする。
私たちを巡って争いが起きるなら、その元凶たる私たちがこの場からいなくなれば直に収まるはず。
ということでそそくさと退散し、孤児院の方にとてとてと走っていった。
(そういえばあの子見かけないね。)
(そうだね。ちょっと心配だな~。)
朝食の時間に見かけた気になる女の子の姿が私たちの脳裏をよぎる。
くすんだ金色の髪をした緑色の瞳を持つハーフエルフの女の子。その瞳には光はなく、闇でおおわれているかのように暗い何かを宿すその少女は、どこか危うい気配を周囲にまき散らしていた。
周囲の子はほとんど気にしていない様子だったけれど、大人の人たちはかなりやりずらそうにしていた。おそらく事情を知っているがゆえにどう対処していいか戸惑っているのだと思う。
詳細は知らないけれど、子供がまとうような亀背でないことは私たちでもわかるので、過去に壮絶な出来事を経てきたのは間違いない。
だから私たちは無意識のうちにもあの子の姿を探していた。
危険なことはたぶんないだろう。それこそ暗部の方々が目を光らせている以上無茶な行動をとらせるはずがない。
ただ、だからといって干渉もしないはずだ。その間に彼女の心の内が黒く濁り切ってしまうかもしれなくても、それがわかっていたとしても暗部のものとして干渉することは許されないはずだからだ。
不用意に近づくのはよくない。むしろ状況を悪化させる恐れがある。けれど放っておけば悪くなる一方でよくなる可能性は万に一つもない。だから誰かが橋渡しとなって光を当て続けていないといけないと思うのだ。
幸い、この孤児院ではいじめや偏見が起きているわけではないし、それは保護している大人たちも同じだ。求めれば助けてくれるいい人たちだ。ちゃんと心配もしてくれている。
でも上手くはない。やはり同じ目線で立つことができないから。思いやりが伝わらないのだと思う。
だから私たちは彼女を探すのだろう。
どうすれば彼女の胸の内を明るく照らすことができるのかはわからないけど、それでも知った以上は放り出せないから。
少なくとも私は。
(いたよのーちゃん!あそこの木の下。)
美景が教えてくれた場所に目をやると、そこには木の下でうずくまる少女がいた。
寂しそうにも見える彼女の周りがひどくゆがんで見えるのは、おそらく彼女が無意識に魔力を放出しているからだろう。
私たちがショープで初めて味覚を実感した時と同じことだと思うが、彼女のそれは私たちの時とはまるで性質の違う禍々しいものだった。
魔力が暴走するといったことはまずないという。これはルーナの受け売りだが、激しい感情に合わせてわずかに魔力が漏れ出ることはあっても、それが形を成して周りに影響を及ぼすことはないという。
魔力が漏れ出る際に出るオーラのようなものが影響だというなら話が変わってくるが、そのオーラも魔法の心得があるもの以外は見ることができないものであり、触れても何も起こらないことから全く問題はないのである。
魔力による影響はない。けれどそれ以上に、魔力が周囲の景色をゆがめてしまうほどの激しい感情を胸の内に秘めているとしたら、それは問題がないわけがない。
私たちはゆっくりと、彼女を刺激しないように近づく。
しかし私たちの心配をよそに、彼女はこちらに全く気付かない。それほどまでに彼女の心の中は荒れ狂っているのだろうか。
心配になる気持ちを抑え、まずは明るく声をかけてみることにした。
「どうしたの?」
声をかけると、その顔をゆっくりと起こして私たちを睨む。そして少し驚いたような表情をした。
たぶんエルフじゃない子供が話しかけてきたからびっくりしているのだろう。
子供たちと朝食を共にしたとき、私たちは軽くあいさつを済ませていた。だから彼女も普通なら知っているはずだ。けれど関わり合いはないものだと思っていたのかもしれない。
そりゃ暗い感情を宿した彼女が私たちに話しかけに来ることなんてないだろうし、彼女も話しかけに来るとは思ってなかったと思う。驚きもするだろう。
私たちは続けて、核心を突くような言葉を避けて話しかける。
「具合でも悪いの?」
子供たちに話しかけるような、子供を演じるような話し方じゃない、対等に接しようとする話し方を心がける。
すると、なんだか惚けたようにボーっとした顔になっていることに気づき、単に体調が悪いから暗く見えるのかとも思い、彼女の額に手を当てて温度を測ってみる。
(ピピッ!36度2分。平熱ですね。)
(この世界での平熱って地球と同じなの?)
それは盲点だった。でもおそらく同じなはず。ルーナと一緒に寝るときも人肌がやけに冷たかったり熱かったりした覚えはないのでそれほど変わらないと思う。
そんな変な心配を頭の中でしていると、彼女は頭を軽く振ってゆっくりと立ち上がった。
そして何か言いたげに口を動かすが、すぐには言葉が見つからないらしい。本当に体調が悪いのだろうか。
「だ・・・大丈夫。どこも・・・悪くない。」
何とか紡いだ言葉は決してすらすらとしたものではなかったけれど、体調が悪いということではないみたいだ。
やはり驚き半分警戒半分というところなのだろう。
「よかった。」
なので私たちは敵意がないことをアピールするために笑顔でそう言った。
また彼女がボーっと私の顔を見ていたが、すぐに頭を振ってから、硬い表情に戻り、ゆっくりと口を開いた。
「私はレーン。あなたは・・・何者?」
朝食の時に挨拶したはずなのだが、やはり彼女は私のことをまるで覚えていないようだった。
なのでこちらもそういうことを指摘せずにちゃんと自己紹介することにした。
「私はライム。今年で8歳になる人間よ。」
彼女は人間と聞いた一瞬険しい表情になるも、すぐに元の暗い表情に戻る。
やはり人間を憎んでいるのだろうか。ならばこの姿の私とだと話しづらいだろうか。
しかし、私たちがスライムであると明かすこともできないし、かえって問題が大きくなるだけに思える。
選択肢がない以上、この姿のままレーンの心を開くことを考えないといけないだろう。
私たちがやらなくてもいいことではある。けれど、だからといってやらないのは何か違うだろう。ここにいる人たちが何もできなかった結果がこの状況なのだから、むしろ外から来た私たちができることがあるかもしれない。
これはやらなければいけないことではなく、やったほうが幸せになることだ。相手も、そして私たちも。




