エルフの国
目的地に近づくにつれて徐々に寒さが増していき、防寒対策をしていても防ぎきれない顔や服の隙間に凍り付いてしまいそうな冷たい風が流れ込んでくる。
地域の特性からか、不意の突風が吹き抜けるたびにエレアナのみんなは寒さに震え、定期的に飲むヒータードリンクや風魔法でそれらを防ぐものの、常時それらで防ぐことがかなわないため、一行は寒さと戦いながらひたすら歩を進めていた。
「・・・見えた!」
いつもとは違って足早に先頭を歩くレナが歩いていた丘を来れたところでそう言った。レナに追いつくころには私たちにもその大きな森の一端が視界に入った。
「やっと着きましたね。」
「これで寒さとはおさらばだぜ!」
「早く向かうとしよう。」
レナを先頭に駆け出し、視界いっぱいに広がる樹林を目指す。
変化はすぐに起きた。
今まで寒風吹きすさぶ寒冷地であったはずなのに、森に近づくにつれてどんどん気温が上昇していったのだ。
それは温度感知をオフにしていた私たちではすぐにわからなかったが、先頭を走るレナが急にマフラーを取り、手袋を取っていく姿を見て、そしてそれが全員の行動であったのを見て少しずつ温度感知を強めていってはじめて私たちにも理解できた。
森の目の前、木々の間に舗装された石畳が見える位置まで来る頃には春の陽気にも似た暖かさがが全身を包んでいるようで、もはや防寒装備を必要としないほどの気温であった。
なぜこんなことが起きているのかをルーナに聞いてみると、ルーナは丁寧に説明してくれた。
「このエルフの故郷ともいわれるイレーヌでは、森全体が一つの国として扱われているのですが、この森全体に特殊な魔法を施しているようで、森の周囲ないし内部は常春で保たれているのです。なので、この森に近づいている間も少しづつ気温が上がっていったのですね。」
なんとそんな大規模な魔法を使っているのか。
ルーナとの魔法講義で少しずつ知識を得ていき、今やルーナも認める熟練魔法使いほどの実力を得た私たちでもこの森にかけられている魔法の規模が桁違いであることが容易にわかる。
森の大きさがどれくらいかはわからないが、地図を見た限り王国十分の一ほどの大きさがある森の全体に魔法をかけ、その付近にもその影響が出るほどの力を籠めるとなると、そこに籠められた魔力の量はルーナ100人分でも足りるかどうかといったところだと思う。
ルーナの本気をまだ見たことのない私たちでは確定的なことを言えないけれど、普段のルーナの魔力からすればその規模の魔力であるといえる。
それもそんな大規模な魔法をずっと維持し続けるとなると、それはもう本気で訳が分からないほどの魔力量だ。
いったいこれをどうやって行使し続けているのだろうか。
「残念ですが、この魔法についてはエルフの重要機密となっているので私にもその原理はわかりませんが、エルフが使うことのできる古代魔法というものが関係していると思われます。」
古代魔法?それは一般の魔法とはどう違うのだろうか。美景ならわかるのかな?
(それは見てみないと何とも言えないね。でもエルフが使えるって言ってるってことはルーナは使えないってことだと思うし、厳しいかもね。)
何か種族的な違いがあるのか。それとももともと広めようとしていないからか。
どちらにしても目にする機会がないとどうにもならないな。
「あなたたちはエレアナの皆さんでお間違いないですか?」
防寒具をリュックにしまってさあ進もうとしたときに、道の左右にある木の陰から槍を持った長身の男性と弓を携えた細身の女性が姿を現した。
男性の方は体格に合わせた流線形が美しい青銀色の鎧を着こんでおり、頭には顔を隠さない形のヘルムを装着している。
女性は身軽さを重視しているようで革の鎧を着ており、頭には大きな羽根のついたハットをかぶっている。
両方ともすっごく美人で、そして耳が長い。
「その通りです。私たちはこの国にいるリィーネ=フィストゥアの要請でこちらに参上した次第です。」
ディランがヴァンの丁寧な好青年口調になってエルフの二人に事情を説明すると、二人はすぐにそれを信じたようで、構えもしていなかった武器を収める。
「話は聞いています。どうぞこちらに。リィーネ様がお待ちです。」
「車を用意させていただきました。リィーネ様のもとまでお送りいたします。」
二人に案内されるままに道を進むと、すぐに道のわきに止められている鋼鉄の箱のようなものが見えてきた。
というかあれは間違いなく――。
(自動車だ・・・。)
(大型車だ・・・。)
エルフの男の身にまとう鎧と同じ青銀色に輝く鋼で作られ、車と呼ばれたそれ。それはまごうことなき自動車だった。
窓ははめ込み式ではあるもののちゃんと透明なガラスであり、車輪は木と鉄を合わせて作ったかのような異様なものだったが、確かに車輪としての機能を果たしているようで、排出口のようなものもあった。
(え?・・・ええ?なんで?)
形は軽トラックのような形状で、2人乗りの運転席と広い荷台があり、荷台には人が座れるように配慮してか馬車と同じように座れるスペースがあった。
外装がすべて鋼で、内装は木と獣の皮をなめした革製のカバー。
動力がガソリンなら文句なしの自動車だけど。
「魔動車は久しぶりです。酔ったりしなければいいのですが。」
ルーナの一言でようやくこの車の正体を理解する。
(そういえば前に私たちの車形態を見てディラン達が言ってたね。)
(本当に地球の自動車とすごく似てるね。これもアース連合の仕業かな?)
それは十分考える。というかここまで形が同じならその可能性が一番高い。
仮にこちらでも独自に開発していた魔動車があったとしても、これほど形が似るとは思えない。
魔動車の運転席のドアノブでさえ地球の軽トラックと一緒なのだからそう疑ってしまっても仕方がないだろう。
ともかく、これが魔動車と呼ばれるのであれば、動力は当然魔力。ということは自分の魔力が持つ限り動くということであり、見たところ魔法の心得があるというわけではない二人のエルフが運転席に乗っていることから魔法使いでなくても十分に走らせることができるということ。
二酸化酸素とかも排出しないということは超エコカーということに・・・。
「・・イム・・ライ・・・ライム!」
いろいろ考えていたためにルーナの声を聞き逃していたようだった。
私たちは鞄から少し触手を伸ばしルーナを窺う。
「ライム。今から鞄から出て変身してくれますか?万が一スライムということがばれてしまうと、後々面倒なことになってしまいますので。」
ルーナがそう言うとリュックの中に入れてあった服を取り出して私たちに渡す。
「念のために鞄の中で着替えてください。」
結構無茶なことを言っている気がするけれど、指示通りに私たちはある形態のスモールバージョンになってから少しずつ鞄から出ていく。
やがて全身を出してから服の大きさに合わせて大きさを調整し、最後に体の隅々まで確認して最終調整を行う。
「よし。できました。」
私たちはルーナに笑顔でそう言うと、ルーナがすぐに抱き着いてきた。
「可愛すぎですライム!」
ルーナが抱き着いてきたのを受け止め、いつも通り手をまわして抱き合う格好になる。
「やっぱスゲーな。もう本当にスライムに見えねーわ。」
「初めてその姿になったときはもうびっくりしてみんな声あげてたもんね。」
ポートはもう何度目になるかわからない驚きとともに口を開き、レナは最初に私たちがこの姿を見せたときのことを思い出して苦笑いしていた。
「まさか少女になるとは思いませんでしたよ。」
ヴァンの口調そのままにディランが私たちを見てレナと同じく苦笑いする。
そう。私たちはついにやり遂げたのだ。
何をやり遂げたのかって?それはもちろん!
人型化である!
1か月ほど前にようやく私たちの努力が実を結び、完全な人型に変身することがかなったのだ。
能力のおかげで自由に体色を変化させることができるため、傍目では幽霊のように半透明な人間にしか見えないだろう。
その半透明という部分でさえ、服で大部分を隠してしまえば気になることもなくなり、一部の体色を強調させることで一見しては見破ることが不可能なほどのクオリティーとなった。
手の動きや足の動きも完全再現できるようになり、オプションで細くやわらかな髪も再現した、まさにこだわりのフォルム。
ただ一つ問題を上げるとするなら、まだ私たちでは幼女に近い少女くらいの大きさにしかなれないという点だ。
いや、大人の女性の姿になるだけならまだできるのだが、そこから体を動かそうとするとどういうわけかうまくいかずに元のスライム形態に戻ってしまうのだ。
まだ修行が足りないということで今はおいているが、いつかは完全な人間の姿になってやると美景ともども息巻いている。
なにはともあれ、私たちは念願かなって人の姿になれたわけで、そして練習のおかげでたどたどしくも話すことができるようになったことで私たちの野望が一部完遂したといってもよく、1か月たった今でも冷めやらぬ喜びをかみしめていた。
「とにかく。ここにいる間は人目に付く場所が多いので、宿の部屋以外では必ずその姿でいてください。」
興奮が収まったルーナは一息つくと、ここにいる間の最大の注意を教えてくれた。
なんでもエルフは種族間の情報網がしっかりしており、またたとえ他人であっても同種の事を大切にするとても心優しい種族でもあるため、小さい集落などがスライムに襲われたという情報も多く舞い込んできており、その都度怒りをあらわにしているのだとか。
すべてを飲み込むスライムの存在は、自然の中で生きるエルフからすれば天敵とも忌むべきものとも呼べるものであり、そんなスライムと同種であるライムの本当の姿を見られてしまえば取り返しのつかないことになるということである。
「今のライムならば気づかれることはないと思いますが、あまり離れて行動することのないようにお願いします。」
「りょうかいです。」
ルーナの心配をよそに噛まずに言葉を発することができたことに満足げにしていると、そのことを察してか困った顔をしながらルーナが私たちの頭を優しくなでる。
「もうすぐ着きます。降車の用意をしてください。」
運転席の方からエルフの女性の声が届き、私たちは荷物を背負って降りる準備をした。
ちなみに私たちは自分が入っていた鞄を肩にかける。
自分の住処ともいえるルーナのカバンなのでせめて自分が持ちたかったのだ。
「さて、依頼の内容はいったい何なのでしょうかね。」
ディラン・・・が扮するヴァンは徐々に見えてきた木々に囲まれた街を遠目に見据えながら、これから頼まれることについて不安とも期待とも呼べる想いを抱きながらそう呟くのだった。




