不穏な影 2
その情報だけでは特定の誰かまではわからない。しかしそもそもが他国からの攻撃であるといえる今回の事件ではイレーヌに正義があり、ゆえにレゼシア王国の二つの領土に攻撃を仕掛ける十分な正当性を得ている。
イレーヌがただのエルフが集まる集落のようなものならそうはいかなかっただろう。しかしイレーヌは世界が認める立派な国家であり、領土は小さいながらも友好を深める国は多い。必然的に国としての地位も上位である。少なくとも何倍もの差がある領土を持つレゼシア王国と同等の発言力を持つのである。
ディーレア王はすぐにでもレゼシア王国に使者を送り、王国の総力を挙げて下手人を捕らえるか、さもなくばレゼシア王国の2つの領土に限定して戦を仕掛けるという旨を伝えようとした。
しかしそれを聞いたリィーネが待ったをかけた。確かにエルフの力をもってすればレゼシア王国のたった2つほどの領土にいる兵士など蹴散らして貴族たちを捕らえることもできるだろう。そこから犯人を割り出し、報復することもかなうかもしれない。
ただ、一度戦端を開けばもう後戻りなどできない。もしもレゼシア王国の両領土に仕掛けた他国の工作員の仕業であった場合、そのせいで全く非がなかった場合、領土にいる領民のみならず王国全体の民がイレーヌを恨むことになる。最悪全面戦争に発展する恐れもあるのだ。
そもそも、本当に両領土のいずれかに黒幕がいたとして、戦端が開かれたとたんに他領に移り、何事もなかったように今までの暮らしを取り戻すだろう。そうなれば目も当てられない。
ゆえに穏便に、内密に解決へと導く必要があると説いたのだ。
普通のエルフなら王の決定に待ったをかけることなど許されるはずもなく、聞く耳を持つことなどない。ただしリィーネはイレーヌでも特に有名であり、有力者たちの信頼も厚い元弓術部隊隊長である。その認識は王も同じであり、リィーネの案も一考の余地ありと受け入れられた。
ただし、リィーネの考えにも賛同しにくい部分があった。それはどうやってテラリクス領とモルフォル領に黒幕がいるかどうか調べるかである。それも内密にとなると、それはエルフでは難しくなってくる。
エルフの隠密部隊は確かに優秀である。古代魔法を扱うことのできる者も多いために姿をくらまして他国に潜入することなどは他愛もない。
しかし調査をするとなると必ず聞き込みが必要となってくる。裏の人間や貴族となればなおの事だろう。そうなれば人間との違いが分かりやすい耳などを見られた瞬間に潜入は失敗となる。
つまり、どう考えてもエルフだけではこの作戦を実行することができないのだ。
それを指摘されたとき、リィーネは苦渋の決断をした。あまり頼りたくはなかったし、できれば彼らにこんなことをしてほしくはなかったが、それでも頼める者は考えうる限り彼らしかいなかったからだ。
そうして王に提案し、手紙をしたためて早1週間。決断の時は刻一刻と近づいている。
王に与えられた期間はたったの3週間。その間に作戦を遂行できなければ使者を送り、武力行為を行うという話となった。
リィーネはもうすぐ日が暮れるという時間、目に見えるすべてが茜色に染まるこの景色をゆったりとしたベンチに腰掛けて眺め、その中でも元気に走り回る子供たちの姿を目にしながら深いため息をついた。
「・・・。手紙は届いたのだろうか。」
リィーネの手紙が冒険者ギルド本部に届くまで早くとも3日はかかる。そこからは彼らが冒険者ギルドに立ち寄るという運にもよるのだ。早くとも1日、遅ければ1週間以上かかるだろう。ならばどれだけタイミングよく冒険者ギルドに立ち寄り、緊急の用事がないかにかかっているだろう。
返信はまず来ない。冒険者ギルドが建てられていないイレーヌへ手紙を届けるには直接届けに来るしか方法がない。ならばよっぽどの用事がない限り直接来てくれるはずだ。
そして人が悪いと思われるかもしれないが、手紙に詳細は伝えておらず、ただ問題が発生したので協力してほしいという文のみで送っている。
もし来てくれたとしてももしかしたら協力してくれないかもしれない。
誰も自国へスパイ活動しに行きたいとは思わないだろう。それもそのうちの一つが故郷であるならなおさら。
それならそれで戦争が開かれるぞというわけだが、脅しと言わずしてなんというのか。たった一人の愛弟子に、そんな酷なことをする私は師匠を名乗る資格はないのかもしれない。
そこまで考えてまた視線を落として深いため息をついた。
「リィーネさん。お疲れですか?」
いつの間にか夕食の準備を済ませた孤児院の責任者であるエルン=ティアックがリィーネのすぐ隣に腰掛けていた。
エルンが顔を覗きこんでほほ笑んでおり、彼女の顔を見てリィーネも表情を緩めた。緩めて分かったことだが、リィーネは先ほどまで考え事をしていたために眉間にしわを寄せてとても疲れているような顔をしていた。
「悪い。少し考え事をしていたようだ。エルンはもういいのか?」
リィーネの表情が明るくなったことで気をよくしたのか、微笑みを崩さないまま子供たちの方に顔を向ける。
「料理はもう出来上がりましたから、あとは配膳だけです。もうすぐ夕食だと子供たちを呼びに来たのですが、その時にリィーネさんがとても深いため息を何度もしていたので。」
そう言うと、エルンはまたリィーネの方に顔を向けて少し心配そうな表情になる。
「何度もため息をついていると、幸せを逃してしまいますよ。」
言葉の真意はまた別にあるのだろう。エルンには現状を詳しく話しているうちの一人であるし、またそのことについて深く考えてくれている。
人一倍子供たちの事を考えている彼女の事だ。早くこの事件に決着をつけたいという願いも強いだろう。しかし優しい彼女が戦争を望むわけもない。そしてそれを回避するためにリィーネが策を講じていることも知っている。
「そうだな。もう少し肩の力を抜くことを覚えなければならないだろうな。」
「ふふ。そんな話し方をしているうちは、力を抜くことなんてできないでしょうね。」
男のような固い口調のリィーネを少し笑いながら、それでもふと見せる表情は不安の色が見え隠れしていた。
「もうすぐ私も300歳を超える。いつまでも女ではいられないさ。」
「それでもあなたは女性なんですから、もう少し柔らかな口調をした方がいいですよ。」
言葉を重ねるうちにエルンの表情も明るくなる。リィーネもそれを見てひとまずは不安を断ち切ることができた。
「彼らは必ず助けてくれる。みんな気のいい奴らだ。今回はいろいろな意味で難しい依頼だが、協力してくれると私は信じているよ。」
「リィーネがそういうのだから、きっとその人たちは素晴らしい人たちなんでしょうね。」
「ああ。何といっても私の自慢の弟子が居るからな。」
リィーネは胸を張ってレナの事を語る。とても呑み込みが早く、何事にも物おじせず、筋の通った意志の強さを見せ、弓の扱いは我がエルフの弓術師部隊の精鋭たちに引けを取らない。
そんな愛弟子の話をすることでエルンの表情に影はなくなり、話しているうちに自分までも気分が高揚して自然と笑顔になっていた。
「早く会いたいものだわ。そのレナちゃんに。」
リィーネは森の中にある幻想的な街道を、その道の先を見据えて口を開いた。
「会えるさ。もうすぐ・・・来てくれる。」
リィーネはこのままエレアナが間に合わずとも独自で動けるように様々な手段を講じていた。
しかしどれもこれもエレアナと協力すること以上に効果的な手段ではなく、決め手に欠けるものが多かった。
彼らが早急に来てくれるのを待ちつつ、今日もまた来ることはなかったかと落胆し、子供たちとエルンとともに孤児院の中に入っていったのだった。




