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手紙

 それはつい1週間前の出来事だった。


 冒険者ギルドから定期的に発注される採取依頼の中でも特にベテランにしか仕事を振らない高難度採取依頼であるティキシー・キャンドルという花を採取して依頼完了の報告をしに戻ってきた私たち含めたエレアナは、ギルドの案内係に呼び止められた。


 「あの・・・もしかしてエレアナの皆さんですか?」


 「そうだが。何か用事でも?」


 案内係は少しおどおどした様子でこちらを窺っていたが、ディランが質問に肯定したことでほっとした表情になり、姿勢を正して口を開く。


 「レナ=フロア様宛のお手紙をお預かりしております。急用の印が押されていますので、直ちにお受け取りいただきたいのですがよろしいでしょうか?」


 まだ少し自信がなさそうな声色だったがどうにか用件を伝えられたとほっとしてまたおどおどしたような姿に戻る。


 レナはというと何の要件なのか見当もついていないようで、頭にはてなマークを浮かべながらも「じゃあ依頼完了報告の後で受け取ります。」と言った。


 「そ、それでは手紙預かり所でお待ちしております。」


 案内係はそういうとすぐにぺこっとお辞儀してからパタパタと慌てた調子でギルド依頼所とは真逆にある手紙預かり所まで戻っていった。


 少し耳を傾けてみると「も~う。緊張したよ。なんでテオが行ってくれなかったのよ!」「だって王子様や貴族様に話しかけるなんて緊張して心臓飛び出るんだもん。」「それはこっちだってそうだよ!」などと小声にもなっていない声で騒いでいた。


 「実家からか?」


 「違う・・・と思うけど。今更家を出た私に急用で手紙を送るような人じゃないもん。父さんは・・・。」


 レナは家から出ていった時の事を思い出してか少し表情が陰った。


 それを見ていらんこと言っちまったとひきつった表情をしたポート。見ればディランとルーナはじっとりとした視線をポートに浴びせていた。


 「ふぅ・・・。とにかく受け取ってみないことにはわからないことだしな。とりあえず報告しに行くぞ。」


 「うん・・・。」


 レナの機嫌が戻らないことを再度目で攻撃するルーナにポートも今回ばかりはデリカシーにかけていたと無言で反省の色を示す。


 レナの場合は他のみんなと違って家族に会いに行ったり連絡を取ったりはしていない。


 ポートもなんだかんだ言って手紙で近況報告を友人や家族に送ったりしているし、姉妹愛の強いルーナの方はギルドに行けばたいてい手紙が送られてきている。


 ディランの場合は少し複雑で、父である王様に気軽に手紙なんか書くことはできないし、母には送っているがそれも滅多にないことだ。この2か月で1度しか見ていないから少ないといっていいだろうと思う。


 けれどディランの場合は継承権争いをしている兄弟意外とは仲もよく、姉や妹とは王都に行った際に顔を見せているのだとか。


 そういう意味で言えば、レナだけが家族とうまくいっていないといえた。いや、家族とうまくいっていないのではなく、父親とうまくいっていないというべきだろうか。


 以前にぽろっと聞いた話だが、レナの姉とは仲が良かったらしく、尊敬もしていたらしい。母親の事も好きだったので、実質家族の中で仲が悪かったのは父親だけなのだ。


 しかし父親は自宅の1階を仕事場にしている関係でずっと家にいるし、手紙を出すとなればそこに届けられるわけで。また顔を見せることなんかは論外になってしまっている。


 ゆえに必然的に家族とは疎遠となっていっているのだ。


 そんな家族から手紙が来るとは思えない。


 こそっと母親が出してきてくれる場合があるが、それでも返信が書けないために大抵が何でもない日常の出来事やこちらを心配する文面が記されているだけだった。


 なので今回のように急用の印をわざわざ押して届けてくることなどないはずなのだ。


 完了報告の際、レナはずっと手紙の事や家族の事を考えていてぼんやりとしていた。


 表情にはいつもの朗らかさや快活さ全くなく、どこかさみしく、そして少しの苛立ちが浮かんでいた。


 「そうよ・・・。今更私になんか・・・。」


 ぼそっとつぶやいたその言葉を報告をしているディラン達は気づけないでいたが、私たちだけにはちゃんと届いていた。


 報告をし終えて報奨金を受付から受け取ると、私たちはさっそく手紙預かり所のもとに向かう。


 ギルドの端に設けられたこの場所では冒険者ギルドに所属しているすべての冒険者の郵便箱の役割を果たしている。


 冒険者は基本根無し草であり、1日滞在したらまた違う街へ向かうことなど珍しくもなく、ゆえに冒険者にあてた手紙を本人に届けるには必ず立ち寄るギルドへ送ることになっている。


 それでも冒険者ギルドは世界各地の街に支部を持つがゆえに、たった一人の冒険者に手紙を直接届けるのは至難の業である。それこそ冒険者の行動パターンをしっかり把握しておかないと無理だろう。それも一人一人。


 そんな無理難題を克服するため、ギルドには必ずあるものが置かれている。それが転写装置である。


 魔法によって手紙の内容を読み取り、筆跡からちょっと書かれた絵まで完璧に記憶し、それを任意のギルドの装置に送信。装置に紙をセットすればあとは自動で転写してくれるというものだ。


 地球でのファックスを想像してもらえればわかりやすいと思う。ただしここで使われているのは電気信号ではなく遠隔魔法の発展版であるが。


 ちなみにこの設計にはルーナは携わっていない。ルーナが研究に参加するかなり以前にもう完成されていたみたいだ。


 そしてこの転写装置の仕組みは企業秘密となっており、ルーナも知らないらしい。


 なにはともあれ、レナ宛の手紙を受け取りにこの手紙預かり所の前まできた。


 「レナ=フロア様ですね。少々お待ちください。」


 レナの顔を見るとすぐに受付の人が後方で事務仕事をしている人に話を通し、1通の手紙を受け取るとこちらに戻ってきた。


 「レナ=フロア様に急用印でお手紙を1通お預かりしております。送り主はリィーネ=フィストゥア様となっております。ご確認ください。」


 そう言って受付の人は持っていた手紙を丁寧にレナに渡す。


 「師匠?急用って何だろう。」


 レナは受付が言った名前に反応し、先ほどまでの暗い表情を少し元に戻す。


 「リィーネさんは弓の師匠のことですよね?」


 「そうだよ。師匠はあんまり手紙を送ってくる人じゃないんだけど。」


 そう言いながら封を切って内容を確認しようとする。


 ちなみに転写装置には転写した手紙をたたんでギルド専用の封筒に入れる機能もついている。


 これはギルドの人間に手紙の内容を知られないようにするためであり、顧客の情報漏洩を避けるためである。


 手紙を転写装置で読み取る際に一度封を切って簡単に中身を確認するときには特殊なサングラスをして文章を読めなくし、転送させるのだとか。もちろん原本はそのあと一定期間人の目に触れないところで保存される。


 レナはそのギルド専用封筒の封を切り、中に入っていた1通の手紙を取り出すと、広げて瞬時に目を通した。


 するとすぐに手紙をたたんで封筒の中に戻した。


 「ちょっとここでは話せない内容だった。いったん宿屋に戻ってから話すよ。」


 レナは真剣な表情でそういうと、すぐに出口へ歩きだした。


 ディラン達もそのあとに黙ってついていき、宿屋で借りているルーナとレナの部屋にあがる。


 「それで?何が書かれていたんだ?」


 ディランが部屋の外に誰もいないこと、扉の鍵を閉めたことを確認してからレナに手紙のことを聞く。


 「私の弓の師匠はエルフだってことはライムちゃん以外は知ってるよね?」


 お~。確かドルン山脈で言ってたエルフの女の人の事かな?


 どうやら今回はその人から緊急の要件が舞い込んできたということかな。


 「師匠からの手紙にはこう書いてあった。」


 レナは手に持つ手紙の内容を読み上げる。


 『緊急を要するため、手紙という手段でエレアナに連絡をとることにした。早速本題に移るが、エルフの故郷にして我が母国であるイレーヌに近頃不穏な動きが見える。調査の結果、それが人間の物であることが分かった。近々大きな事件が起こる可能性が濃厚である。そこで我が信頼するエレアナに是非とも協力して悪逆を裁くことに協力していただきたい。ことは急を要するため、なるべく急いでほしい。この手紙が早々に届くことを祈っている。』


 レナは読み上げるとすぐに手紙を封筒の中に戻し、鞄の中に入れる。


 「私は師匠に大きな恩がある。できればすぐにでもイレーヌに向かいたいんだけど・・・。」


 レナは全員の顔を見て、最後にディランを見て止まる。


 「そうだな。いくら冒険者になっているとはいえ、王国の王子が他国の揉め事に干渉するのはよくないだろうな。」


 「・・・。」


 ディランは確かに冒険者になって各地を飛び回っている。王位継承の話も全く関係なさそうにしているあたり、王になる木も全くないのだろう。


 けれど今回の事はそういったディラン一人の問題ではない。


 これは他国の事に王国の王子が介入するというとても政治的な話だ。


 ゆえにディラン自身がなんとも思っていなくとも、エルフの者から頼まれたことであっても、冒険者に対する依頼であったとしても関係なく問題になるということである。


 しかしその問題を解消するために行動を起こしていれば確実に間に合わないだろう。


 「だったら・・・私一人だけでも行く。」


 レナはディランの事も十分考慮しながらも、小さな望みをかけてディランに聞いたのだ。その返答は想像通り。ならレナも想定通り動くだけだ。


 ただ、ディランはそこに待ったをかけた。


 「そうだな。ディランが行くことはできない。しかしディラン王子によく似た赤の他人なら行っても大丈夫だろう。」


 そういってディランはリュックから眼鏡と帽子を取り出して装着する。今まで見たことがないディランの姿にちょっとキュンとした。


 (メガネディランいいね!)


 (すっごく勉強できそう!)


 まるでインテリ系イケメンにおしゃれさをプラスしたように見えるディランのメガネ+帽子の姿にキュンとした女子高生スライム。


 「私はヴァン=シュタットと言います。王子不在の間、どうぞよろしくお願いします。」


 そう言って普段使わない柔らかな口調で優雅にお辞儀したディランはまるで本当に別人のような気がするほどの変わりっぷりだった。


 「ディラン・・・。」


 「いえ、私はヴァン=シュタットですよ。気軽にヴァンとお呼びください。」


 頑なに役からぶれないディランの演技に少し噴出したレナは、やがて落ち着くとゆっくりディランの、ヴァンの目を見て口を開く。


 「それじゃあヴァン。よろしくお願いね。」


 こうしてディランがヴァンに変わり、エレアナはエルフの国イレーヌへと出発したのであった。


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