私が求めていたものは。
先ほどまでの叫び声が轟き続ける凄惨な状況から一変し、今は山頂から火口に降りてくる冷たい風の音だけが聞こえる。
草花が揺れ、木の葉が舞い、湖が風にあおられて波立てる音だけがあたりに響く。
誰も、誰一人として、声を発することができないでいた。
数千といたモンスターは全て赤黒い何かに変わっており、まともに原形をとどめている者は皆無に近い。
少なくとも一見するだけではどれが何というモンスターなのかわからないほどに潰れ、砕け、切り刻まれ、まき散らされていた。
私たちはディラン達に向き直る。ただしいつものユミルン状態ではなくスライム状態であるため、視界だけを動かしているにすぎないが。
ディランは口を半開きにしたまま戸惑うように私たちを見つめている。
戸惑うのは無理もないだろう。私たちにこれほど凶悪な能力が備わっていたことを今まで知らなかったのだから。
いざとなれば容易く殺せるほどに、私たちは弱い生き物だと思っていたのだから。
レナは涙を流し、とても悲しいく苦しい表情をしている。
それもそうだろう。いくらなんでもこれはやりすぎだ。
モンスターは人間の敵であり、倒すべきものである。
けれどこれほど惨い殺し方をする必要性もまた無い。相手を洗脳し、同族同士を殺し合わせ、自分が何だったのかがわからないほどに八つ裂きにさせる。そんな非道な殺しをする必要性はないのだ。
慈悲なんてない、救いなんてかけらもないこの殺し合わせに憐れむのも無理はない話だ。
ポートは鋭いまなざしで周囲の肉塊を眺め、槍を握る手は小刻みに震えていた。
私たちのしたことに怒りを示しているのか。それとも得体のしれない力に恐怖しているのかはわからない。
だがどちらにしても、私たちと今までと同じように接することなどできないだろう。非道な行いをしたことに対して怒り、自分たちもいつかは同じように殺されてしまうのではないかと恐怖して。
それを覚悟して私たちは能力の使用を決断した。
覚悟ができていたとは言えないけれど、彼らの前から立ち去らなければならないだろう。
また二人きりの旅になってしまうのだろう。これまでと変わらない。ただ一瞬、そこに暖かな光がともっていただけだ。
火のついたろうそくは、けれども非常に短く、そして非常に細かった。ただそれだけの話なのだ。
そしてルーナは・・・。
ルーナは・・・。
私たちは異次元ポケットに収納していた道具や宝をすべて吐き出していく。
次々と出されるそれらを4人は黙って見届ける。
私たちには無用の長物だ。けれども彼らにはこれらは必要なもの。
それにこれは私たちがいなくても手にしていたかもしれないものでもある。何せ私たちは道案内と収納役しかししていないのだから。
ならばすべてを吐き出してここに置いていく方がいいだろう。
すべてを吐き出し終えた私たちは最後にユミルン状態になり、彼らの近くまで歩く。
その道のりはわずか3メートルほどしかなかったが、まるで地平線のかなたまで続く長い長い道に思えた。わずかしかたっていない時間は、されど何時間にも及ぶほどの長い時を感じさせた。
彼らと別れるのはとてもつらいことで、いつまでも続いてほしいという願いから、私たちにそう思わせたのかもしれない。
けれどもまだまだ続くと思われた道はいきなり崩れてなくなってしまった。
これ以上は進めない。
もう、ともに歩むことはかなわない。
せめて潔く、道を分かれよう。
「さようなら。」
一生懸命練習した言葉は、この時になって初めてきれいに出すことができた。
私たちはその一言を告げると、身をひるがえして車状態になり、静かに走り出そうとした。
「待ちなさい!」
動き出そうとしたその瞬間。ルーナの叫びが私たちの足を止める。
視線を向けると、ルーナが俯きながら両手を強く握り、体を震わせている姿が見えた。
手は強く握りすぎて血がにじみだしているし、俯いた顔からは月明かりに照らされて輝く大粒の雫を滑らせていた。
「なぜ・・・さようならなんですか。」
ルーナは震える声を必死で取り繕いながらそう言葉を紡ぐと、ゆっくりと顔を上げ、私たちをまっすぐ見つめる。
怒っていた。泣いていた。悲しそうだった。
私たちに向けたられた感情は恨みでも、嫌悪でも、恐怖でもなかった。
「道具を置いて、宝を置いて、いったいどこに行くつもりですか。」
ルーナは一歩、前に出る。
「なぜあなたは別れを告げるのですか。」
言葉に力を籠め、また一歩、私たちに近づく。
「私たちがあなたを怖がると思いましたか。」
ルーナが前に出るたび、言葉を発するたびに、私たちは少しづつ後ろに下がる。
「私たちがあなたを嫌いになると思いましたか。」
ディラン達はルーナが私たちに話しかけるたび、ルーナと同じく私たちに歩み寄ってくる。
ついに私たちの目の前にルーナがたどり着いたとき、ルーナは私たちひっつかんで持ち上げる。
「私たちがあの程度であなたを嫌うわけがないでしょう!」
ルーナは感情のすべてをぶつけるように声を張り上げる。
「私は言いましたよね。私たちは家族だと。家族であれば、たとえ子や兄弟が犯罪者であったとしても、真に嫌いになって消えてほしいと願うはずがありません!」
そう言い切るルーナは静かに私たちを抱きしめ、背を撫でる。
「あなたの居場所はここです。私のそばで、ディランのそばで、ポートのそばで、レナのそばです。エレアナが、あなたの家です。」
ルーナは今度は私たちを下して、軽く頭に拳骨を入れる。
「たかが数千のモンスターを洗脳したくらいで、私たちがあなたを見放すことなんて、絶対にありえませんよ。」
それはとても暖かな言葉だった。暖かくて、光があふれるような優しさで。けれどそれゆえに信じられない言葉だった。
私たちがしたことはただの戦闘じゃない。
ディランのように勇ましく剣をふるったのでもなく、ポートのように狡猾に槍を突き入れていたのでもなく、レナのようにみんなが戦いやすくするために駆けて弓を弾いていたのでもなく、ルーナのようにみんなの盾となり砲台となって魔法を行使していたのではない。
私たちはただ、彼らに命じたのだ。虐殺しろと。同族を殺せと。隣人を裂けと。自分すらも殺しつくせと。
ただ命令しただけ。異常な能力を使って。
それなのに、そんなことをしたのに、いずれ自分に向けられるかもしれないというのに。私たちは人ではないのに。それでもそばにいるという言葉を信じることなどできなかった。
けれどルーナの表情からは、言動からはうそを言っているようには見えなかった。
私たちは、ワタシは。
「ワタシは。あなたタチを洗脳していたカモシレないのでスよ。」
不自然な言葉になりながらも懸命に声を出し、ワタシは以前から心の中にあった暗くおぞましい胸の内を吐露する。
洗脳していた。誘惑していた。その証拠は他でもない私自身に刻まれている。
ステータスに表示されている能力は、ワタシが一度でも経験し、発動した技術である。つまり、【誘惑】がステータスの欄に存在するということは、ワタシがすでにそれを依然行使したことがあるということである。
そして誘惑の効果が出ていたであろう状況。それに心当たりのある私たちはそれを黙っていることにした。
それはただ単に嫌われたくないというだけではない。
好きでいてほしかった。ずっとそばにいてほしかった。家族として、仲間として、友人として、スライムであるこんな私たちとともにいてほしかった。
だからたとえそれが能力の効果であったとしても、黙っていれば何も問題ないと思っていたのだ。思っていたかったのだ。
「それがなんだというのですか!」
ルーナは私に再度つかみかかり叱咤する。
大きな声にびっくりする私たち。しかし周りに立っていたディランたちはむしろ当然とばかりに堂々としている。
「ライム。わたしは洗脳を受けたことが何回かある。」
ディランはいきなり洗脳をかつて受けたことがあるということをサラッと暴露した。
「俺もあるな。ありゃ反則だと思ったね。」
ポートもディランに続いて暴露しだした。いや、あんたら元貴族なんだからそんなホイホイと洗脳されてたら駄目でしょうよ。
「私もあるな~。もう街をぶらぶらしていたらしょっちゅうあるよ。」
「というか、人なら必ず一度は洗脳されているはずですね。人に限らず、心ある者たちならだれもが。」
いや、この世界ってそんなに催眠術師が多いの?そんな「だれもが通る道だ」みたいな、青春真っただ中にいる若者にかける言葉みたいなこと言われても。
「ライム。例えば赤子がいたとして、すぐに危害を加えようとするでしょうか?」
急な話題の転換についていけないながらも、ワタシは首を振る。
「では赤子が泣いているとき、守ってあげたいと思いませんか?もし守ってあげたいと思うのなら、なぜそうしようと思ってしまうのでしょうか。」
そう聞いてきたルーナに、私たちは答えを出せない。
「あなたは人のことも理解できるスライムだとわかっているからあえて言っているのですが、私たちは誰しも、赤子の姿や子供の姿をした何者かを見たとき、それが非力なものであれば守りたくなってしまう。それは一種の洗脳ともいえるのではないですか?」
「そレとこレトは話が違う!」
「いいえ、同じ話ですよ。」
ルーナは反論させまいとしてすぐに言い切った。
「最初に出会ったとき、私たちを殺し合わせずに仲良くなる道を選んだのは自分を守ってほしかったから。死にたくなかったからでしょう。今の今まで黙っていたのは、それがずっと続いてくれればと願ったからでしょう。そして先ほどの戦闘でばれてでも能力を使ったのは、私たちを守るためでしょう。」
私たちをつかむ力はだんだんと優しくなり、また地面に下される。ルーナの表情はとても優しかった。
「ならばそれは赤子が泣くことと、子供が笑顔を見せること、何ら変わりはありませんよ。」
ディランもポートもレナもそれに同意するように頷いていた。
「俺は随分と呆気にとられてしまったが、それでもお前が俺たちを助けるためにしたということはわかっているつもりだ。」
「俺は正直びびっちまったけどよ。でもしかたねえだろ。ライムがいなかったら死んでたかもしれないんだ。まだ未練がある俺にとっちゃ助かったことに実感がわかなくて震えも来るってもんさ。」
「私はね、悲しかった。ライムちゃんがそんなことで私たちが離れるって思ってたことが。それに悔しかった。そんな思いまでさせて能力を使わせるほど、私たちが弱かったことが。」
みんなも私たちに対して嫌悪感を抱いていないと伝えてくれた。むしろ感謝しているふうなことまで言ってくれた。
涙が、止まらなかった。
涙が出ないことをこれほど恨めしく思う日がこようとは思っていなかった。
「ライム。何度でも言います。あなたは私たちの仲間で、友人で、兄弟で、家族です。だからこれからも一緒にいてください。」
こうして私たちはやっと本当の意味で、エレアナの一員になれた。
今まで胸の内でずっとくすぶっていた後ろめたさは掻き消え、家族と認めてくれたたった4人のもとで、これからずっと一緒にいよう。
そう心から思える日が来たのだ。




