もっと強ければ・・・そう思った。
【誘惑】の実行を確認しました。
これより、発動者ライムが敵認定した全ての者に対して精神支配を試みます。
Loading…Loading…loading…
成功しました。
脳内に突如流れた音声に一瞬驚きながらも無事に発動してくれたことを喜び、今度はユミルンの形態を放棄し、もとのスライム形態に戻る。
モンスターは襲ってこない。
いや、襲うわけがない。
なぜならモンスターはみんな私の虜となっているのだから。
ドーラで初めて打ち上げ花火を試みた日の夜。私たちは打ち上げ花火の実験とは別に能力についての調査も行っていた。
その結果判明したことは、能力名を念じるだけで習得している能力を行使することができるということだった。
例えば【変形】を念じて車状態を思い浮かべれば変形しようと自分で動かさなくても勝手に車状態になってくれる。
【特殊発声】を念じればたどたどしくも自分でやるよりかはよほどスムーズに声を出すことができる。
このように自分が習得した技能や能力をただ念じるだけで自動的に行えるようにするのが【ステータス化】の真骨頂であるといえるだろう。
そして私は実験であろうと怖くて使うことのできなかった能力を今回初めて使った。それが【誘惑】。
他の事例からどのようなことが起きるのかは大体予想ができた。なにせ「誘惑」という言葉からして心当たりがありすぎるからだ。
そしてその効果が絶大であることも予想ができた。
しかしここまで通用するとも思っていなかった。うれしい誤算であり、そして最悪な結果であるともいえるだろう。
ともあれ、これで敵のすべてがほぼ私の意のままにできるようになった。この状態になればこっちのものである。
ただしこれが能力である限り当然限界もある。時間の限界と命令の限界だ。
時間の限界は実はもうすでに出始めている。
中級モンスターは徐々に効果が薄れだして今にもとびかかってきそうだが、上級モンスターが全く動きを見せないので戸惑っているようだ。おそらくこの能力は強ければ強いほど、賢ければ賢いほど聞きやすいのではないかと思われる。
そして命令の限界とは、これほど多くの敵を同時にかつ理解できるように命令するには単純なものでなくてはならないということである。
つまり、詳細な指示を送ってドラン山脈から脱出できるようにすることはできないということだ。そんなことをすれば思い思いに散った後すぐにまた戻ってくることは目に見えている。
なのでこの時間のない中モンスター全員に命令し、かつ自分たちを守るにはどうすべきか、その答えは一つしか用意されていなかった。
『殺しあえ!』
催眠状態にかかったものにしか聞こえない特殊な声でモンスターに命令すると、瞬時に目の前にいるすべてのモンスターが同士討ちを始めた。
効果の切れかかっていたものはなおも混乱したが、それを油断と捉えたモンスターが瞬時に息の根を止める。
そうしてだれも止めるものが現れず、目の前の光景はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図となり果てた。
ディランたちは茫然としている。
目の前の敵が一斉に、何の前触れもなく殺し合いをはじめれば、たとえディランたちでなくとも訳が分からずにただ立ち尽くすのみとなるに違いない。
いや、むしろディランたちだからこそ茫然としているだけに収まっているのかもしれない。
モンスターの殺し合いは凄惨で、とてもグロテスクな光景だったからだ。
命令のせいか防御することなく、ただただ相手の急所を狙って渾身の一撃をぶつけ合う彼らは、たとえ臓物をぶちまけられようが生きている限り相手を殺そうと動き回り、痛みに絶叫を挙げながらも何かにとりつかれたように攻撃を繰り返す。
例え目の前にいるのが忌むべきモンスターであったとしても目をそむけたくなるような光景であり、人と重ねたならば気がふれてしまってもおかしくない状況なのだ。
ディランたちがこれまでどんな冒険をしてきたのかはわからない。
それこそ人の死を数多く見てきたと思うし、理不尽なことにも耐え抜いてきたことだと思う。
けれど目の前で起きているような吐き気を催すほどの惨い現象を見るのは初めてに違いない。
この地獄を見ていてまだ正気を保っていられる胆力を持つ彼らは、やはり次代の英雄と言われるにふさわしい実力と精神をを持っているのだろう。
けれど決して平気ではないはずだ。優しい彼らがこの光景を目の当たりにして何も感じないわけがない。
それも、私が前に立った途端にこれが起きたのだ。彼らは馬鹿じゃない。きっともうすでに気づいているだろう。
だから、彼らの前では決して使いたくなかった。
この悪魔のような能力を。
これを使ってしまえば、もう後戻りできないことが分かっていたから。
これを使えば、あの時の出会いから今までの出来事が、まるで蜃気楼のように霧散してしまうと。そうわかっていたから。
やがて何百何千といたモンスターはほんの数匹となり、その数匹もほぼ瀕死の状態で立っていた。
催眠がほとんど薄れていて、こちらに敵意の視線を向けてきているが、もう一歩も歩くことができない状態まで追い込まれた彼らが私たちにできることなど何もなかった。
だから、すべてを終わらせてあげるために、私たちは彼らに銃口を向ける。
ボルカヌアに当てたときはそれこそ傷一つつけることができなかった銃。けれど瀕死の彼らにはそれでも十分すぎるほどの威力だったに違いない。
魔力弾が着弾した瞬間に派手に吹き飛び、何度も地面を転がってようやく止まったころには物言わぬ屍になっていた。
そうして明日はないと思われた戦いに終止符が打たれたのだった。




