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ルーナの独白

ああ。心地いいですね。


 まるで領地にいた時の、お母さまがいた時のような。モルフォル領で春の日差しを浴びながら、並んで歩いた庭園のような。


 そんな懐かしい暖かさ。


 ライムに昔のことを話したからでしょうか。こんなにも懐かしい情景が夢に出てくるのは。


 「ルーナ。あまり走り回らないのよ。」


 お母さまの声がする。


 懐かしい声。優しくて、暖かくて、すべてを包み込んでくれる。そんな声。


 もう聞くことのできない、声。


 「わかってる!」


 小さかった私は、お母さまの言うことを聞き流して、庭園の芝生の上を走り回っていた。


 お母さまは怒りはしなかったけれど、困ったような顔をして、私がこけないか、けがをしないかどうか心配して。


 案の定、私はこけてしまって、膝には擦り傷ができ、血も流れ、私は泣いた。


 お母さまは苦笑しながら、私をあやしてくれる。


 「大丈夫よ。大丈夫。これくらいならすぐ治るわ。」


 「う・・うぐ・・ほんと・・?」


 「ええ。見ていなさい。」


 そういってお母さまは擦りむいた膝に手をかざし、光の魔法を使って傷を治してくれた。


 心優しいお母様は、治療や守りの魔法が大の得意で、宮廷魔導士も及ばないほどの実力を持っていた。


 そんなお母さまの魔法に触れ、私はさっきまでわんわん泣いていたのに、途端にうれしくなって、凄いなって思って、満面の笑みになっていた。


 そんな、懐かしく、暖かい記憶。思い出。大切な、人だった。


 学園で魔法を習った。


 その授業で私は途端に注目を浴びた。


 わずか8歳の少女。学園に来て初めて習った風魔法で教員顔負けの威力と精密な魔法を行使したのだ。


 習った魔法は一番最初に習う送風の魔法。けれどその規模がけた違いに大きかったのだ。


 魔力が高く、まだ魔力の制御訓練を行っていなかったから起こった事件。


 幸い、怪我人などもおらず、私がすぐに操作して威力と方向を変えたから、被害という被害は全くなかった。


 校長からは厳重注意を受けたけれど、私は何より、将来お母さまに並び立てるほどの才能を持っていると言われ、うれしくなった。


 帰ってお母さまにそのことを伝えると、我が事のように喜んでくれた。


 それからは毎日魔法の訓練に明け暮れた。


 学園では熱心に魔法書やそれに準じるものを片っ端から読み漁り、家ではひたすら覚えて帰ってきた魔法の特訓。


 姉二人は魔法の才能が私ほどあったわけではなかったが、それでも戦闘訓練や勉強の手伝いなどしてくれて、毎日わいわい言いながら充実した日々を過ごしていたと思う。


 そして私が10歳になり、天才魔法使いという肩書が板についてきたころ、校長から呼び出しを受けた。


 何か問題でもあったのかと思って恐る恐る校長室に行くと、研究室に入らないかと勧められた。


 研究室。魔法使いならだれもが憧れる、魔法の研究を行う魔導士たちの職場。いろいろなジャンルに分かれていて、先頭に関するものから生活に関する研究まで様々な研究室がある。


 そこに入るということは、魔導士になる資格を得たということに等しい。


 魔法を他者よりも扱え、それをメインに戦闘をこなす魔法使いとは異なり、魔導士は魔法を研究し、新たな魔法を開発したり、宮廷お抱えの魔導士となるなど、国から正式に認められた魔法のプロフェッショナルなのだ。


 それはつまり、宮廷魔導士以上の実力を誇るお母さまに一歩近づき、肩書だけで言えば同じ場所に立てたということに他ならなかった。


 私はうれしくなって、その話を受け、急いで報告しなきゃと家に帰った。


 けれども玄関を開けたとき、いつもと何か違和感があるように思え、ゆっくりと入っていくと、正面の階段に寄りかかるように、お母さまが倒れていた。


 私はそれを見たとき、何が起きているのかわからず、ただゆっくりとお母さまのもとに向かって歩いていた。


 「おかあ・・さま?」


 本当は見た瞬間わかっていたのだろう。


 私の頬にしずくが流れ落ち、動悸も激しくなっていた。


 「お母さまーーー!」


 私は必至で叫んで、お母さまの体をゆするけど、体は糸の切れた人形のように、ただ揺さぶられるままに動くのみだった。


 体は冷たく、まるで、それはまるで。


 私の叫び声に反応したメイドが駆けてきて、お母さまの容体を確かめ、すぐに医者を呼ぶように家中に響き渡るほどの大声で言った。


 15分ほどで医者が到着したが、なんの施術もせずに、彼は死んでいることをメイドと執事、そして私に話した。


 突然の心臓発作だった。


 何が原因だったのかはわからないが、発作を起こし、階段にもたれかかるように倒れ、そのまま息を引き取ったのだと。後に聞いて知った。


 お父様は王都から急いで帰ってきたけれど、お母さまの姿を見て崩れ落ち、泣き崩れた。


 私は、泣いて、そして眠りについた。


 長い長い眠りに。


 再び目を覚ました時、そばには2人の姉が私の手を片方ずつ取って、見守ってくれていた。


 聞くと、私は3日間眠りについていたのだという。


 みんなつらいのに、私だけ現実から離れてしまっていたのだ。


 私はお母さまが亡くなったことを、未だに受け止めきれずにいた。それもそのはず。たかだか10歳ほどの少女が、最愛の人を、母を失ってまともにいられるはずがなかった。


 けれども私は懸命に前を向こうともがいた。


 今の姿は、とてもお母さまに並び立てるようなものではなかったから。憧れのあの人に認められ、ともに歩めるようなものではなかったから。


 もうかなわない夢だとしても、それでもお母さまがいたら叶っていたのだと、それを証明するためにも、私は懸命に歩み続けた。


 取り繕った。


 もう大丈夫だと姉たちにうそぶき、父を励まし、収入の見込める魔動研究施設に登録し、傾いた領地運営を立て直すために頑張った。


 頑張って、もがいて、蓋をした。


 それから時が経ち、そりが合わなくなった施設からでて、レナに出会って。


 冒険者でも頑張って。有名になって。ディランとポートとも出会って。エレアナを結成して。


 もうすぐ。もうすぐ記憶から消えてなくなっていくと、そう思っていたのに。


 ライムが現れた。


 その愛らしいスライムは私たちの仲間になって、その愛らしさに今までなかったような感情が芽生えて。


 今まで、一緒に戦おうとは思ったことがあっても、絶対に守ると思ったことはなかった。


 パーティーのみんなは守られるような存在ではなかったし、私も戦う側の存在だった。仲間で、大切だったけれど、そういうものではなかった。


 けれど、ライムは守りたいと思った。


 仲間に誘ったのだって、この愛らしく、弱弱しいこの子が野生で生きていられると思えなかったからだ。


 そして、仲間になって、抱きしめたとき、懐かしい匂いがした気がしたのだ。


 ふと、夢から覚めた。


 今は明け方ごろだろうか。まだ日は登っていないけれど、うっすらと空が白んでいる。


 腕の中を見ると、そこにはライムがいた。


 身じろぎひとつせず、まるで赤子のように私に抱き着いている。


 レナは私とライムをまとめて包み込むように腕を伸ばしてくれている。


 朝の、そんな穏やかな一幕。


 私たちはうっすらと光に包まれている。


 慈愛の光。


 それは高位な魔導士が心を寄せる相手に対して行使することができる光魔法。


 母がけがをした私を治す際によく使ってくれた魔法。


 きっと、こんな魔法をライムが使ってくれたから、あの人の夢を見たのだろう。


 腕の中のライムを見ていると、こちらに顔を向けてきた。


 そしてその小さな口を開いた。


 「だい・・じょう・・ぶ。」


 ライムはそれだけ言うと、抱き着く腕に力を少し込めて、また顔を私の体にうずめてきた。


 不意に言われたその言葉は、お母さまが口癖のように言ってくれた言葉だった。


 『大丈夫よ。大丈夫』


 暖かな日差しの中で幾度となくいわれてきた言葉。


 もう言われることはないと思っていた言葉。


 私は知らず、涙を溢れさせていた。


 光はより強くなり、全身を心地よいぬくもりが包み込んでいく。


 目を閉じて、匂いをかぐ。


 あの時の、母の匂いがした気がした。


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