衛兵の受難
本日3品目
ショープ。レゼシア王国随一の商人の都であり、この大陸の中でも1位2位を争うほど金と物が動く都市でもある。
それだけの金や物が動くとあって、人の行き交いが激しく、毎日ショープの外壁にある四方の門に長蛇の列を作る。ショープの大きさは200k㎡ほどで、おおよそ東京ドームの5倍である。
これほどの大きさであるにもかかわらず、道には絶えず人が通り、馬車が3台並走できるほど大きな道路が狭苦しく見えるほどの賑わいを見せていた。
商店街などではもはや馬車が通るほどのスペースもないほど人がごった返しており、店に荷を運んでくる荷馬車が通るたびに警備兵のものが決死の覚悟で道を開けるのである。
本当に死ぬことはないが、万が一が考えられるほどには喧騒が飛び交っており、それが一日仕事となると過労で倒れるものも少なくないのだ。
今では相違うったことも考慮して半日交代のシフトを組んでおり、めったなことでは疲労困憊で次の日の仕事に支障が出ることなどなくなったが、賑わい収まることを知らないこの都市で働く警備兵にとっては、そもそも仕事に出るのが億劫になるほどの精神的ストレスを抱えるのである。
そんな状態であるからかは知らないが、この都市では裏取引がかなり横行している。
警備兵もそれはわかっているし、取り締まりたい気はあるものの、日々の交通整理で心身ともに疲弊している現状でまとまった人数を動かすことなど不可能であった。
なので、そこに付け込んで裏で悪人をのさばらせておくのを見て見ぬふりしかできないでいたのである。
そう、「できないでいた」のである。
それはほんの数か月前の出来事であった。20年前に大きな活躍を見せ、瞬く間に英雄視された組織、アース連合。そのアース連合の幹部である赤木直人がこのショープに訪れ、「この街の警備に来た」と言ったのだ。
ショープを治めている領主はこれに瞬く間に飛びつき、現状明と暗の差が激しすぎるこの街の警備を赤木に一任したのだ。
それからというもの、警備兵が交通整理に精を出している裏で怪しげな取引をしている者たちを次々と捕らえていき、今では裏取引がほとんどなくなるというところまで来ていた。
その鮮やかな手際に感服し、街ではさらにアース連合の人気が爆発していた。もとから英雄たちの幹部がこちらに来ているとして大きな賑わいを見せていたのに、この街の唯一にして最大の汚点ともいえる闇を取り払ったのだ。騒がないほうがおかしいというものだろう。
そんな現在。最も賑わいを見せているといっても過言ではないショープの東門にある門番詰め所に、件の赤木直人と、同じく幹部であるアリア=スタンフォードが訪れていた。
英雄たちの幹部がなぜ門番の詰め所なんかに訪問してくるのか。門番たちは気が気でなかったが、二人の雰囲気からして切羽詰まった状況でも剣呑としたものでもないとわかり、とりあえず詰め所にある取調室で話を聞くことにした。
「それで、その・・・どうされたのでしょうか。」
「あぁ。それほど大した要件じゃないよ。ただ、ちょっと調べてほしいことがあってね。だからそんなにかしこまらないでくれ。」
門番のうちの休憩に入っていた衛士が恐る恐る赤木に尋ねると、赤木は気楽にするように笑って話した。
衛士はなぜ今休憩をとっているのが自分だけなのか。門番の仕事にいつも以上に精を出している同僚を恨みながらも、そんなことをしている場合ではないと気持ちを切り替える。
「調べてほしいことと申しますと、何か違法なものが持ち込まれたかどうかということでしょうか。」
衛士が言っているのは違法取引に関する証拠、または違法物品そのものが入ってきたかどうかを調べるのかという問いである。
赤木たちの力でかなり裏取引がなくなり、街の暗部が取り払われて行っているとはいえ、まったくなくなっているというわけではない。ほんの数日前も赤木が主導で誘拐犯を捕らえていたばかりだし、衛士自身もまだちらほらとうわさが聞こえてくるほどである。
すべての悪を根絶することなど到底できることではないし、それを赤木たちに望むのも無理な話なので仕方のないことではあるが、衛士としてはそれらを赤木たちではなく自分たちで何とかしたいという気持ちがあった。
だからこそ、自分たちのミスで違法なものが入り込んだのかと最初に危惧し、そう問うたのだが、赤木がそれを否定した。
「いや、別にそういうことじゃないよ。あんたたちがよくやっているのはちゃんとわかっているからね。毎日これほどの人が出入りしているのにほとんどそういうことがないなんてすごいよ。」
衛士は赤木の答えにほっと安堵し、そして素直に褒められたことにうれしくなり、「ほとんどそういうことがない」という部分を聞いて少し悔しい気持ちが表情となって出てしまった。
裏取引がなくならないのは良くも悪くも街に多くの人が出入りしているからである。そしてその中にいる善人と悪人を見極めるのが非常に困難であるということが悪の絶えない原因である。
しかし、人の出入りを制限することなどできるはずもなく、どれだけ慎重に見ていてもうまく隠す者は当然いるわけで、毎日何千人と見る人の中からよからぬことをしているものを突き止め、違法物を持ち込ませないなど不可能である。
不可能ではあるが、それが衛士たちにとってできる唯一の仕事である以上、それが全うできていない現状をどうしても悔やんでしまうのだ。
それを察した赤木は、仕事にまじめな衛士にやわらかい笑みを向けつつ、あえてそのことには触れないように話を進めた。
「今日あんたたちに調べてほしいことは、これから来るだろう人だ。」
「これから来る人ですか。どういった人ですか?」
衛士の質問にやや困った表情をする赤木。
衛士は聞いてはいけないことだったのかと冷や汗を流したが、そういうことではなかったらしく、少し考えた末に一つ頷いて衛士に答える。
「いや、すまん。たぶん人・・・じゃないと思う。けど人と一緒にいるから悪いやつではないと思うんだけど。」
赤木の返答に今度は衛士が難しい顔をする。
人ではない。ということは魔物や魔人のことを指しているのだろうか?
しかし、魔物であれば人と友好的であるということはまず考えられないし、魔人に至っては今や絶滅寸前でそうそう会えるものでもない。
それに、赤木は言葉の初めに「たぶん」と言っていることからして、確証がないということになる。よっぽど人と同じ外見だとすれば魔人である可能性は限りなくゼロに近くなるし、魔物である場合はそれこそゼロだ。
けれど、英雄組織の幹部である赤木がいうのだからそういうあいまいな存在なのかもしれない。
「では、これからその者たちを割り出して事情を聴くということでしょうか?」
「いや、話は聞かないでいい。ただ、向こうに怪しまれないように探ってほしいんだ。」
赤木の返答にまたしても疑問が浮かぶ。
悪ではない。しかし探ってほしい。どういう事情があるかはわからないが、少しこの案件の重要度が上がったような気がした。
「それは・・・跡を付けて何をしているのかを探ってほしいということですか?」
「その通りだ。あくまでも相手に勘付かれない程度に距離をとりつつ探ってほしいんだ。一緒にいる人たちとの関係や、この街に来た目的なんかが分かれば上々かな。」
「しかしそれは、私たち衛士の仕事の範疇を超えます。もしやるのでしたら都市内に配備されている特殊部隊を通したほうがよろしいかと思うのですが。」
衛士のこの言葉に赤木はなぜか渋い顔をした。
特殊部隊とはこの街に配備されている兵士の中でも特に情報収集に秀でた者たちで構成された部隊で、総数10名とかなり小規模ではあるものの、こういう案件に関しては最も適した人員である。
しかし、そんな情報収集のプロを用いることに対して赤木が納得していないのだ。いよいよ衛士は赤木が何をしたいのかがわからなくなっていた。
「あー・・そのだな。確かにあいつらに任せたほうがより確実だとは思うんだが。今回ばかりはそれが通じないんだよ。」
「どういうことでしょうか?」
特殊部隊が通じない相手というのはそれだけで驚くべきことだが、それがわかっているうえで衛士に頼む理由が皆目見当がつかなかった。
「ポート=スヴェンが一緒にいるんだ。」
しかし、衛士の疑問は赤木のその一言で氷解する。
ポート=スヴェン。スヴェン伯爵家の3男であり、元王国特殊部隊所属の冒険者。
なぜ貴族の位を捨てて冒険者になったのかはわかないが、今では冒険者としての評判も耳にするため、存外彼は冒険者として生きるほうが貴族として生きるよりもいいと判断したからなのだろう。
そして、そのポートが一緒にいるということであれば、ショープに配備されているようなものが探りを入れていれば十中八九気づかれるとわかる。
元とはいえ国王の下で情報収集を生業としていたものが、領主の治める街に置かれている者たちに気づかないはずはないだろう。
それならばただの衛士である自分たちが遠巻きに見ているだけのほうが、まだちょっと注目を浴びているぐらいで収まるというものだ。
「そういうことでしたか。わかりました。それでは私たちのうち、非番であるものを2名と私がその任務をお受けいたします。」
「悪いな。助かる。」
赤木は頭を下げて礼を述べる。
すぐに衛士が頭を上げさせたが、実直な性格なのか、赤木はさわやかな笑みを浮かべて再度礼を言った。
「今回は俺たちも近くで見ているから、危なくなることはないだろうと思う。が、無理はしないでくれ。」
「わかりました。それでは早速人員を集めて行動します。」
そしてしばらくすると、ポートを含めた4人の冒険者が街に入ってきた。
一見すると他の3名も人であるように見えるし、荷物からしても普通の冒険者と変わらないように見えたので、ほかに同行者がいるということもなさそうだった。
一応決まりでリュックの中を簡単に改めさせてもらったが、何も問題はなく、さすがに肩掛けのカバンに物騒なものが入っているとは思えず、そのまま問題なしとして街に入れた。
「しかし。すごい顔ぶれだったな。ポート様だけでなく他の方々も・・・」
調査する対象があまりにも大物ぞろいだったことに気後れするも、気持ちを切り替えて後を付けることとなったのだった。




