オーランド男爵
応接間と呼ばれた部屋はお世辞にも広いとは言えなかった。
いや、私たちとエルフ二人とエレアナ4人、さらにオーランド男爵とその執事であるレイドスと給仕を行うメイド、合わせて10人がこの集まるには狭すぎると言ってもよかった。
設えられている2脚のソファーは2人掛けであり、オーランド男爵とディランとリィーネ以外は全員立っていなければならないわけだが、ゆとりを持って立っていられるほどのスペースすらない。
広さは10畳ほどだろうか。家具はソファーとそれに挟まれた机以外にはほとんど家具もない。あるとすれば壁に掛けられた小さな時計くらいだろうか。
殺風景といっても差し支えのない何の変哲もない部屋。それを応接間と呼んで使っているあたり、ここより適し場所がないようだ。
まさに異常といってもいいほどに貴族の常識からかけ離れている。
「さて、それでディラン様は今回どのような件で私を訪ねてきたのでしょうか。」
ソファーにゆったりと腰かけたオーランド男爵が向かいに座るディランに笑顔を見せながら問いかける。
だが、それに返答しようとした瞬間に声を上げたのはまたもオーランド男爵だった。
「なるほど。わかりました。それでは私が交渉の場にご案内しましょう。」
何がなるほどなのかわからない。いきなり言われたその言葉にディランの隣に座るリィーネを含め、オーランド男爵を知らない3人は怪訝な表情を彼に向けた。
「そうですね。とりあえずは誤魔化しの秘薬を2瓶用意させましょう。薬は2日くらいしか持ちませんから念のために2瓶あった方が安全です。それから・・・ああ、私が信頼する女性がおりますので、そこにそちらのお嬢さんを預けるとよいでしょう。ただついていった場合を考えてポーションと私の私兵を一人お付けします。」
まるで独り言のようにつらつらと述べる話を聞いていくうちに私たちもリィーネも彼が何を話しているのか理解できた。
いや、理解はできるのだがなぜこちらが何も話していないのにまるで用意していたかのような話をする。
その光景は異常者のそれであった。
「相変わらずの奇人ぶりだな。いや、天才といった方がいいのか?」
ディランはあきれるように肩をすくめて彼に心からの称賛を言葉にする。
「いえいえ。これくらいは大したことはありませんよ。しかし面倒なことになりましたな。まさかエルフとの戦争に発展するかもしれない事態とは。」
何でもないというように微笑み、メイドに入れさせた紅茶を口に含むオーランド男爵。
しかし何もかもを知っているようなその言動にたまらずリィーネが声を上げた。
「なぜ貴方がそれを知っている?まだこちらは一言も話していないというのに。」
「なぜ・・ですか。それはまあ割と簡単な話ですが、わざわざ語る必要はないかと。」
当然の事しか話していないと心底思っているようで、のんきに紅茶をすすりながらそう返答するオーランド男爵。
しかしリィーネの疑いの視線とディランの申し訳なさそうな視線ですべてを悟った彼は一つ頷くと手にしたカップを机に置く。
「説明されていないようなので、私から簡単にお話しさせていただきます。私は情報収集を徹底させ、どのような些細な情報も聞き漏らすことなく整理しております。その情報はこのテラリウス領内に限らず、レゼシア王国の各領地、周辺国家、その首都はもちろんとして地方の集落にまで及びます。そしてその中にはイレーヌ内からの情報も当然含まれております。」
オーランド男爵が語った事実にリィーネは動揺を隠しきれずにいた。人間国家の各街に間者をまぎれこませて情報収集をすることは何も珍しくはない。多くの知恵ある権力者がすることの一つである。
しかし、他種族の国、それも人間との交流など無きに等しいイレーヌにまで手が及んでいるということはほとんどない。
なぜならあまりにもリスクが高すぎるうえ、他種族ということで紛れ込ませることは至難の業なのだ。
「そんなことができるわけがないだろう!人間が紛れ込んでいれば我らが気付かないはずがない!」
その反論にオーランド男爵は小さなため息をつく。それはおろかな考えであると相手を憐れんでいるような態度だった。
「誰が人間を紛れ込ませていると言いましたか?」
「・・・は?」
「私はエルフの方にお願いして情報を提供していただいている。ただそれだけの事ですよ。」
オーランド男爵が語った真実。それはとても合理的な話であると思われるが、そもそもそれを実現させること自体が不可能なほどに難しいことである。
エルフは同族との連帯感が強い結束の固い種族である。ゆえに裏切るということなどあるはずがない。
それがオーランド男爵の言葉によれば少なくとも同胞が一人裏切っているということになる。重要機密である戦争云々の話を知るような上層部の者の誰かが。
「ありえん・・・そんなこと・・。」
「ふつうはそうでしょうが、まあリィーネさんは知らなくてもいい話です。私の事は一応ディーレア王も認めていますからね。」
続けて放つ爆弾発言にリィーネはめまいがする。
「王が・・・なぜ。」
「いろいろとあるのです。別段隠すようなことでもありませんが、このことについては王本人に直接話を伺った方がよろしいかと思いますよ。」
そう説明をすると一区切りつけるかのようにまた紅茶をすする。
「まあ、とにかくですね、私はそんな至る所から舞い込む情報の整理をし、その中から必要な情報をつなぎ合わせることが非常に得意でして。すべては我が領地を豊かにするためとはいえ、こうしてディラン様の事情を理解することもできたわけです。」
そう言って一通りの説明を終えたオーランド男爵はメイドに紅茶のお代わりを要求する。
何が何だかわからないという表情をするリィーネと私たちとレーンをみて苦笑いをしたディラン。
「彼は私が知る限り最も信頼できる情報屋なんだ。オーランド男爵はラディン一族の中でも特に天才の域に達する能力を持っていて、情報収集能力はもちろん、情報操作、情報統制、こと情報に関することなら右に出るものがいないほどの才と人材に恵まれた人物なんだよ。」
ディランの説明を聞いてもいまだ信じられない私たち3人。その能力はあまりにも大きすぎるし、下手をすれば世界を陰から操ることすら可能なほどだ。
「話がだいぶそれてしまいましたが、どうでしょう。明日中にはすべて用意できると思いますが。」
オーランド男爵は新たに注がれた紅茶の香りを楽しみつつ話を戻す。
「それで頼む。レーンにも腕利きの者をつけてくれ。」
ディランはそう言って穏やかに返す。そしてすぐに今まで浮かべていた表情を一変させ、鋭い視線をオーランド男爵に向ける。
「ところでオーランド。なぜライムの事については何も話さないんだ?」
探るような視線を浴びて、オーランド男爵はとても愉快そうに顔をほころばせる。浮かべた笑みはまるでおもちゃを得た子供のようだった。
「そうですね。強いて言えば、まだこの世に未練があるから・・でしょうか。」
ディランの鋭い視線に笑みで対抗する。
そんな腹の探り合いは突然終わりを告げ、ディランは元の穏やかな表情へと戻る。
「変なことを聞いて悪かったな。明日の昼頃にまたこちらに伺うよ。」
「ええ。お待ちしております。」
終始にこやかな表情を崩さないオーランド男爵との会談は無事終わった。
ただし、この会談中で心を乱さずにいた人物はおそらくオーランド男爵側の人間だっただろうけど。




