[1-4] 取り替えの子(チェンジリング)
「ちぇんじ……?」
「取り替えの子。こっちの世界ではね、向こう側から来た人のことをそう呼ぶの。大丈夫、今までだって何人もそういう人はいたし、ちゃんと面倒見てくれる場所もあるから!」
途惑う栞に、少女はまたもや一方的に告げると、栞の腕を強引に掴んで自分の方へ引き寄せた。
「わ……!?」
「そうと決まれば、村の方に行かなくちゃ。みんなに事情を説明しないとね!」
「あ、あの……」
少女は勝手に納得していたようだが、栞には何が何だかわからない。
「飛行魔法陣――起動」
少女が唱えると、足元が光り、円と多角形を組み合わせた幾何学的な図形が現れた。
それは、言うならばまさしく――魔法陣。
「いくよ!」
少女の言葉とともに、栞の身体はふわりと宙に浮いた。
少女と、そして足元の魔法陣と共に。
「ひゃ――」
驚く間も無く、ぐんぐんと地面が遠ざかる。
すぐに森の上へ飛び出し、さらに森が小さくなっていく。
高度を上げているのだ。
およそ、100メートルほど上がったところで、ふと上昇が止まった。
今度は栞と少女は魔法陣ごとくるりと方向転換し、水平移動を開始する。
自分たちは今、魔法陣に乗って空を飛んでいるのだ。
信じられないことだが、少女にはそういう力があるようだった。
「あの、あなたは――」
「私は露草菖蒲、魔法少女だよ」
栞が少女に聞きたいことを先読みしたかのように、少女――菖蒲は答えた。
「ピュエラ、って……?」
「魔法少女。文字通り魔法を使うことができるんだ。さっき悪虫を倒したのもそうだし、今飛んでるのもそう」
「イービル……さっきの虫のこと?」
「そう、あれが悪虫、イービル・ビー。昼間でも時々出るんだよね」
少し聞けば菖蒲は何でも答えてくれる。
しかし、栞にはその意味が咀嚼できない。
予備知識がなさすぎるのだ。
「あの、私、実は記憶喪失なんです」
栞は、正直に打ち明けることにした。
そうでなければ話は進まない。
現状を理解することもままならないだろう。
「ここがどこなのか、全くわからなくて。それどころか、自分が今まで何をしていたのかも……」
「うん、取り替えの子って記憶を失ってるのが多いんだよね」
「チェンジリング……?」
「取り替えの子。こっち側ではそういうんだけど、とにかく『向こう側の世界』から『こっち側の世界』へ来る子のことを言うの。毎年数人はいるかな」
「……向こう側?」
「向こう側っていうと曖昧な表現だけど、巷では別世界じゃないかって言われてる。でも細かいことはわかんないの。あなたみたいに記憶を失ってる人が多いから」
「そっか……」
栞にとっては、向こう側どころか『こっち側』でさえ何も知らないのだ。
「まず、ここのことを教えてくれませんか?」
「そだね。でも、まずは落ち着いた場所で話そっか」
菖蒲が言うや否や、ふわりと身体が浮遊感に包まれた。
遠かった地面が少しずつ近づいている――降下しているのだ。
「ほら、あれが」
菖蒲は下の方を指して言った。
「空高村だよ」