[1-1] 見知らぬ世界
――人は誰しもが狂人であるし、そうでもないとも言える
――なぜなら、人は、己と乖離した価値観を持つものを『狂人』と呼ぶからだ
――しかし、価値の乖離は起こるべくして起こるのさ。だから、それが諍いになり、争いになる
――だったら、そんなもの全部潰してしまえばいい
――みんなの価値観が同じなら、誰も『狂人』になんてならない。全てが平和なんだ
――それが、人類に残された最後の道――…………
(ああ、平和なんて、存在するはずないのに……)
栞は、頬に当たる風に気がついてはっと目を覚ました。
目を開けた途端、眩しい光が飛び込んできて、栞は思わず目を細めた。
(ここは地下じゃない――)
足元は芝生だった。
周囲に広がるなだらかな凹凸は全て芝生で覆われている。
少し先には道が、さらに向こうには森も見える。
後ろを振り返るとこちらも森だった。
ゴルフ場――いや、ヨーロッパの景色に近い雰囲気だ、と栞は思った。
違うのは田圃や畑が見当たらないことで、そういう意味ではやはりゴルフ場に近い。しかし規模が違った。
芝生と森はどこまでも続いており、無粋なネットで囲まれていることはない。
栞は身を起こすと、目の前の道まで歩いて行った。
その時になってようやく、栞は自分が裸足のままであることに気付いたが、気にはならなかった。
地面の芝生は心地よく、裸足で歩くことは少しも苦にならない。
芝生を横切る道は、人が二人か三人通れる程度の幅だった。
まさに田舎の小径だ。
そして、栞はその道の脇に木でできた看板を見つけ、覗き込んだ。
――「緑が丘」
古びた木の板には流麗なアルファベットでそう書かれている。
さらにその下にもう一つ、矢印の形を模した木の板もある。
そちらには「|空高村《SkyHigh Villedge》」と書かれていた。
栞は、自分が自然と英語が読めることに疑問は抱かず、ただこれからどうしよう、と思いを巡らせた。
といっても、今のところ指針は一つしかない。
栞は、とりあえずとして空高村を目指して歩くことにした。
目的地の方向は看板が示している。栞は道に沿って歩いた。
最初、道は土かと思ったけれど、どうやら違うらしい。
似たような色だがもっと乾いた感触で、表面はつるりとしている。
あえて表すなら、コルクボードの感触に近い。
しばらく歩くと、道は二又に分かれていた。
一方はまっすぐで、もう一方は大きく横にそれている。
しかしまっすぐなほうの道は森の中へ入っているのだ。
栞は少しの間悩んだ。
いたずらに森へ入っていいものか。
しかし、看板が示した方角が正しいとするなら、村は森の方にある。
それに、横に逸れたほうの道は先のほうを見ると森にそって曲がっている。
(あっちの道は迂回路かな……)
栞はそう見当をつけた。
それなら何も、わざわざ迂回する必要なんてない。
早く村に行きたいし、森の中に入る好奇心もある。
頭のどこかがちくりと警鐘を鳴らしたが、栞は気にしなかった。