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[0-3] 日乃元栞

 少女の名は、日乃元栞(ひのもとしおり)といった。それを、ノートを見て少女は思い出した。過去の出来事の記憶はなくとも、自分の名前はわかる。


 一見不思議に思えるが、これは『エピソード記憶』と『意味記憶』の違いなのかもしれない、と少女は無意識に考察した。


 エピソード記憶とは出来事の記憶だ。

 少女は過去から現在に至るまでのあらゆる出来事の記憶を消失させていた。

 だから、自分が何者で今まで何をしていたのかも全くわからない。


 一方、意味記憶とは知識や技術の記憶だ。

 簡単に言えば、箸の持ち方を教わった出来事は忘れても、箸の持ち方そのものは覚えている。それと一緒だ。

 少女は決して白痴ではなく、どこで身につけたのかわからない知識が脳内に存在する。


 少女は、そこではじめて、自分にエピソード記憶や意味記憶といった知識があることを不審に思った。


 どうも、誰でも知っているというほど簡単な知識でもなかった気がする。

 しかし、今の少女にそれを判断する術はない。棚上げにするしかなかった。


 少女は考えるのを止め、ノートを手に取り、ページをめくった。

 これは自分宛だ。

 ならば重要なことが書いてあるかもしれない。


 一ページ目には、やはり文章が書いてあった。



 栞へ。

 栞がこれを読んだ時、外の状況がどうなっているのか見当がつかないので、これにはここから出る方法を書くだけに止めよう。



 栞は次のページをめくった。

 箇条書きで乱雑か図とともに指示が羅列されている。

 本当にこれがここから出る方法なのか?そもそも外はどつなっているのか?


 パラパラとめくっていくと、何枚か白紙のページを挟み、今度は別の文章が記されていた。

 前半と異なり鉛筆で書かれており、よほど大慌てで書いたのか字はやや乱雑だった。



 それと、念のため栞がここに入るまでの状況を記しておこうと思う。事が事だけに知らなかったほうが幸せなこともあるかもしれないが、何せ未来はどうなるかわからないのだ。知識は少しでも多いほうがいいだろう。



 ついに、状況がわかるのだ。

 栞は興奮と緊張で鼓動を速めながら、少しためらいつつ次のページをめくった。


 ところが、次のページは白紙だった。

 その次も、さらにその次のページも。栞は大慌てでページをめくったが、最後まで白紙だった。


(なんだ。結局何もわからなかった……)


 栞は落胆した気分になって、最初のページから見直した。


 栞はノートの内容をざっと読んでだいたいのことを理解した。

 ここは地下施設で、指示通りに進めば地上に出られるのだ。それ以降のことはノートに書いていない。

 しかしとにかく、栞はノートの指示に従って進むことにした。


 まずはこの部屋を出るところからだ。

 部屋にはL字型のハンドルが何個もついた扉があった。

 扉の中央には黄色持に真ん中に黒い丸、その周りに3つの扇型を組み合わせたような奇妙なマークが印字されている。


 そのハンドルを一つ一つ回して扉の固定(ロック)を外す。

 長年使われていなかったのか、ハンドルはとても固くなっており、両手に体重を使ってようやく回せるシロモノだった。


 扉を開けると細長い通路に出た。

 その先には両開きの大きな扉があり、ここにも先ほどと同じ奇妙なマークがあった。

 今度は横にあるハンドルを回すタイプだった。円形のハンドルをぐるぐる回すと扉はゆっくりと開いていった。


 扉の向こうを目にした瞬間、栞は激しい既視感に襲われた。


 人間が10人は横に並べるであろうという広い通路。

 何かの情景が頭の中に浮かんだような気がしたが、それを掴み取ろうとした瞬間、イメージは泡のように消えた。


 知っている、一度見たことがある。

 そんな感覚でありながら、いつどこで見たのかをまるで思い出せない。

 なぜなら、栞はエピソード記憶を全て失っているからだ。


 もどかしさに頭を悩ませながらも、栞は通路を進んだ。

 ノートの指示ではここを直進すれば出口だ。


 ところが、出口は塞がっていた。

 通路の先にあったのは通路全体を塞ぐようにして積もった土砂だった。


 栞は落胆した。

 ここが地下なのは間違いない。

 しかし閉じ込められてしまったのだろうか?


 出られない、ということがわかってしまえば恐怖になる。

 焦りそうな心を落ち着けつつ、栞は必死であたりを見回した。

 どこかに出られそうな場所はないか。


 その時、大きか金属音が通路に反響した。

 金属の何かが床に叩きつけられた音だ。

 栞は思わず身を竦め、それからさっと血の気が引くのを感じた。


(ここには、自分以外誰もいないはずじゃ……)


 もし、自分以外の何者かが――例えばそう、記憶を失った自分を保護してくれるような、そんな親切な人間ならば、それでいい。


 しかし――


 栞は音のした方向を見た。

 今まで自分が歩いてきた、薄暗い通路だ。

 自分が見た時は何もなかった。しかし、暗闇は人を不安にさせる。


 知らず、栞の鼓動は速まっていた。

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