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[0-2] カプセル

 僅かな身体の痛みを覚え、少女は目を覚ました。


 目を開けた瞬間、少女は自分が薄暗い銀色のカプセルの中に入っているのを自覚した。

 しかし、カプセルだとは認識できても、それが何のカプセルなのか、また、どうして自分がその中にいるのかはさっぱりわからなかった。


「……ん」


 少女は身じろぎし、身を起こした。

 カプセルの天井は、中で立っても頭を打たない程度には高かった。目測で2メートル程度だろうか。


 カプセルの形は円筒形だろうか。上を見上げると、どうしてか中が真っ暗でないのかがわかった。

 天井の淵からわずかに光が漏れているせいだ。間接照明だろうか。


 少女は急に不安になった。

 自分はどうしてこんな場所にいるのだろう。閉じ込められたのだろうか。


 少女は反射的に、過去の記憶を思い出そうとした。ところが、何も思い出せない。

 わずかばかり、眠っている間の曖昧な夢を覚えているような気もしたが、あまりに漠然としており、何もわからないのと同じだ。


 ここから出なければいけない。少女はそう思った。

 ここに閉じ込められていても何もできないのだ。

 何もわからないまま、あまりに狭い閉鎖空間の中に留まり続けることへの恐怖が少女をせき立てた。


 ――開放スイッチを探さないと。


 出ようと思った瞬間、少女は反射的にそう考えた。

 どうしてそれがわかるのかはわからなかったが、少女はそれを疑問に思うことも無く、ほどなくして頭上に赤いボタンがあることに気がついた。

 少女はためらいなくそれを押した。


 その途端、プシュー……と高圧空気の抜けるような音が響き、カプセルの前半分が、ちょうどお辞儀をするような形で前に倒れた。

 それは、この閉鎖空間から少女が開放されたことを意味していた。


 少女はカプセルを跨いで外に出た。

 そこは、さっきのカプセルよりもさらに暗い部屋だった。


 床に足を下ろした瞬間、鉄の冷たさが伝わってきて、思わず少女は身を縮めた。

 しかし、両足で床に降り立つ。床が埃まみれであることに気づいたのは、その後だった。


 部屋は10メートル四方の正方形の形をしていた。

 どうして少女に部屋の広さが正確にわかったのかというと、数少ない部屋の照明は全て壁際にあったからだ。

 壁際に等間隔に並ぶ細長い窓から漏れる赤い照明は、なんともいえない不気味さがあった。


 少女は薄暗い部屋をおそるおそる歩いた。

 部屋には、用途のわからない機械類がたくさん置かれていたが、その大半はどうやら作動していないようだった。

 なぜなら、停止中を示す赤いランプを点していたからだ。

 床にはパイプやケーブル等が乱雑に這っており、少女は何度も足を取られ、転びそうになった。


 どこからかブゥウウーン……という音や、ゴウンゴウンという音が規則的に響いている。

 少女は無意識のうちに、空調ファンの回る音だろう、と当たりをつけた。


 少女は部屋の周りをぐるりと一周してみることにした。

 出口が見つかるかもしれないと思ったのだ。


 しかし、出口らしきものは何もなかった。

 少女は落胆し、もう一度カプセルの中を調べてみることにした。


 それが僥倖だった。

 カプセルの裏側にもう一つ、同じ大きさほどの円筒形の機械を見つけたのだ。


 脇にあるスイッチを押してみると、今度は正面が両横に開いた。

 少女が躊躇無く中に踏み込むと、即座に扉は閉じた。

 それと同時に、パチンと中の照明がついた。


 内部は先ほどいたカプセルによく似ていた。

 しかし、こちらのほうが一回り狭いのかもしれない。

 中で立つのがやっとで、しゃがみこむにも満足なスペースはない。


 少女は、ふとさっきまで響いていた空調の音がぱったりと止んでいることに気がついた。

 完全な静寂。それが少女をより不安にさせる。

 おまけに、またもやカプセルの中に閉じ込められている。


 少女は周りを見回し、天井の付近に今度は赤いレバーを見つけた。

 レバーは下に下がっており、その横には何か文字が書いているようだが擦れて読み取れない。


 少女はそのレバーを押し上げようとして、ふと不安に駆られた。

 このままレバーを押し上げていいのか?

 後戻りできなくなる何かが起こるのではないか?


 少女の不安は的中していたが、同時に選択の余地はなかった。

 なにせ、空調が止まっているのだ。

 すでに後戻りできないところまで来ている。少女はそれを直感した。


 少女は思い切ってレバーを上げた。

 その途端、ガクンとカプセル全体が振動し、少女の身体が急激に重くなった。


 何が起こっているのかわからなかった。

 ただ低い機械音とともに少女の体重は徐々に元に戻っていった。


 カプセル越しに微かな振動を感じることができた。

 それではじめて、少女はこのカプセルが動いているのだ、と悟った。


 もう一度ガクンとカプセルが揺れた。

 今度は奇妙な浮遊感を感じた。

 浮遊感は少しの間続き、最後に大きくカプセルが揺れた。

 気がつくと振動はなくなり、身体の重さも元に戻っていた。


 少女が戸惑っていると、カプセルの前面が再び開いた。


 そこは、先ほどの部屋とは異なり、もっと狭く、それでいて相変わらず薄暗く、天井に数個の赤いランプがあるだけだった。


 少女がカプセルから這い出し、部屋を見回した。

 暗闇に慣れた少女の目は、少しの照明でも十分に全体を捉えられた。


 部屋の中央には自分が「乗ってきた」カプセル。

 壁際には整然と並べられた機械類のほか、食器棚と思しき家具がいくつか、そして作業デスクが一つ。

 しかし回転椅子であろうものは横倒しになっており、真ん中で軸が折れ、使い物にならなくなっていた。


 少女は作業デスクに近寄った。

 なぜなら、そこにノートが置いてあったからだ。

 ノートを手に取ると、少女の目にタイトルが飛び込んできた。


 ――栞へ


 それが自分への名前だということを、少女ははじめて思い出した。


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