[2-5] 寝具服(スリープクローズ)
伯爵からもらった服を手にとって、栞は首を傾げた。
白い着物が一着に、腰巻きが一着だ。
腰巻きはレースのような素材で、紐で留めるようになっている。
穿いてみたはいいものの、どこかスースーして落ち着かない。
一方で、着物のほうは独特の形状をしていた。
上半分は浴衣のようであるが、下半分はフレアスカートのように広がっており、裾の長さは膝下くらいまでしかない。
服は前で合わせ、紐で留める。
着てみるとゆったりとしていて意外と着心地がよく、それでいて動きやすかった。
「あら、似合ってるじゃない」
水浴場から出てきた栞を見て、伯爵は言った。
「この服は一体……?」
「寝具服よ。ベッドで寝る時はそれを着るの」
「ベッドで……?」
その言葉に違和感を覚えた栞は、寝るといいながら伯爵の服装がそのままであることに気付いた。
「伯爵は、それを着ないんですか?」
「私は椅子で寝るもの」
「椅子で? どうして?」
「どうしてって……必要がないからかしらね?」
遊歩道を歩き、家の方へ戻る道すがら、伯爵は平然と答える。
「必要ない……?」
「そうよ。若い子と違って、纏まった時間寝ることは少ないの。それに私、これでも忙しいほうだから」
「そうなんですか……?」
「そうよ。貴族の中でも『仕事好き』って変人扱いされるくらいにね」
そう言って伯爵は笑った。
歳の割に活力のある人だ、と栞は思ったが、それ以上は深く考えなかった。
「ところで、この格好のまま外に出ていいのでしょうか?こういうのは、部屋の中できるものじゃ……」
「部屋で着るのも外で着るのも同じよ。ここは村で、しかも夜だから、誰も気にしないわ」
「そういうもの、ですか……」
栞は周りを見回して言った。
「そういえば、他に人の姿を見かけないですね」
「特に用が無ければ外に出ることはないわ。ここは田舎だからすることも少ないしね」
「そうですか……」
用事がない限り、外に出ない。
理屈に合っている気はするがどこか違和感がある。
そもそも、どうしてそこまで用事が少ないのだろう?
家に帰ると、伯爵の案内で二階へ登った。
大部屋が一つだけの一階と異なり、二階には廊下と、小さな小部屋がいくつかある。
「さ、入ってちょうだい」
伯爵は一番手前の部屋の扉を開け、部屋の中を示した。
そこは、六畳ほどの部屋だった。
窓際にはベッドがあり、手前には小さな椅子と机がある。
「客間を一つ作っておいて良かったわ。少しの間、あなたにはこの部屋を使ってもらおうと思ってるの。いいかしら?」
「はい……ありがとうございます。何から何まで」
「お礼はいいわよ、こういうのも私の役割の一つだから
頭を下げた栞は、そこでふと、視界の端に見覚えのあるものを捉えた。
「これは……燭台?」