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[2-4] 都市魔法(ポリス・マゴス)と水浴場(バルネア)

 菖蒲と栞が伯爵の家に戻ると、伯爵は椅子に座り、机の上で光っている魔法陣を眺めていた。

 伯爵は菖蒲と栞に気付くと魔法陣を消し、二人に向き直った。


「ありがとう菖蒲さん。引き止めてしまってごめんなさいね。そろそろ戻ったほうがいいかしら?」

「そうですね、そろそろ呼び出しもかかりそうだし、私はここでお暇させていただきます」


 菖蒲はぺこりと頭を下げると、栞の方へ向き直った。


「栞、私はこれで帰るね。次にいつ会えるかはわからないけど、私、これでもそれなりに有名な魔法少女だから。今度見たら応援してくれると嬉しいな」


 菖蒲の改まった物言いと『いつ会えるかわからない』という言葉に、栞は慌てて立ち上がり、頭を下げた。


「今まで、ありがとうございました」

「もう、大袈裟だなぁ……」


 菖蒲は苦笑して、


「また暇を見つけたら、連絡とって会いにくるからね。それじゃあ栞、伯爵様、良い夜を(グッナイ)


 そう言うと、菖蒲は玄関の魔法陣へ姿を消した。


「それにしても、ここは不思議な場所ですね」


 栞は、今日一日の色々なことを思い出した。


「魔法少女もそうだけど、日常生活にも色々……ただ言葉を話すだけで水が出たり、風が出たり」

「ああ、そうね」


 伯爵は頷いた。


「この閉鎖型防衛都市(アルファ・ポリス)にはね、都市魔法(ポリス・マゴス)というものがあるの。水を出すのも風を吹かすのもそう、この玄関の魔法陣もそう、この部屋を照らしている魔法照明(マギターン)もそう」

「え? このランプも?」


 栞は、天井近くにあるランプを見上げた。

 淡いオレンジ色に発光するランプだ。

 言われてみれば、魔法以外でどうやって明るくするというのだろう?


「そうよ、これも魔法。その他にもあらゆる場所に魔法が働いてる。魔法は、この都市を支えるものなのよ」

「魔法……」


 どうも冗談じみた響きだ、と栞は思った。

 魔法という言葉に現実味が感じられず、栞は思わず質問する。


「魔法って、一体なんなんですか?」

「魔法は世界の摂理そのものよ。ものが上から下に落ちることや、温かい空気が上に上がるのと同じ。ただし『自然現象』と違うのはそれをある程度任意(・・)に起こせるということかしらね」


 難解な説明だな、と栞は思った。

 どうにも抽象的でうまく理解できない。

 しばらくは『そういうもの』として受け入れるしかなさそうだ。


「でも、都市魔法はほとんど効果は決まっているわ。新しい都市魔法を作るには相応の労力がかかるの」

「じゃあ、新しい家を作ったり、村を作ろうとすると……」

「ええ、それは大変なことよ。実際、新しい家を作るなんてこと、そうそうありはしないけどね」

「そうなんですか。じゃあ、引っ越しとかはどうするんですか?」

「引っ越し?……いいえ、普通は自分の住所は一生変えないものよ。家は家族で引き継いでいくのだから」

「そうなんですか……」


 どうも、自分の感覚と食い違いがある。

 ここに慣れるには、そういう感覚の違いを一つ一つ、把握していったほうがいいかもしれない。


「さて、夕餉も終えたことだし、そろそろ寝ましょうか?」

「もう、ですか?」

「あら、他に何かすることでもあって?」


 聞かれて、栞は言葉に詰まる。

 反射的に『もう寝るのか』と思ったけれど、しかし聞かれると何かすることがあっただろうか。


 少しの間考え、


「お風呂は……入らないんですか?」

「お風呂?」


 伯爵は不思議そうな顔をして


「ああ、水浴(ウォーティング)ね。そうね、迂闊だったわ。あなたは今日こっちに来たんですもの、汚れているかもしれないものね」

「毎日入るものじゃないんですか?」

「まさか。こんな場所でそんな贅沢な水の使い方はできないわ。せいぜい三日に一回というところかしら」


 じゃあそういうものなんだろうか、とも思ったが、釈然としない栞だった。


「そうね、それと服も着替えたほうがいいわ。汚れているかもしれないし、やっぱりその格好のままじゃ目立ってしまうでしょう。……β3(ベータスリー)!」


 伯爵が呼ぶと、召喚妖精サーヴァントフェアリーが姿を現す。

 何度か見たのでさすがに驚かなくなった栞だったが、やはり不思議な光景だった。


「女子服の寝間着一着とタオル、持ってきてちょうだい」


 召喚妖精はぺこりと頭を下げると、するすると部屋の奥に消えていき、すぐに布袋を持ってくる。


「それを持ってちょうだい。さ、行くわよ」


 伯爵は栞が召還妖精から袋を受け取ったのを確認すると、玄関から外へ出た。栞は慌てて後を追う。

 すっかり暗くなった遊歩道を伯爵と歩きながら、栞は伯爵に質問した。


「そういえばさっきのお手洗い……『地下』も家の外にありましたよね」

「ええ、そうね。そもそも水回りは地下にあるものだから」

「どうしてですか?」

「どうしてって、水路は地下にあるからよ。水路から水を出すには水路より下に蛇口がなければダメでしょう」


 なるほど、と栞は思った。

 水は重力によって流れているのだ。どうして今まで気づかなかったのだろう?


「不便じゃないんですか?」

「不便? どうして?」

「どうしてって……家の地下に作ればいいのにと思って。一つの家に一つあったほうが、便利じゃないかって」

「それはできないわ。家と水回りは別物でしょ? 切り離さないと、家が傷んでしまうわ。それに、水回りは一家に一つ作れるほど簡単なものじゃないの」

「湿気で木材が傷むから?」

「そう。よく知ってるわね。記憶がなくてもそういう知識はあるものかしら」

「え、あ、はい」


 常識だと思っていたことを口に出すだけで妙な感心をされる。

 あまり不用意に発言しないほうがいいのだろうか、と栞は思った。


「さて、これが水浴場(バルネア)よ」


 伯爵が遊歩道の上から指したものを見て、栞は驚いた。

 地下厠が目立たないような場所にあったから、なんとなく風呂もそうではないかと思っていたのだ。

 しかし、実際はその真逆だった。


 水浴場(バルネア)は、地面に半ば埋まるようにして設置された、ドーム状の建物だった。直径は20メートルを超えるだろうか。上のほうには通気口らしき無数の穴があり、四方には出入り口らしきものがあり、そこも魔法陣で塞がれている。ここの魔法陣はそれまで見たような白に近い黄色ではなく、真っ赤な色をしている。遊歩道から下りて目の前まで来ると、建物が全て石造りであることがわかった。


「これが……水浴場?」

「そうよ。身体が汚れた時はここを使うの」


 そう言って、伯爵は出入り口魔法陣を指した。


「この魔法陣が赤の時は女性が、青の時は男性が使えるのよ。今は赤だから、すぐに使えるわね」

「使える性別は、時間帯によって切り替わるんですか?」

「そうよ、きっちり一時間で切り替わるから、気をつけるよの?」

「はい、大丈夫だと思います」


 栞は伯爵に一通りの説明を聞くと、袋を持って建物の中に入った。


 出入り口の向こう側は下り階段になっていた。

 その先には石造りの小部屋がある。

 小部屋の壁には四角く凹んだ棚が等間隔で並んでおり、そこに荷物を置くことができた。

 どうやらここが脱衣所らしい。


 ここで、着ている服を脱ぎ、裸になる。

 自分の着ていた服は薄い緑色のつるつるとした繊維でできており、前開きのものを帯で留めるだけのシンプルなものだ。

 伯爵や菖蒲の服とは明らかに形も素材も違う。


 不思議だとは思ったが、深くは考えないことにして荷物の中からタオルを取り出し、脱衣所の先へ進む。

 他の出入り口は魔法陣によって遮られていたが、ここだけはなぜか布製の大きな暖簾だった。


 そこはドーム状の空間――水浴場(バルネア)だった。思ったよりも天井が高い。

 外側から見えていたのは、この空間の上のほうだけだったのだ。


 水浴場の中央には円形の浴槽が、周囲の壁には胸の高さあたりにある蛇口が並んでいる。

 しかし、浴槽は空っぽだった。こんな田舎の村だと、浴槽に湯を入れるのは一月に一回だという。


 壁際の蛇口に近寄ってハンドルを回すと、蛇口から勢い良く水が流れ出した。

 水といってもそこまで冷たいわけではなく、人肌よりやや温度が低いくらいのぬるま湯だ。

 身体を屈ませて蛇口の下に潜り込み、水を浴び、掌で身体を擦って汚れを落とす。

 それが、水浴の作法だという。


 ただ流れ落ちるだけの水で身体を洗うのに思ったより苦労し、気づけば結構な時間が経っているように感じた。


(そういえば時間ってどうやって確かめるんだろう……?)


 栞は無意識に『時計』を探したが、水浴場にそれらしきものはない。

 とりあえず急ごうと思い、持ってきたタオルで全身を拭う。

 身体を拭くのも水浴場の中でするのがマナーなのだ。


 タオルを絞って水を切り、脱衣所へ戻った栞は、伯爵からもらった服を手に取った。

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