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[2-3] 地下厠(アンダーグラウンド・ラヴァトリー)

「じゃあ、行こっか」


 菖蒲が椅子から立ち上がったので、栞もそれに習って席を立つ。

 そのまま部屋のどこかに行くのかと思ったら、菖蒲が向かったのは玄関だった。


「外?」

「そりゃそうだよ。地下(アンダーグラウンド)は外にしかないもん」


 菖蒲とともに、玄関の魔法陣を潜り抜ける。


 いつの間にか空は暗くなり、日はすっかり沈んでいた。

 気温も下がっており、未だに服一枚で下着すら着けていない栞にとっては肌寒い。


 風が吹き抜けて服の下の身体が冷え、栞はぶるりと身を震わせた。

 また一段と尿意が強くなる。


「ああそっか、栞は薄着のままだったもんね。ごめんね気づかなくて」

「いえ……」


 菖蒲は、遊歩道をずんずんと歩いていく。

 お手洗いは外にしかないのだろうか。

 不便だな、と思ったが、口には出さなかった。何か理由があるのかもしれない。


 遊歩道の端は螺旋階段になっていた。

 菖蒲がそれを降り、栞があとに続く。


「ほら、」


 菖蒲が示したのは、遊歩道の下にある小さな小屋のような建物だった。

 しかし、その建物だけが「特殊」なのだ。

 他の建物と違うのは大きさや場所だけではない。

 壁の材質からして、むき出しの木材ではなく真っ白な壁だった。

 漆喰で塗り固めたようだ、と栞は思った。


 菖蒲は、扉を開け、中に入った。

 扉は鉄製で、内開きだ。扉の向こうには階段があり、床は半地下になっている。

 栞が菖蒲について中に入ると、菖蒲は扉に閂をかけて施錠した。太くて重そうな、頑丈な閂だ。


「ここが地下厠アンダーグラウンド・ラヴァトリーだよ。使う時は、こうやって施錠するの」


 窓は一つもなかったが、中はぼんやりと明るかった。

 部屋の四隅にあるランプが照らしているのだ。


 栞は部屋を見回した。

 部屋には鏡のついた洗面台のようなものがあった。

 しかし、肝心の用を足せそうな部屋が見当たらない。


 と、そこで栞は、部屋の隅にまたも螺旋階段があるのを見つけた。


「……あそこから下に降りるんですか?」

「そうだよ」


 菖蒲は事も無げに答えたが、随分と手間がかなるな、と栞は思った。

 そして、それ以上に尿意は切迫しているのだ。


 菖蒲について螺旋階段を降りると、今度は地下通路に出た。

 長さは短く、端には高い衝立のようなものがある。菖蒲は衝立の手前で立ち止まって


「ほら、この向こう側がお手洗い(ラヴァトリー)だよ」


 ここからは一人で行けということなのだろう。

 当たり前だ。用足しは誰かと一緒に入ってするものではないのだから。


 栞は衝立の奥に入り、びっくりして足を止めた。


 そこは、不思議な空間だった。

 真っ暗で、広さも奥行きもわからない。

 ところが、正面には足元に魔法陣(マギ・サーキュラー)があり、それだけが暗闇の中で煌々と光っている。


 魔法陣は直径3メートルほどだろうか。

 円形の魔法陣の中に複雑な紋様がある。

 そして――その空間にあるのはそれだけだ。用を足せそうなものが見当たらない。


「あの……」


 栞は戸惑って、衝立の向こうに話しかけた。


「これ、どうやってその……すればいいんですか」

「どうやってって、その魔法陣(マギ・サーキュラー)の上でだよ」


 上で? ということは、この魔法陣の上は歩けるのだろうか?

 栞は、恐る恐る魔法陣の上に足を置いていると、床と変わらない硬い感触が帰ってきた。

 この魔法陣は、確かに上を歩けるのだ。


 栞は、慎重に歩を進め、魔法陣の中央に辿り着いた。

 しかし、そこで困ってしまう。

 歩けるということは、この魔法陣は床と同じなのだ。

 便器のようなものは、相変わらずない。


「あの……どうすればいいんですか? やり方がわからないです」


 栞は泣きそうになった。

 本当に、この世界の常識と自分の中の常識は、致命的なほどに食い違ってしまっている。

 切迫した尿意に、栞は思わず足の付け根を抑え、身をくねらせた。


「そっかぁ。うーん……仕方ないかなぁ」


 衝立の向こうから、躊躇うような声色で菖蒲は返事したあと、姿を現した。


「え……」


 栞は、菖蒲の姿を見て戸惑った。

 菖蒲は先ほどまでの制服姿ではなく、最初に出会った時と同じ、魔法少女ピュエラの格好をしていた。


「ああ、このほうが色々と都合がいいから」


 菖蒲はそう言って、魔法陣の真ん中で立ち尽くす栞に歩み寄った。


「ほら、そこでしゃがんで」

「あっ……」


 菖蒲は栞の肩を押さえつけ、すとんとしゃがませた。

 尻餅をつきそうになるも、それも菖蒲の手で背中を支えられる。

 いきなり力を入れられたので栞は少しちびってしまい、顔を赤くした。


「ほら、服を捲り上げて」


 言われた通り、栞はスカートの部分を捲り上げる。

 お尻が丸出しになってしまったが、相手が同性で、しかも年上なのでそこまでの抵抗はない。


「下着……は穿いてないんだよね。じゃあそのままして」

「して、って……」

「はい、しーだよ」

「あ、……!」


 栞は唐突に尿意が我慢できなくなり、放尿を初めていた。

 今まで我慢していたはずの部分に力が入らなくなり、じわりと尿が漏れ出たと思った瞬間、黄金色の小水が栞の股間から勢いよく迸る。


 しかし、栞が驚いたのは、その放物線を描くその小水が、魔法陣を透過して(・・・・・・・・)下に落ちていったことだった。

 栞の足元を支えているはずの魔法陣は、しかし小水に対してはまるで存在していないかのようだ。


 今まで我慢していたぶん、栞の放尿は長く続いた。

 噴水のように勢い良く出続ける自分の小水が恥ずかしく、栞はその間ずっと顔を伏せていた。

 やがて小水は勢いを無くし、栞の放尿は終わる。


「後始末の方法はわかる?」


 菖蒲に聞かれたが、栞は無言で首を横に振った。


「魔法陣に向かって掃除(クリーン)って言うんだよ。言ってみて」


 栞は戸惑いながらも「掃除(クリーン)」と呟いた。

 その途端、下からブワッと暖かい風が吹き上げる。

 そのあと、今度は上から下に。余計な水分が吹き飛ばされる。


「それで終わり。じゃあ戻ろっか」


 菖蒲の言葉で、栞は慌てて服を元に戻した。

 冷静に考えると、かなりとんでもないことをしていた気がする。

 魔法陣だけの不思議な空間を出ると、菖蒲は言った。


「本来なら他人の用足しに立ち入るのは禁忌(タブー)なんだけど、例外はあるの。幼い子を躾ける時と、事故や病気で介助が必要や時」

「私は、良かったんでしょうか?」

「栞は記憶喪失だし、取り替えの子なんだから仕方ないよ。あえて分類するなら『病気』って扱いになるんだけど」


 菖蒲は苦笑した。


「それに、魔法少女の服っていうのは便利でさ。身体の表面に展開された自動防護膜パッシブ・プロテクトフィールドが汚れとか臭いとかを遮断するの。まぁ……普通はそんなことしなくても汚れたりしないから、あくまで念のためなんだけど」


 菖蒲は「装備解除(アームズ・リリース)」と呟き、元の服装に戻る。


「便利ですね、それ」

「まぁね。これも魔法少女に与えられた特権のようなものかな。その代わり、色々とやらなきゃいけないことも出てくるんだけど」


 菖蒲は苦笑して「特権には義務がつきものなんだよ」と呟くと踵を返した。

 地下通路、螺旋階段を引き返し、最初の部屋に戻る。


 菖蒲は洗面台を示し、


「あとはここで手を洗ったり身繕いをしたり」


 洗面台には蛇口があった。

 水栓(バルブ)を捻ると蛇口から水が出てくる。

 勢いよく、というほどではないが手を洗うにはちょうどいい。

 しばらく出るとだんだん水の勢いは弱くなり、自動的に止まった。


 菖蒲は栞にハンカチを差し出して言った。


「本当は、ここには仲の良い人同士でしか入らないんだよ。家族とか、友達同士とか。今日は特別だけど、そういう人ができるまでは、『地下』を使う時は一人で入って、必ず閂を閉めるんだよ」


 菖蒲は栞に補足説明をする。


「それと『地下』を使う時はなるべく目立たないようにするのが少女の嗜み(ガールズ・エチケット)かな。普通はひと目を避けるんだけど、どうしても人前で『地下』に行くのを示したい時は、こうやって……」


 菖蒲は、腰の前で両掌を重ね合わせ浅くお辞儀をした。


「小さく頭を下げるの。これで相手の人はわかってくれるから」


 栞は菖蒲にハンカチを返すと質問した。


「普通に行ってくるって言ったらダメなんですか?」

「こういうことは『はばかりごと』って言われるの。普通人前喋るような話題じゃないんだよ」

「そうですか……」


 そこまで過敏になる必要があるのだろうか? と栞は思った。

 確かに取り立てて喧伝することではないけれど、それにしても回りくどい。


「じゃあ戻ろうか。あんまり遅いと妙な勘違いされちゃうかもしれないし」


 菖蒲は扉の閂を外すと、すっかり暗くなった外に出た。

たまには読者サービスもしておかないと……。今後もこういうシーンがちょくちょく出てくる……かも? (と言いつつ一応伏線です)

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