[1-6] シルヴァーユ伯爵
「あら? 菖蒲ちゃん?」
魔法陣から女性の声が響く。
魔法陣に映し出されていたのは、女性の姿だった。
やや皺の多い顔つきを見るに四十歳くらいだろうか。
女性の纏う色鮮やかなゆったりとした着物は、どこかの民族衣装を想起させるものだった。
まるでテレビ電話のようだ、と栞は思った。
しかし自分が『テレビ電話』を知っているということについては深く考えない。
「はい、菖蒲です。伯爵様、取り替えの子を連れてきました」
「あら、それは大変。早く『保護』しないと」
「はい。ですから伯爵様に頼みたいと思って」
「ええ、もちろんよ。さ、中に」
女性の言葉と同時に、女性の姿は消えた。
立体映像のようなものだ、と栞は理解した。
「じゃあ入るよ」
菖蒲は栞の手を引いて魔法陣の中へ入った。
二人はそこに何もないかのように魔法陣をくぐりぬける。
そこは、二十畳ほどの大きさの部屋だった。
壁際には食器棚や箪笥、本棚、鏡台などの家具があり、中央には四角いテーブルがある。
さながらリビング・ダイニングといったところだろうか。
しかし、何かが足りない気がした。
「こんにちは、菖蒲ちゃん。それと、そちらの方は……お名前は覚えているかしら?」
しかし、それを深く考える前に、テーブルの側に立っている女性――シルヴァーユ伯爵が話しかけてきた。
栞は慌てて返事をする。
「あ、はい。はじめまして、日乃本栞です」
「変わった名前ね。木も花もない……。でも栞は素敵な響きだけど、姓の日は良くないわ」
「ええと……」
「栞さん。姓は如月でどうかしら。きっと良い名前よ。口に出して言ってごらんなさい」
「如月、栞……」
口に出してみると悪くない名前だ。
しかし、どうして名前を変える必要があったのだろう。
栞は、名前に関連する記憶がないため名前そのものに執着はなかったが、初対面の人間に改名を強いるその行為に僅かな違和感を覚えた。
しかし、目の前の女性はあくまでも親切そうな雰囲気だ。
ならば悪意はない。おそらくそれが、ここの慣習なのだろう。
「はい、ありがとうございます」
だから、栞の口からは自然と感謝の言葉が出た。
そうしたほうがいいと、直感的に思ったのだ。
「あら、どういたしまして。素直でいい子ね」
シルヴァーユ伯爵は微笑むと、テーブルの椅子を示して言った。
「まずはお掛けなさい。あなたには、色々と話さなければいけないわ」
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